憑依學園剣風帖3

昼休みのことだ。

「───────マリア先生。この学園に来てから、もう3ヶ月になるんだ。この学園にも慣れてきたころだろう?同僚や生徒たちに慕われている、俺と違ってなかなかいい先生だと評判じゃないか。君もわかってる筈だ。俺の話がわからない訳じゃないだろう。だから今君は悩みが生まれ......」

「わからないわッ!傲慢で自分勝手で他人を傷つけてもおかまいなしッ!あなたこそ、それがわからなワケじゃないでしょッ!」

「......それだけ動揺しているということは図星というわけだな?たしかに人は弱い。だが、護るべきものがあれば強くも生きられる生き物なんだ」

「......だからなに?なんだっていうの?どうしてアナタにそこまで知ったふうな口を聞かれなきゃならないのよッ!それが愛だとでもいうの?」

「......さあな。だが、そう呼ぶ場合もあるだろうさ」

「アナタの口から愛という言葉が聞けるとは思わなかったわ」

「......。とにかく、だ。もう一度よく考えるんだ。まだ3ヶ月ともいえるんだからな、焦らなくてもいいんじゃないのか?」

「.....」

マリア先生は言葉につまり、そのまま踵を返して去ってしまった。

「......なんか、とんでもないもの見ちゃったわね」

ちゃっかり写真を取りまくっていた遠野がいうので、私はうなずいた。口許が笑っている。いいネタゲットだとでも思っているんだろう。2人がちらっとこちらを見たのは気のせいではない。2人にはバレバレなはずだが、昼休み中で人通りが少ない廊下を選んだとはいえあんだけ大声で話されたら誰か気づくことにも頭を回して欲しかった。というわけで今回は私も便乗したのである。我に返ったようでなによりだ。

人外同士の人間に対するスタンスがぶつかり合っているなかなかシリアスなシーンなのだが、事情を知らない遠野みたいな生徒や先生には痴情のもつれというか修羅場にしか見えない。フラッシュが水をさした形だろうが、これ以上白熱されると校舎内を案内されている緋勇がふたりの秘密を序盤で知ることになってしまうのでそれは2人にとってもいただけないはずだ。

「よーし、犬神先生職員室に入ったわね。行きましょ、槙乃」

「そうですね、はやく用事をしませなくてはいけません」

「そうそう、緋勇君に献上する焼きそばパンは確保出来たんだから、はやく行かなきゃ肝心の取材時間がなくなるわ!」

なぜ私達が昼休みにもかかわらず1階にいるのかというと、いざ取材に行こうとしたら、通りかかった犬神先生に呼びつけられてしまったのだ。次の生物の授業で使う教材運びをやれというご指名である。新聞部顧問の権限だからって使いすぎだと思う。実際は情報が欲しいんだろうけど。

「失礼しま〜す!」

「失礼します。犬神先生、荷物を取りに来ました」

「ああ、お前らか。ちょうどいいところに来た。荷物ならそこだ」

「わかりました!さあて、運ぼっか槙乃」

「そうですね」

「早くしないと緋勇君の取材の時間が〜っ!」

「緋勇?なんだ、もう次の新聞記事のネタか?そういや、隣のクラスの転校生の名前がそんなんだったな、たしか」

「緋勇龍麻君ですよ、犬神先生」

「そうなんですよ〜っ!次の号はきっと売上記録更新してみせますからね!期待しててください!」

「緋勇、龍麻ね......」

犬神先生は歴代の《黄龍の器》と面識があるようだから思うところがあるようだ。どこか遠い目をしている。

「それがどうかしたんですか?もしかしてお知り合い?」

私の問いに我に返ったのか、犬神先生は頭をかいた。

「い、いや......そういうわけじゃなくてだな......莎草が転校した学校も明日香学園だったと思ってな」

上手いこと逃げたなと思ったら、遠野が食いついた。

「莎草ってあの3ヶ月前に英語の先生怪我させて入院させたあいつですか!?」

「先生、まだ戻ってこないまま、マリア先生来てしまいましたよね......」

「どうやったのかは知らないけど、あんだけ変な風に曲がっちゃったら戻らないわよね......。転校してくれてホッとしてたけど、そっか、緋勇君、明日香学園の......」

「ここだけの話、二度と教壇に立てないそうだ」

「ええっ!?」

「遠野、時諏佐。緋勇がもし莎草について話を聞きたがるようだったら、この学園にいる生徒はまともだから安心しろと言ってやれ。真神学園の生徒がみんなあいつみたいなやつだと思われたらかなわないからな」

「わっかりました〜!任せてください!緋勇君にこの学園のいいところ、たくさん教えてあげます!ね、槙乃!」

「そうですね。せっかくうちの学園に来てくれたんだから、いい思い出たくさん作って欲しいですし。それなら、美里さんに声掛けた方がいいでしょうか?たしか、隣の席があいてましたよね?」

「それほんと?!美里ちゃんが隣の席ってことは、桜井ちゃんも声掛けてくれるだろうし......あーまずいわね、佐久間が喧嘩ふっかけるのが目に見えてるわ」

「京一君が声をかけてくれるのでは?」

「それで止まるようなやつじゃないでしょ?やばいわね、醍醐君今日来てるのかしら」

「教室にいなかったら、レスリングの部室に声掛けてみた方がよさそうですね。またサボって特訓してるのかもしれませんし」

「こうしちゃいられないわ、急ぎましょっ、槙乃!」

「そうですね。失礼しました」

「失礼しましたー!」

犬神先生は投げやり気味に送り出してくれた。




そして、速攻で生物室に荷物を置きに行った私達だったのだが、二階では残念ながら学校案内され中の緋勇と遭遇することが出来なかった。

ずっと背後に感じていたからみつくような独特の《氣》と視線に振り返ってみればクラスメイトがいた。

「う〜ふ〜ふ〜、みつかっちゃった〜。槙乃ちゃ〜んには、かくれんぼはできないね〜」

「ミサちゃん、こんにちは」

「こんにちは〜」

「そんなところでどうしたの〜?アン子ちゃ〜ん。誰かさがしてるの〜?」

「ミサちゃん、ちょうどいいところに!」

「霊研はもう終わったのですか?」

「うん、今日の分はこれでおしま〜い。あ、もしかして、うちに用があったの〜?ごめんね〜?」

申し訳なさそうに間延びした謝罪をしてきたのは、裏密ミサ(うらみつみさ)。真神学園高校3年B組在籍、つまり私たちとクラスメイトでオカルト研究会会長だ。

得体の知れない少女だが、古今の魔術・呪術・占術に精通しており、彼女の占いは良く当たると評判である。ちなみ眼鏡をはずすと可愛い。 真神学園の男性陣に恐れられおり、彼らを生贄に悪魔を召喚することに定評がある。

卒業後は『新宿の魔女』という占い師でデビュー。高校時代とはまるで別人のように、すらりとした美人になっているのは別の話である。

「違うの。転校生の緋勇龍麻君見なかった?教室にいないみたいなんだけど」

「実は昼休み中に新聞部の取材をするために、お昼を一緒に食べようと約束しているんです。私達、犬神先生に頼まれた荷物運びをしていたらすれ違ってしまったようで」

「なるほどね〜。緋勇龍麻君なら〜、昼休みに入ってすぐに〜うちにきたよ〜」

「えっ、そうなの!?緋勇君って男の子なのに占い好きなんだ?なんか意外」

「怖がってる人多いですもんね」

「なにを占ったかは〜秘密なんだけど〜、うふふふふ〜」

きらり、と裏密のぐるぐるメガネが光る。

「緋勇く〜んなら〜、京一く〜んが〜、校舎内案内してる〜みたいだったよ〜」

「そうなんだ、ありがとうミサちゃん。どっちにいったかわかる?」

「下かな〜」

「ええと、最初にここにきて、次に一階......となると......。ああ、完全に入れ違いになってしまいましたね、アン子ちゃん。あとは三階でしょうか?」

「三階か〜......なんだか嫌な予感がするわ。よりによってなんで京一が案内してるのよ。もー」

「行ってみましょう」

「そうね、緋勇君に京一の馬鹿がうつらないうちに!」

「教えてくれてありがとうございました、ミサちゃん」

「ありがとね〜!」

「どういたしまして〜。うふふふふふ。ねえ、槙乃ちゃ〜ん。前言ってた新しい本、手に入ったから貸してあげるよ〜。また今度霊研に来てね〜」

「ありがとうございます。またお世話になりますね!」

「ばいば〜い」

私達は三階に向かった。

「またオカルトの本借りるの?槙乃ってほんとに怖い話大好きよね。夜眠れなくならない?」

「あはは。なんだか惹かれるんですよね」

「そこだけがほんと謎なのよね、槙乃って。それ以外は好奇心旺盛ないいとこ育ちのお姉さんて感じなのに。オカルト絡みになるとほんとに生き生きするというかなんというか」

「あはは」

《アマツミカボシ》の転生体だから仕方ない。そうじゃなきゃ、なにがかなしくて毎晩毎晩儀式を行わなきゃならないんだって話である。この日のためにどれだけハスターの狂信者として呪文を会得したり、《アマツミカボシ》の《力》が引き出せるように努力してきたと思っているのだ。

裏密にはこの3年間お世話になりっぱなしなのだ。クトゥルフ神話に関する魔導書を借りたり、いろんな勢力の動向について尋ねたり。未来について知るのに悪魔の力を借りる場合は、どうやらティンダロスの猟犬の対象外になるらしいので大変助かっていた。

裏密は初対面のころからルシファーと同一視されることもある《アマツミカボシ》の転生体である私にとても良くしてくれている。

遠野がもったいないとぼやいたところで私たちは三階に到着する。教室にはいなかったため、緋勇たちが図書室にいったと気づいた。図書室にいってみるとカウンターから死角になる位置取りでしゃがみこんでいる男ふたりを発見した。遠野が走った。

「ホント最低!あんたは女性の敵だわ」

「げっ、そのこ───────ぐはっ!!」

なにかいう前に男子生徒が宙を舞った。緋勇と私はたまらず目をとじた。嫌な音がした。変な落ち方をしたようで絶叫が響く。

「アン子てめえ、何しやがる!オレの顔に傷でも付いたら、どうしてくれんだ。真神一の色男に傷が付いたら、かわいこちゃんが悲しむだろうが!」

「な〜にが色男よっ!単なる色気づいたサルじゃない」

「んだと〜!?」

「だいたいあんたの品のなさがうつったらどうするつもりなのよ!」

「おいそりゃどー言う意味だ、アン子!」

「えっ、京一お前、まさか俺に図書室でスカート覗かせようとしてたのか?信じられない。東京怖すぎる」

「京一〜ッ!」

「おいおいおい、なにいってんだよ、緋勇!お前も薄情だな、さっきまであんなに乗り気だっただろうが!女の子がいるからって切り替えるの早すぎじゃね〜かっ!」

「いやだってあの黄金ストレートはなかなか避けられないって」

「だからってなァ!!つかアン子ッ、サルってなんだよ、サルって!」

「先輩の彼女寝とった挙句に卒業式で大乱闘したアンタにだけは言われたくないわ」

「だ〜か〜らっ、俺はそういうつもりじゃなくて知らなかったっていってるじゃねーか!だいたいアイツらが最初に手を出してきたんだっての!単なる偶然だっていってんだろーが、人のはなしをきけ!」

「あんたと一緒にしないでよ、京一。あんたが緋勇クンに余計なこと吹き込もうとしてるだけじゃないの」

「だ〜か〜ら〜っ!」

「まあまあ、2人とも落ち着いてください、ここは図書室ですよ。外に出ましょう?ね?」

いつまでも言い合いがおさまらないので私はふたりの間に割って入った。

「京一君、大丈夫でしたか?」

「時諏佐ァ......ほんとお前っていいやつだなァッ!心配してくれるのお前だけだぜッ!」

「あ、怪我して......」

「ん?あ〜いいっていいってこれくらい。舐めときゃ治る。へへへ、ありがとうな!」

この男子生徒の名前は蓬莱寺京一(ほうらいじきょういち)。

真神学園高校3年C組の剣道部部長で、女好きで軽薄だが義理と友情に厚い、緋勇の親友兼相棒キャラだ。

剣術の達人で常に木刀を持ち歩いていおり、戦闘でも日本刀などを使用する。 ラーメンが好物で、特に味噌ラーメンが一番のお気に入り。おかげで今年一年、私達はラーメン屋が拠点となる運命である。

ちなみに裏密を怖がっている男子生徒その1である。

「騙されんなよ、時諏佐。緋勇もむっつりなだけでスケベだからなッ!可愛い女の子が沢山いて嬉しいって浮かれてるし、マリア先生の未知の領域(おっぱい)大好きだし、ここだって最後まで」

「天誅」

「ぐはっ!」

今度は緋勇の手刀に蓬莱寺が沈んだ。

「仕方ないわね、今日のところは槙乃に免じて許してあげるわ。外に行きましょ、外に」

「こんのやろォ......覚悟しろよ、緋勇。今に見てろ」

「やだなあ、なにいってんだよ、蓬莱寺。こういうのはバレないでやるもんだろ、バレた時点で意味が無いんだよ、愚か者め」

「ハッ......た、たしかに!俺としたことが大切なことを忘れてたぜ」

「それを口に出す愚かさったら......」

「まじでごめんな、緋勇。せっかくのスポット潰しちまって。埋め合わせは必ずするぜ」

「うん、楽しみにしてる!」

どうやらスケベに関してはオープンかむっつりかの違いがあるだけで、かねがね方向性は同じようだ。仲が良くてなによりである。

「で、なんの用だよ?新聞部が二人揃ってわざわざここまで」

「あの、京一君。緋勇君の校舎案内は終わりましたか?実は朝取材を申し込んでいまして、緋勇君をお借りしたいんですが......」

「そうそう、昼ごはんが報酬代わりだから必ずこなさなきゃならないミッションなのよ」

「えっ、そうなのか?なんだよ、緋勇。それならそうと先に言えよなッ!」

「でも2人とも来なかったからさ、忙しいのかと思って。それに蓬莱寺のおかげで迷子にならずに済みそうだよ。ありがとう」

「へへッ、ならいいけどなッ!」

「やっぱり......。ごめんね、犬神先生に雑用頼まれちゃって」

「そうなんです。ごめんなさい」

「よりによってあの野郎にかよ。......緋勇に嫉妬してんじゃねーだろうな?」

「犬神先生ってあの途中で話しかけてきた?」

「そうそう、白衣のタバコ吸ってる」

「あー」

「私達の担任で新聞部の顧問をしていただいてるんです」

「だからってこき使いすぎだよな〜。こないだだって時諏佐呼び出されてただろ。嫌なら嫌っていえよ?」

「無理言って顧問してもらってますから......あはは」

「先生いないと部室として認めてもらえないから厳しいのよね〜......はあ。あ、いけないいけない、はやく取材始めましょ。新聞部の部室に案内するわ」

「行きましょう、緋勇君」

「わかった」

「んじゃな、緋勇。またあとで」


prev next


×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -