憑依學園剣風帖47
「目青不動尊......まさか最勝寺だとは思わなかったな」
「水岐君の事件以来だね、ここにくるの」
「正善寺かと思ったら転移してるとはな」
「結界の核を盗んで傀儡に埋め込んだあげくに自ら破壊させようとしてんだろ?やべえな」
「当時のことを知り尽くしているやつなんだろう」
赤い髪の男に体する謎は深まるばかりである。
私達は龍山先生の勧めに従い、五色の摩尼を江戸五色不動のひとつ、目青不動尊に返すために最勝寺を訪れていた。
五色不動尊は、徳川三代将軍家光が寛永寺創建で知られる天海大僧正の具申により、江戸府内の名ある不動尊を指定した。
江戸城鎮護のために不動明王像を造立し、王城鎮護の四神にならい江戸城の四方に配置したのが目黒・目白・日赤・目青の四不動である。これを後になって家光が、四不動に目黄不動尊を加えた五つの不動尊を「五眼不動」としてまとめあげた。五色とは東西南北中央の五方角を色で示したものだ。
不動明王は、密教ではその中心仏とされる大日如来が悪を断じ、衆生を教化するため、外には憤怒の形相、内には大慈悲心を有する民衆救済の具現者として現われたとされている。また、宇宙のすべての現象は、地、水、火、風、空の五つからなるとする宇宙観があり、これらを色彩で表現したものが五色といわれる。不動尊信仰は密教が盛んになった平安時代初期の頃から広まり、不動尊を身体ないしは目の色で描き分けることは、平安時代すでに存在した。
目青不動は世田谷区の天台宗数学院にある。もとは六本木の勧行寺にあったのだが、1882年に青山南町にあった数学院に移転。数学院は1910年に三軒茶屋に移転して、今の場所に落ち着いている。
「如月君に昨日聞いてみたんですが、不動堂本尊は秘仏として厨子に納められていて公開されていませんが、堂内では青銅製の前立の不動尊を拝むことができるそうです。だから気づかなかったと」
「まさか、その間に盗まれたのか?」
「いってみましょう」
私達は薄暗い堂内に入った。別にライトアップしているという訳でもないようだが、薄暗い堂内でお不動様の周囲だけほんのりと明るくなっているように感じられる。
「ここじゃないみたいだねッ!」
「なら、持ち出されても気づかない場所よね」
「龍山先生は奥の方にあるとおっしゃっていたが......」
「よし、行こうぜ。さっさと済ませちまおう」
境内はそれ程広くないが、うっそうとした緑に覆われていた。世田谷区の銘木百選に挙げられているチシャノキで、樹齢100年以上の巨木が私達を見下ろしている。
東急線の三軒茶屋駅近くの割には静かな雰囲気の寺院で、境内を地元の人が近道として通り抜けて行くような感じのお寺だ。
「さっきのお不動さん、屋根の頂点に宝珠がなかったですね。尖って手珍しい形にみえます」
「初めはあそこにあったのかもしれないな」
雑談しながら奥に向かうと、忘れ去られたようにひっそりと佇む祠があった。
「これじゃない?」
鍵もかかっていない扉をあけてみると、本来あるはずの中は空っぽで、なにか丸いものが長年置かれていたかのような窪みがある。
「持ち出されてから日がたってないな」
「水岐君の事件の前あたりかな」
「ホコリとか考えたらそうかもしれないわ」
「よし、置くぞ」
緋勇は慎重に五色の摩尼をおく。手を合わせて頭を下げた。そして扉をしめる。
「───────ッ!!」
私達は辺りを見渡した。
「な、なんだ......?」
「さっきと雰囲気が違うねッ!?」
「空気が変わったというか、なんというか」
「あるべきところにあるべきものが戻されたことで、結界が正常化したんでしょうか」
「もしかしたら、それがあの五色の摩尼の効果なのかもしれないわ。平将門が三大怨霊だったのを徳川が江戸の守護神として祭り上げ、霊的な守護を任せたように」
「なるほど〜、使い方によっていいことにも悪いことにも使えるってやつだね」
「日本の神様は荒御魂と和魂という2つの側面があるといいますから、あながち間違ってはいないのかもしれませんね」
「でもよォ、あんなとこで大丈夫なのか?また《鬼道衆》が襲ってきたら......」
蓬莱寺が軽口を叩いていたその時だ。目の前の祠が輝いたかと思うとその光は私達の手のひらに降りてくる。驚きのあまりじっとしていた私達の目の前で、あおき輝きは質量をもって姿を表した。
「なんだこりゃ?」
いつの間にか私達の手のひらにすっぽりおさまるほどの大きさの布袋があった。
「いつの間に?」
中をあけてみると粉末と《旧神の印》が刻まれた宝玉が入っている。私の袋には《旧神の印》は入っていないかわりに、魔力を感じるアーティファクトが入っていた。
「まさか、お礼とか?」
「まじかよ、しょぼいなッ!?もうちょっと奮発してくれてもいいんじゃないかよッ!」
「おいこら、京一ッ!」
その時旋風がとおりすぎた。
「うわっ!」
桜井が開けていた粉が舞い上がり、あたりに広がってしまう。
「あーあー......」
蓬莱寺が笑いかけた、その時だ。甲高い笑い声がした。弾かれたように顔を上げ、あたりを見渡すと鳥居の向こう側に異形をみつけた。
真っ赤に脈打つ巨大なゼリーにたくさんの触手が備わっており、ぷるぷると震えている奇妙な生物が鳥居の前に居座っていた。捕食中だったようで、触手の先には吸盤がついており、生き血を啜る口と大きな鉤爪も備わっている。血を吸う生物のようで、血を吸うことでその輪郭が真っ赤に浮かび上がっていく。
「きゃあああああッ!!」
いきなり現れた化け物に美里は悲鳴をあげる。
ヒステリックな笑い声がする。捕食されていた哀れな女性は虚空をかきむしるように変な挙動をしている。その体は不意に浮かび上がり体がねじれていった。骨が砕ける音がして力が抜けていく。首が裂け血が噴き出した。しかしその血は床を濡らすことなく、何者かによって啜られる音が響いている。
私達は見えていた。触手により囚われたものは逃げることはできない、身体をねじ切られ、血は飲み干されるその姿を。やがて女性はあらゆるものを飲み干され、粉微塵になって消えてしまった。
「な、なななにあれッ!?」
「まさかこの粉のせいで?」
「違いますね、私達は助けられたんですよ。これは見えないものを見えるようにする魔法の粉のようです。ミサちゃんが最近読んでる《ネクロノミコン》という魔道書に書いてあったはずですよ」
「ちゃっかり読んでるのが槙乃らしいな」
「役に立ってるんですからいいじゃないですか」
おそらく祠の神様がお礼にくれたのはイブン・ガズイの粉だ。アラビアの魔術師、イブン・ガズイが発明したもので、かけることで使用者の心臓が10回鼓動する間、不可視の存在を視認できるようになる。だが、一度かけた粉がずっと有効なあたり改良してあるようだ。
200年以上遺体が埋葬されている墳墓の塵を3、微塵にした不凋花アマランス を2、木蔦の葉の砕いた物1、細粒の塩1を土星の日、土星の刻限に乳鉢で混ぜ合わせる。調合した粉薬の上でヴーアの印を結び、コスの記号を刻み込んだ鉛の小箱に封入する。これで使うことができるようになる。
使いかたはひとつまみの量を、掌や魔草の葉身から諸霊の現れる方向に吹き飛ばす。諸霊が実体化する際には必ず旧神の印を結び、闇が魂に入り込むのを避けねばならない 。
「なるほど、だからあの子供がくれたのと同じのをみんなにくれたのか」
「私は《旧神の印》と相性が悪いからか、別のものが入っていました」
「えっ、でもそれって大丈夫なの?」
「大丈夫じゃなさそうですね......ミサちゃんが一人になるなってあの化け物のせいでしょうか?死因がわかってきましたね。密偵のようですし」
「気味の悪い密偵だな。《鬼道衆》みたいに手下の忍びじゃないあたり、あらてか?」
「ねえ、槙乃。あれって倒せるの?」
「優秀な魔術師が使役できる存在ですから大丈夫ですよ、きっと。あの粉は霊体を物質化することも出来るんです。ダメージは通るはずですよ」
私は《如来眼》を発動させる。
「どうやらあの一体だけのようですね」
私の言葉に緋勇はホッとしたように息をはいた。
「どうやらあいつは境内に入って来れないらしい。みんな、境内からでないように、距離を保って攻撃するんだ」
緋勇の指示に返事がかえってくる。私は木刀を構えた。
なんとか化け物を倒した私達が鳥居をくぐった瞬間に雰囲気が一転して、いつもの喧騒が戻ってくる。
「すごいな、異世界に迷い込んだようだ」
「あれが本来の効果なら、案外《鬼道衆》は近づくことすら出来ないのかもしれませんね」
「入ってこれない、か。なら、持ち出したのは一体誰なんだろうな」
緋勇は鳥居を1度だけ振り返った。もう祠が輝くことはなかった。
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