祭り2
鏡の前でまじまじと愛さんが自分の姿を見つめている。
「てっきり旅館でよくある安いやつかと思ってました」
「たしかに男女兼用の浴衣も泊まり客用にあるが、さすがにそのまま外は歩けないだろう?」
「えっ、じゃあ如月君が着て......?」
「そんなわけないだろ」
「なんで防水スプレーを......?」
「近所の商店街のおばさま方からよく頼まれるんだ。付き合いで何着か母が買ったはいいが、タンスの肥やしになっていたものを貸し出すのが毎年恒例なだけだよ」
「なるほど......なるほど?」
「いい商売になるんだ」
「あー、なるほど。着付けしてあげて、貸し出すんですね。如月君目当てなら人気ありそう」
「そういうことだから気にしなくていいよ」
最寄り駅の門前仲町駅で降りればすぐにお祭りムードに染まった富岡八幡宮に出会うことができる。
神社の境内から溢れ出した出店には、どこから沸いたのか不思議なほど人が集っていた。中の方からは大音量で音頭が流れてくる。太鼓は実際に誰かが叩いているらしい。子供の泣き声や喚声が混じる。賑わっているようだ。
愛さんはゆっくりと辺りを見渡している。普段通り、その表情は楽しそうだが緊張感は途切れる様子はない。ごった返す人の中、縫うように中へ進む。
ふいに愛さんが立ち止まった。僕も耳を澄ます。今、音楽と人々の喧騒の隙間をぬって届いたのは悲鳴だった。子供の悲鳴ではない。女性の悲鳴だ。盆踊りの会場となっている境内とは反対側の方から聞こえた。
僕は走り出した。愛さんも後ろから付いてくる。嫌な予感は的中した。
社務所の裏手の小さな林の中、掠れた悲鳴を上げ続けている浴衣姿の女性が、あられもない恰好で座り込んでいる。その連れと思われる若い男が倒れている。
鬼面の者どもが三人。こちらに気付いて、忍刀を構える。考えるより先に手は動いていた。即座に印をきる。那智の事件で被った精神的な被害からまだ立ち直って間もない愛さんたちのために提案した祭りの巡回だった。まさか本当に現れるとは思わなかったのだ。よりによってこんなタイミングで現れるとは本当にふざけた連中である。
「飛水影縫」
この術を前にした敵はいかなる防御も不能となる。言霊を利用した手裏剣術だ。影を手裏剣で縫いとめ、相手を動けなくする。そこに水を纏った僕は《力》を放った。
「水裂斬ッ!」
吹き上がる水の柱で相手を絡め取り水柱もろとも相手を断ち斬る。雑魚でしかなかった忍びたちを屠る。愛さんが来る頃には全て終わっていた。
「......失神してるだけですね、お楽しみ中に襲われたのかなァ......」
愛さんは困ったように笑っている。倒れていた若い男女は失神しているだけだった。二人の衣服の乱れは、どうやら《鬼道衆》どものせいではなかったようだ。
「神社の境内でこんなことをするからだ、罰当たりめ。愛さん、人がこちらに集まってこないうちに逃げようか。社務所の人達が気付いたかもしれない」
「2人はどうします?」
「放っておこう。外傷はないんだろう?なら直に目を覚ますさ。怒られて懲りた方が彼らのためだよ」
「せっかく来たのに遠回りで再入場かあ......」
「まったく迷惑な話だよ」
僕達は愚痴りながら神社の敷地ないをぬけ、ふたたび出店がひしめきあっている通りに戻る羽目になったのだった。
「さすがですね、如月君。《鬼道衆》、当たりました」
「当たって欲しくはなかったけどね」
「ほんとですね......龍麻君達にはやく知らせないと」
「あんな所で何をしていたんだろうな」
「うーん......?水角の時とは違う色をした鬼の面でしたね。緑色ってことは......」
「以前の事件で名乗りだけしたやつだったか?そいつの配下だろうね。深川祭を台無しにする目的だったんだろうか。無粋なことを企む連中だ」
「そんなに結界が破りたいの......?こんなに楽しんでる人がいるのに......」
愛さんは指先が白くなるまで手を握りめた。
「那智さんだけじゃない。無関係な人まで巻き込んで......ほんとになにがしたいのよ......。そんなにあたし達の《力》を活性化して《陰の氣》を活性化させたいの......?なにが目的よ、ほんとに......」
「そうだな。愛の言うとおりだ」
「え、あの、如月君......?」
こういうところが愛らしいと思う。やはり、やはりこの人は......。だからこそ僕は───────。
「あっ、槙乃ッ!如月クンッ!」
「小蒔ちゃん!」
「よかった、鳥居の前で待ち合わせだったのに2人とも来ないから心配してたの。無事でよかったわ」
「ほらいったろ?警察のあれは2人が《鬼道衆》のヤツらをボコッたんだろうから心配すんなって。な、龍麻」
「そうだな、でも来てくれてよかった。もっと遅かったら探しにいくところだったよ」
「やはり《鬼道衆》の仕業なのか?警察がきて騒ぎになっているようだが」
愛さんは説明するために龍麻たちのところにいってしまう。
「私がついた頃にはきさら......いや、翡翠君が......。そうですよね、翡翠君」
「ああ、そうだね。3人ほどだから密偵かもしれないんだが......」
僕は龍麻たちのところに向かったのだった。
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