憑依學園剣風帖4

新聞部の部室にて、昼食もそこそこにICレコーダーを起動させ、私達は緋勇の取材をはじめた。

プロフィールは1980年1月1日生まれ。出身地は奈良県。身長は蓬莱寺より少し高く、体重は平均値。血液型はA型。

緋勇家は代々徒手空拳(としゅくうてん)の古武術を修める家系であり、緋勇を産んですぐ母が亡くなり、父が中国で修行中に亡くなったため親戚に引き取られて育ったという。

「としゅくうてん?」

「手に何も持っていないことをいうんだ。空手とかが近いかな」

「なるほど〜。だから京一が男の転校生なのに珍しく世話をやいたってわけね。あいつ、そういうとこあるから〜」

「緋勇君が武道に精通していると見抜いたんでしょうね。しせいがいいですし」

「野生の勘だと思うけどね〜」

「あはは。醍醐君と仲良くなったのもよく似た理由でしたよね、たしか。喧嘩して」

「緋勇くんも喧嘩ふっかけられたらのしちゃってよ!」

「醍醐?」

「緋勇君、女の子にもてそうですから気をつけてくださいね。あなたのクラスにいる佐久間君はレスリング部の不良なんです。醍醐君は部長をしていますから、なにかあったら頼ってください」

「でもさ、槙乃。緋勇君が古武術使えるなら心配いらないんじゃない?」

「そうだな、心配してくれてありがとう。佐久間ならもう絡まれたよ。美里さんが好きみたいだな」

「あっちゃ〜、やっぱり!」

「遅かったですね......」

「売られた喧嘩は買わなきゃいけない時もあるんだ。たぶん放課後あたりには呼び出しくらいそうだけど、その時はその時だろ?意地があるんだよ、男の子にはな」

笑う緋勇は余裕そうである。どうやらこの緋勇は幼少期に父方の親戚に引き取られてからずっと古武術をやっていたようだ。半年前に急ごしらえの古武術を仕込まれたわけではないらしい。

「なるほど、なるほど〜。で、ズバリ聞いちゃうけど、緋勇君は高校三年生なんて今の時期にどうして転校してきたの?一ヶ月前にこっちにきたばかりだっていってたけど」

「俺が新聞部の取材を受けたのは、話を聞きたいからなんだ。情報通みたいだし」

「おっと、目付きが変わったわね。そっちが本命?」

「そうだな。俺がこの学園に転校してきたのは、今新宿を騒がせてる猟奇的な連続殺人犯を探すためなんだ」

「えっ」

「それってまさか高校生ばかり狙われている、未だに捕まっていない犯人のことですよね?」

「槙乃の大好きなオカルトがらみの事件だってずっと追いかけてるやつよね、たしか」

「それ、詳しく聞かせてくれないか?」

「わかりました。私が調べたところによると......去年の秋頃、男子高校生三人がある神社で惨殺されているのが発見されたことを皮切りに起きた事件ですね。今でも定期的に起こっているようですが、警察は未だに犯人の特定にはいたっていないようです。新宿を中心に起こっているようですね」

「そうなのか......」

「奈良に住んでた緋勇君がどうしてこの学園に?」

「実は......」

緋勇は口を開いたのだった。



「なにしてるんだよ、莎草(さのくさ)。痛がってるじゃないか、離してやれ」

ヘアバンドをしていて、目つきがわるく、女の子を物色している不気味な転校生。それが緋勇の第一印象だったという。手を掴まれていた女子生徒と引き離した緋勇は、転校してきたばかりの莎草を真っ直ぐ見つめた。彼女は駆け足で離れ、友人たちのところに泣きそうな顔をして駆け込む。

「なにやってんだよ、莎草」

「・・・・・緋勇」

「ごめんな、みんな。じゃあ行こうか、莎草。そろそろHRがはじまるし」

「うるせえ!」

「あ、いっちゃったか」

大げさに肩をすくめるとくすくすと教室内に笑い声が広がった。すると一人の男子生徒が近づいてきた。

「うちのクラスのことなのにごめんな、加勢できなくて。ありがとう。ええと、たしか隣のクラスの......」

「2のBの緋勇緋勇。よろしくな」

「オレは比嘉巽(ひがたつみ)っていうんだ。うん、よろしく」

「あ〜ッ!もしかしてぶつかっちゃったあの時の!?」

「えっ、プリント拾ってくれたっていう?」

「うん!よかった〜、お礼がしたかったの。見つけられてよかった」

「どっかで見たことあると思ったら」

「あの時はありがとう。放課後にお礼かねて喫茶店いかない?」

「え?そんなのいいのに......」

「私が気にするの!」

「あー、わかったよ。そういうことなら」

「俺もなんも出来なかったしお礼させてくれ」

「なんだよ、彼氏もちか。浮気はよくないぜ?」

幼馴染特有のいきのあった否定に笑う。

「じゃあ、どっかいっちまった莎草呼び戻さなきゃならないから、そろそろ行くよ。じゃあな!」

緋勇はその場をあとにしたのである。


翌日


「じゃあオレ、焼きそばパンとカフェオレな」

「オレ、ビビンバとお茶で」

「じゃあ俺も瀬間と一緒でよろしく」

「お前ら競争率たけえのばっか選ぶなよ!」

「いっつもチョキしか出さないお前が悪いか

恨み節をきかせつつ購買に駆けていく加瀬を見送り、緋勇は友人たちとしばらく談笑にふける。次の時間は生物だが、同じ階の突き当たりだ。わざわざ急ぐ必要もない。ちらり、と緋勇は視線を走らせた。女子が机を囲ってくっちゃべっている。それに気づいた瀬間がちゃちゃを入れた。

「ひーちゃんは誰見てるんですかねー?」

「ひーちゃんはやめろっていってるだろ」

たし、と教科書でたたく。中学生日記ではあるまいし、誰が誰を好きだとか恋愛模様で盛り上がるなんてどこまでお子様だと笑う。いてえ、と大げさに言った友人に、緋勇も含めてみんな笑った。緋勇は隣のクラスの女子生徒が好きである、ということは、仲間内では暗黙の了解だった。幼馴染でもなければ小中同じでもない。一方的な片思い。ほてる顔をごまかすように、緋勇は笑った。

その時だ。女の子たちの悲鳴がした。

振り返ると、莎草がいた。東京からの転校生だが、なかなかの無口でぼそぼそとしゃべるやつ。なんか暗そう、くらいしか緋勇は覚えていない。ちょっかいをかけるのは隣の席だからで、中身に引っ張り込めたらさぞかし面白そう、ともくろんでいるからなのだが。

なかなかつんでれくんは靡いてくれない。それに最近すねひねくれているのか、女子に対してよろしからぬことをしたり、不穏なうわさがたったりして、孤立を深めている。いくらちょこまかつきまわっても、いずれ払われてしまっていた。

じ、と女子生徒たちをなめるような視線で見ている。うわ、変態、とつぶやいた加瀬に、ぼそりと賛同の声。用もないのにクラスを眺め、女子を選別するように見ている。

耐えかねたのか、初恋の少女がずかずかと近づいていく。なんか嫌な予感がする雰囲気だと思った緋勇は席を立つ。

「あのさ、誰かに用があるの?よんであげようか?」

「・・・・・・・」

「・・・・・あの」

「・・・・・・・」

「何しに来たの?」

不信感があらわになるが、莎草はうっすらと笑みを浮かべたまま微動だにしない。はっきり言って不気味である。視線が集中しているにも関わらず意にも介さない。

「まあまあ、シャイボーイだから、見つめあうとうまくお喋りできないんだよな、莎草。いくらかわいい子が多いからってえり好みは遠巻きにやられよ。な?」

「・・・・・」

「緋勇くん?」

「そーいうわけだからさ、許してやって」

「うーん、まあそういうんなら」

「な?」

「・・・・」

「莎草?」

ぎろりと睨まれて緋勇は肩をすくめた。彼女はため息をついて、仲間内に戻っていく。しばらく莎草は立っていたが加瀬が返ってくるとそれを察したのか、すたた、と駆け足で後にしてしまった。やがて莎草は去り、そしてパシリのダチが返ってくる。緋勇たちは科学室に向かうことにした。

翌日のことだった。初恋の女の子がシャーペンを片目に突き刺し、昏睡状態になって病院に搬送されたのは。

「はは、冗談きついって比嘉.....なにいってんだよ」

落ち着いて聞けよ、と念を押されて告げられた事件に、緋勇は自分の顔が引きつるのを感じた。

「昨日いくら待っても来ないから、女友達に聞きまくってからかわれたってのに。今度はなんだよ、それ。約束すっぽかすようなやつじゃねえのに…自分からカラオケ誘っといてなんだよそれ、はあ?」

「緋勇」

きつく言われて、我に返る。

「わかってるだろうけど、変に気に病むなよ?」

「わかってるよ......」

受験ノイローゼなんて噂が立っているものの、事故なわけがないだろう、と緋勇は気が立っていた。自分で自分の目を突き刺すなんてどんな衝動だ。

あまりにも自分の知る彼女とかけ離れた衝動に、途方もない混乱を感じている。友人たちとどんな会話をして帰ったのか、緋勇は覚えていない。

そして自宅にかえり悶々としていたら来訪者がきたのだ。

「久しぶりだね、緋勇くん」

「先生......どうしたんですか?じいちゃんだったら、たぶん下の畑に......」

かつて道場をやっていた祖父の関係で緋勇家を訪れる人は多い。緋勇はあまり詳しくないのだが、本家と分家の関係ではないものの、いわゆる表裏一体、対となる系統の武道がある。先生、とよんだその人は、本家である「風祭家」の門下から独立し、今となっては東京の方で学校の理事長をしているお偉いさんだ。

緋勇の父の親友だったという先生は、よく父との思い出を話してくれていた。茶髪にパーマの掛かった長髪、そしてサングラス、あとどこかのやーさんのような風貌。間違いなく第一印象は、あれであろう。

「いや、今日は君に用があるんだ」

「え、俺に?わかりました」

「ああ、お邪魔するよ」

ことん、と湯のみが置かれる。

「最近変わったことはないかい?」

「変わったこと?」

「たとえば、そうだね、学校の同級生が奇妙な事故をおこした、とか」

「・・・・・なんで知って?」

やはりそうか、と憂いを帯びた表情で先生がつぶやいたので、訝しげに緋勇は見つめた。お茶がこころなし生ぬるく感じる。猫舌だからちょうどいいのだが、一息入れた先生が呼びかけたので顔を上げる。

「詳しく話すことはできないが、緋勇くん、これについては触れないでくれたまえ。静かに平穏を謳歌するんだ。いいね?間違っても、一時の感情で動いてはいけないよ?」

「どういう意味ですか」

「君のお父さんの遺言なんだ。普通の生活をどうか歩んでくれ。君はこちらの世界に来てはいけないよ」

「はあ。先生はいつもそうですね」

昔からどういうわけか祖父の門下に入ることにいい顔をしなかった先生は、ことさらに声を強めることがある。ほほをかいた緋勇は、こうして遠い眼をする先生が苦手だった。

こういうとき、彼はきまって父親の面影を見ている。緋勇の中では赤ん坊だった自分を抱いている17年前の父親しかしらない。いいね、と先生は笑った。

だが。

その翌朝、緋勇がお茶したばかりの比嘉の幼馴染の女の子が莎草率いる不良どもに拉致され。古武術の使い手だと聞きつけた比嘉に援護を求められた緋勇は、そこで奇妙な能力を発動させた莎草に完膚なきまでに叩きのめされた。瀕死の状態で先生に保護されるなど、その時の緋勇に予想できるはずもなかったのである。


気づいた緋勇は、先生の運営している道場の一室で目を覚ました。どういうわけか、体の違和感はあった。さんざん嬲られたにもかかわらず、思いのほか外傷の少ない体のおかげで簡単に動けていた。自分以外に保護された人間はおらず、どうやら別の場所に拉致されたらしいことを、さんざん問い詰めた結果ようやくはいた先生は、あわてて飛び出していこうとする緋勇を止めた。

「莎草は危険な《力》に目覚めている。君では無理だ。やめておきなさい」

「そんなことできるか!離してくれよ、先生!見殺しになんかできるわけないだろ、比嘉たちは友達なんだ!」

「君は何も知らないからそのようなことがいえるのだ。なんだっていつも自分のことを考えず周りのために危険を冒そうとするんだね。残される人間のことも少しは考えたらどうだ!」

「んなもんちゃんと一緒に帰ってくりゃいいだけの話だろ!勝手に殺さないでくれよ!」

「だから、君は無知だというんだ。いいかい、莎草は、陰の道に堕ちた。もはや我々のような人間でなければ、対抗はできないのだよ。もはや人ではない。魔人というんだ。人間はもともと陰と陽の気をもち、成り立つ存在だ。陰しかないものに待っているのは、跡形ない消滅だけ。君には耐えられんだろう、莎草はもう帰れない。倒すしかないが、あいつの能力は傀儡だ。非常にやっかいといわざるを得ん」

「俺だってじいちゃんから教わった武芸があります!先生のいう《力》って《氣》を用いた特殊な古武術のことでしょう?じいちゃんから教わりましたから!」

「......!緋勇先生、いつのまに......」

「だいたい父さんと重ねてみてる先生に俺を止める資格なんてないと思いますけど」

「............知ったふうな口をッ......。......しかたあるまい、どうしても、というなら、私の門下を倒してみなさい」

「まかせてください」

闘志にあふれた緋勇をだれに重ねたのか、複雑そうな視線をよこす先生に緋勇以外誰も気づいたものはいなかった。

みごと門下生を打ち負かした緋勇は、提供された情報をもとに比嘉達を救出しに向かった。そして数人の不良たちを完膚なきまでに叩きのめし、力におぼれている莎草と対峙する。

「なぜだ、なぜお前には糸が見えない!」

「糸?ああ、傀儡とかいうやつか。残念だな、莎草。お前とは仲よくなれるっておもってたのに。そんなみみっちい能力に頼らないでかかってこいよ。友達傷つけられて平気でいられるほど、俺は薄情なやつじゃないんでな。歯を食いしばれ、覚悟を決めろ」

緋勇を化け物を見るような様子で怯え出した莎草は、突然何かに呼応するように胸を抑える。いやだいやだと何かに怯えるように叫びはじめ、唖然としている緋勇に向かって手を伸ばした。

「《力》に目覚めたから、生き延びたのに!いやだ、いやだいやだ、こんなところで死にたくない!」

莎草が狂乱状態で叫ぶのだ。

狂気が満ちる。狂気と混沌の帳がおりる。何人たりとも逃れる事はできない。お前は相応しいか。闇の世界を生きる者に。《力》を持つに足りうるか。見せてみるがいい。愚かなる人の《力》を。見せてみるがいい。お前のいう人の《力》がどれほどのものか。

そういって、赤い髪の男につるんでいた友人たちを皆殺しにされたという。

まだ死にたくない、と叫んだ莎草に手を伸ばそうとした緋勇の目の前で、野獣の咆哮とともに、莎草は姿が変わってしまう。禍々しい肌の色をした、それこそ魔人というにふさわしい化け物の姿になってしまう。

絶句する二人にとっさに緋勇は逃げるよう指示を出した。

そして、心のどこかで助かるんじゃないか、と考えていた自分を叱責して、型をとる。これが初めての緋勇の封魔の戦闘となってしまったのである。

「で、俺は先生に無断で父さんの母校だったこの学園に転校してきたんだ。偶然にも莎草の転校する前に在籍していた学校だし、なにか情報がつかめるんじゃないかと思って」

「なるほど......」

「な、なななんですって〜ッ?!うっそでしょ、ここまで槙乃の推理があたってるとか!面白くなってきたじゃない!」

「え?し、信じてくれるのか?」

「もっちろーん。莎草が連続殺人の最初の事件の被害者だってことは調べがついてんのよ、実は!」

「莎草君が不思議な《力》で英語の先生を怪我させたという目撃情報はあったんですが、本人に取材できないまま転校してしまいまして」

「犬神先生に止められちゃったのよね〜、受験シーズンだから余計なことするなって」

「それから新聞記事を探したり、現場にいったりしていたんですが、緋勇君のようにはっきりとした目撃情報は初めてです。赤い髪の男、でしたか。なにか関係ありそうですね」

「よかった......じいちゃんの勧めで転校したとはいえ、ほとんど手がかりなかったから安心したよ。ありがとう」

緋勇は嬉しそうに笑ったのだった。


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