祭り1

時諏佐愛との関係を問われたとき、適切な関係を端的に表す言葉を僕は未だに見つけられないでいる。

まず前提として時諏佐家と如月家は昔から親しく往来し互いの生活に干渉し合っていた。特に時諏佐先生と僕の母は恩師と教え子の関係だったし、時諏佐先生は僕の祖父に《宿星》と《鬼道》の戦いの歴史を師事する立場だった。《如来眼》という《宿星》として、時諏佐家は代々柳生との戦いに備えて《宿星》の継承者をいち早く見つけ出して保護しながら《力》に覚醒するまで鍛錬するという一連の流れの中枢にいた。如月家は東京を守護するというお役目と《玄武》という北を守護する《宿星》のため、北東に位置する《鬼門》の異変にいち早く気づく。ゆえに自然と繋がりが強化されていったと聞いている。

年齢のひらきのある者が、桶の中の芋のようにもまれて、思いがけない友人関係ができてくるのは、かけがえのないものだ。そういって祖父は特に交友関係を制限はしなかったのだが、飛水流忍術を皆伝して先代店主が行方不明になってからは如月家最後の一人である僕に次なる戦いの責任ある立場が重くのしかったために、ろくに学校などいく機会はなかった。

東京中の結界と霊的な守護を脅かす者がいないか巡回し、飛水流の技術を磨き、骨董商を営みながら情報収集をして長年積み上げてきた繋がりと共有する。それだけであっという間に時間はすぎてしまう。

そんな僕の周りには若い世代の人間がほとんどいなかった。双子巫女や愛さんをのぞけば老人、あるいは大人ばかりだった。同年代の同性の友人が出来たのは初めてだから緋勇君たちには感謝しかないわけだが、それはおいといて。

双子巫女は幼馴染と言っていいのかもしれないが、愛さんは出会ったころから今の姿だから幼馴染にくくるには少々違和感がある。8歳当時の僕に愛さんは幼馴染かと聞いたなら、間違いなく違うと返ってくるはずだ。祖父の年の離れた友人、もしくは時諏佐先生の娘さん、お姉さん、そう親戚のお姉さんのような関係だった。

いつしか翡翠君から如月君に変わったことに気づいたのは、僕が愛さんの身長を追い越したころだ。大人のお姉さんが幼馴染になっていた。なのになんとなく距離ができた。

最初こそ寂しかったが世間一般でいう思春期に入ったから僕に気をつかっているんだろうと今なら思う。祖父から愛さんの複雑な事情を聞いてからは九角という男に操を立てているんだろうと勘違いをしてしまった訳だが......。正直僕は愛さんが恥ずかしがっているんだろうと思っていた。

水角の正体が那智家の少女だと発覚した時の狼狽ぶりから、僕はようやく本気で愛さんはこの戦いで全てに決着をつけるためだけに10年間必死で手を尽くそうとしたのだと知ったのだ。あまりに精神的ショックを受けて数日寝込んでしまったと時諏佐先生から聞いて心配になった僕は聞いたのだ。

そしたら、愛さんの来た世界では彼女は5年後に柳生の引き起こした悲劇による連鎖で精神に異常をきたし、今は愛さんの計らいで東京から離れている《鬼道衆》の家系の子供達を戦いに巻き込んでしまったというではないか。

愛さんは柳生の戦いだけでなく、そこから派生する悲劇すら回避しようと足掻いていたのだ。

僕は本気で凹んでいる愛さんを励ますのに精一杯だった。

たしかに僕と愛さんは家族の一員と言っていいくらい、何の気兼ねも要らない仲がいい関係だろう。互いに気を許した間柄だ。共に行動することが自然で、心から楽しんでいる。それ以上であっても、それ以下であってもならない。正五角形が長さの等しい五辺によって成立しているのと同じように。

遠慮のいらない、自分の延長線上にあるような存在である。手足と同じだ。そこには自他の区別がない。だから自分が起きていれば、相手も起きているはずだという思いこみがある。

そもそも普通を知らない僕が普通に話せるという感覚を会得するのは本来とても難しかったはずだ。笑わせようとか、盛り上げようとか、沈黙が気まずいとか、そういうことを一切気にしなくていいような、心拍数の変動が全くないような普通の会話ができる相手は、きっと、すごく、貴重だった。あたりまえだとどこかで思っていたのだ。

だから、裏密さんが《門》をくぐったことがあるから、運用方法がわかっているだろうと聞いたとき、愛さんがなんの躊躇もなくうなずいたことに僕は僕が考えていた以上の衝撃を受けるのだ。あの恐るべき邪神たちがくぐった《門》を愛さんは通ってこの世界にやってきて、全てを終えたらまたくぐって帰るつもりなのだ。そう突きつけられた。

同じ事件を追いかけているのに、ここまで見える景色が違うのだ。きっと僕はそのたびに今みたいになにもいえなくなるに違いない。そして思考を放棄して先延ばしするのだ。お礼がしたいから考えておいてと笑う愛さんにその先がいえないように。

そのたびに僕は思い出すのだ。祖父から受け継ぎ、先祖から脈々と受け継がれてきた飛水家の使命を果たすこと。この僕だけが受け継いだもの。飛水家のお役目。玄武の力。忍として身につけた技と、精神力。そして祖父の言葉を。

「忘れるでないぞ、翡翠。決して心たやすく動かされるな。迷いを見透かされるな。お主は、この東京を守護する最後の「飛水」なのじゃ」

ならば、そのお役目を果たすのになくてはならない人がいなくなり、お役目に支障をきたしかねない未来が迫っている場合、僕はどうすべきなのだろうか。ふとそんなことを思った。






 
「如月君、これ、どこに置いたらいいですか?」

暦の上では秋が近づいてきた八月下旬だというのに、今日も東京はあっさりと真夏日を記録していた。祖父の言葉にふと思いを馳せていた僕は、日干しにするよう伝えた。

如月家の蔵の掃除は1年に1度の恒例行事である。一人暮らしの僕では何日かかるかわかったものではないので、見かねた愛さんや神社の男衆が総出で手伝ってくれるのだ。残念ながら双子巫女は揃って部活の大事な交流試合であり、今年は不参加である。愛さんは龍麻たちの仲間になってくれるよう声をかけるつもりだったのか残念がっていた。

明らかに何か小動物が暮らしていただろう痕跡が所々にあることに憤慨する。どこかに隙間があるらしい。去年も修理したのにまたやられたようだ。僕を宥めながら愛さんは僕の指示通りに古美術品を出していく。日干ししたり、陰干ししたり、修理に出したり、処分したり、それだけで一日がかりだ。そして如月邸の一室にまとめ、次の日は1年分の塵や埃を大掃除である。数日がかりで蔵の掃除を終えた僕は、来てくれた人達にお礼を渡し、お見送りしたのだった。

「愛さんもありがとう」

「いえ......今は体を無心に動かしたい気分だったんで構わないですよ。そちらの方が気分が紛れるといいますか......」

「そうかい?なら......ものは相談なんだが、手伝って欲しいことがあるんだ」

「はい?なにかありましたっけ?」

「ああ、もうすぐ江戸の三大祭りだろう?」

「えっ、8月にありましたっけ?」

「深川祭りを神田祭の代わりにいれる場合があるのを思い出したんだ。鬼門とは関係なさそうだが、《鬼道衆》のことを考えるとなにもないとはいいきれない。たしかに山王祭と神田祭の二つは天下祭と呼ばれる盛大な祭りだが、もう過ぎている。深川八幡祭りと三社祭どちらを入れるかは意見がわかれるところだろ?」

「た、たしかに......言われてみればそうですね。なんで思いつかなかったんだろ」


深川八幡祭りは、富岡八幡宮(東京都江東区深川)の例大祭で、本祭りは3年に1度の8月15日を中心に行われる。富岡八幡宮は「深川の八幡様」と親しまれる江戸最大の八幡宮で、「神輿深川、山車神田」といわれたように、神輿振りが見どころだ。神輿の数は120基を超え、中でも大神輿ばかり54基が勢揃いして練り歩く「連合渡御」は圧巻。沿道の観衆から担ぎ手に清めの水が掛けられ「水掛け祭り」としても知られている。観衆も担ぎ手も一体となって盛り上がる熱い祭りだ、《鬼道衆》がなにか企むには格好の舞台のように思えたのか、愛さんはうなずいた。

万が一、その清めの水の飛び交う中、那智のように《水》の《力》を無理やり付与された人間が蟲の活性化する夕方に紛れ込んだらどうなるか。

「毎年200軒近い屋台が出るだろ?富岡八幡宮と永代通りに集中しているし、子供向けの屋台が多い印象だ。もし狙われるとしたら......」

「見回りした方がよさそうですね。なにもないならないで、普通に楽しめばいいですし。もうすぐ夏も終わりですもんね」

「愛さんもそう思うかい?よかった。龍麻君たちに連絡をよろしく頼むよ」

「そうですね。濡れてもいい服装でわかれて巡回した方がよさそう」

「そうだな」

その時はてっきりいつものように制服か私服だと思っていたのだが。龍麻君たちに話が回るうちに女性陣が盛り上がってしまい、なぜか昨日の夜になっていきなり浴衣による強制参加になってしまったと愛さんから連絡が入った時には笑ってしまった。

「なるほど、だから今日になってわざわざ僕のところに泣きついてきたと」

「ま、まさか浴衣だとは思わないじゃないですかァ......」

「桜井さん達の気持ちもわかるよ。僕のように日常的に着ている人間は少数派だし、普通はこんな時でないと着られないからね。時諏佐先生が卸してくれたのか?立派な浴衣と帯じゃないか。自分で着られるだろう?」

「……着れないから来たんですが、それは......」

ちょっと吹き出しつつ、愛さんをみる。

「意外だな…......。君は器用だと思っていたんだが、着物は着慣れないのかい?」

「……あまり…......着ないです......」

「おかしいな、何度か着物姿の君を見たことがある気がするんだが......」

「今日に限っておばあちゃんお出かけだし、お手伝いさんもおやすみなんですよ......」

「ああ、盆休みというやつだな」

「はい......」

「時諏佐先生に習ったことは?」

「あるはずなんですが記憶に残ってないんです......」

「まあ普通はそうだろうな。日常的に着ないと忘れてしまうだろうね。それにしても、あいかわらず君はテンパると距離を保つの忘れてしまうんだな」

「すいません......ほんとにすいません......着物といえば如月君というイメージしか浮かばなくてつい......」

いきなり桜井さんから電話がかかってきて頭が真っ白になってしまったとごにょごにょ言い訳をしている愛さんに僕は笑ってしまう。時諏佐家から僕の家まで最低でも30分はかかる訳だが電車に揺られている間正気に帰る瞬間はこなかったらしい。

「いつもの君しか知らない龍麻君たちが今のポンコツの君をみたら驚くだろうね」

「......ですよねー」

「仕方ないな、わざわざここまで来たんだから最後のチェックだけしてあげるよ」

「ありがとうございます、ほんとにありがとうございます」

愛さんは心底安心した様子で隣の部屋に消えた。しばらくして悪戦苦闘したんだろうなという痕跡がうかがえる姿で現れた。

「まあ......がんばったんじゃないか?」

「......あはは」

襟を直し、着崩れないように型を整えてやる。帯を回すために愛さんの身体に抱きつくような恰好になっても、じっと大人しく待っている。僕が気に過ぎているだけなのか、僕を信頼してくれている証なのか、奇妙な気分のまま支度を終えた。

「よく似合うよ、時諏佐先生のセンスは相変わらずだな。これくらい着れるようにならないともったいないよ、愛さん」

「......ほんとにそうですよね......がんばります......如月君もよく似合ってますね。新しいのですか?」

「ご近所付き合いというのは意外と大変なんだよ。まあ、僕は普段から着慣れているのでね、それもあるかもしれないが」

「なるほど」

「ちょっと待ってくれ」

「はい?」

「ところで愛さん、一応確認なんだがジャンバー用の防水スプレーは昨日のうちにやっただろうね?しないと悲惨な目にあうよ」

「..................」

「やってないんだね?」

「やるわけないじゃないですかァッ!昨日かかってきたんですよッ!?」

「なんで僕にその時点でかけてくれなかったんだ。そしたら教えてやれたのに」

「寝る前だったので頭が回らなくてですね」

「まあまあ落ち着いてくれ、普通はそうだよ」

「どうしましょう......ええ......」

「僕ので良ければ貸すよ。女性でも着れそうなものがないか探してみよう。僕は《力》の関係でかかさないから」

「ほんとですかッ!?ありがとうございます、如月君!!」

「待っててくれ、なにか見繕ってくるよ」

さてどうしようかとわりと本気で悩みながら僕は桐箪笥の部屋に向かったのだった。

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