夕立が近づいている

天野記者から江戸川区で連続猟奇殺人事件が発生しているという情報提供があった。被害者は若い女性ばかりでいずれも体の一部が残されている。いずれも死体は見つかっていない。検死結果は、刃物によるものではない。無理やりもがれたようなあとがついており、無理やりひきちぎったのではないかとのこと。ぬめりとてかり、そして魚の腐敗臭がいつも現場に残されているという。

「今度は江戸川区か......」

如月が顎に手を当てる。

「江戸城からみて真東だな」

「こないだは南で、今は東?」

「水角たちの動向を考えるならやっぱりあれか?江戸川大橋」

「如月、どこが狙われてると思う?」

「そうだな......この前話した結界の中核にある寺院とはまた別にいわれがある場所がある。五色不動というんだが......」

五色不動は、五行思想の五色の色にまつわる名称や伝説を持つ不動尊を指し示す総称だ。東京の五色不動は特に有名で、目黒不動、目白不動、目赤不動、目青不動、目黄不動の5種6個所の不動尊の総称。五眼不動、あるいは単に五不動とも呼ばれる。

江戸五色不動とも呼ばれており、江戸幕府3代将軍・徳川家光が大僧正・天海の建言により江戸府内から5箇所の不動尊を選び、天下太平を祈願したことに由来する。

なお五色不動は基本的に天台宗や真言宗の系統の寺院にあり、密教という点で共通しているが、不動明王に限らず明王は元来密教の仏像である。

現在、東京で「五色不動」を称するお寺は以下6ヵ所だ。

目黒不動 (めぐろふどう) 瀧泉寺 (りゅうせんじ)

目白不動 (めじろふどう) 今乗院 (こんじょういん)

目赤不動 (めあかふどう) 南谷寺 (なんこくじ)

目青不動 (めあおふどう) 教学院 (きょうがくいん)

目黄不動 (めきふどう) 最勝寺 (さいしょうじ)

目黄不動 (めきふどう) 永久寺 (えいきゅうじ)

「たしかに江戸川区にあるな」

「ここには僕がいってみることにするよ。緋勇君たちは下水道地図から近くの河川を回って見て欲しい」

緋勇たちはうなずいた。

「ちょうどいい、夏休みだからな」

緋勇の言葉に蓬莱寺と醍醐は気まずそうに目を逸らした。実はそろいもそろって張り出された補習名簿に名前があがっていたのである。不真面目な生徒の代表格である蓬莱寺はほぼ毎日。醍醐は蓬莱寺ほどでは無いのだが、レスリング部の部室で自主練という名前のサボりをよく行うためある種自業自得だった。

「君たち......」

如月は呆れ顔である。

「学校に行きすらしてないお前がいうなっての」

如月は笑ったまま言葉を返さなかった。

「なら、緋勇君たちは基本は午後から動くことになるんだな」

「ああ、そうなるな」

「わかった。予定を開けておくから、用があったら電話か、店にくるかしてくれ」

それが夏休み前最後のミーティングだった。

「で、朝からうちに一人で来た愛さんはずっと探しているものがあると」

「そうなんですよ、如月君」

「君はいつもなにかを探しているね」

「必要にせまられて、です。《鬼道衆》の危険度が私の想定のはるか上だったので、私も覚悟を決めたんです」

「残念ながら、君の欲しい古美術品がは見たことがないな。一応、ツテを頼ってみるが、あまり期待しないでくれ」

「そうですか......」

私の夏休みは、ある儀式に必要な秘薬、魔法の石の笛の準備に費やされることだろう。《鬼道衆》があそこまでクトゥルフ勢力に染め上げられているとは思わなかったのだ。私も本腰を入れなくてはならない。緋勇たちが目の前でなすすべなく無力化されるのを見ているしかないのはもう嫌だ。水岐を倒さなければ前衛のみんなが全滅するかもしれない恐怖と戦いながら《力》をつかってわかったのだ。戦力はあるにこしたことはないと。

「差し支えなければ、なんに使うのか教えてもらえないか?」

「《アマツミカボシ》の信仰する神の使いを呼びたいんです。ミサちゃんが今こそ使う時だって終業式の日にくれたんですよ、この本を」

私が持っているのは、セラエノ断章というミスカトニック大学の教授・ラバン・シュリュズベリイ博士によって英語に翻訳された自筆の写本だ。

オリジナルはプレアデス星団の恒星セラエノ(ケラエノ)の第四惑星大図書館にあった破損した石板。石板には《外なる神》やその敵対者に関する秘密の知識が刻まれている。内容は、旧き印やクトゥグア召喚の術法、黄金の蜂蜜酒の製法が記載されている。

《ホイッスルに魔力を付与する》という呪文を使いたいのだが、問題は、この呪文を使うには、魔力を込める媒体として、銀と隕鉄の合金でできたホイッスル(呼び笛)が必要だという点だ。この合金製のホイッスルは簡単に用意できるものではない。基本的には不可能だから、古代の魔術師の愛用品などを見つける必要があるのだ。

魔力の込められていない、ただのホイッスルで召喚するとなると、成功率が高くならないので、いざという時にアテにできない。

一応抜け道として、《笛に魔力を付与する》呪文で代用する手がある。笛を必要とする呪文ならなんにでも流用でき、しかも、金属製の笛ならOK。ただし、儀式に必要な生け贄が多く必要なので、やはり自作するようなものではない。

「なるほど。たしかに成功しないと意味が無いな」

「ただ、アーティファクトにも程があるので、風魔ゆかりの笛があったら試してみる価値はありますね」

「ほう?」

「風魔は北極星を象徴する北辰妙見菩薩を信仰したことがあると聞いた事があります。もしかしたら......」

「そうなのか、風魔が......。忍びの端くれとして気になるところだな。他には何が必要なんだい?」

「蜂蜜酒ですね」

「蜂蜜酒?」

私は頷いた。

黄金の蜂蜜酒とは日本ではほとんど飲まれていないが、世界最古の酒で、ワインやビールが入ってくる前のヨーロッパではもっとも一般的な酒だった。その名前の通り、蜂蜜に水を加えることで自然に発酵し、醸造できる酒で、比較的作り方が簡単なため、穀物生産が発達する前からよく飲まれていた。そのため、古代の秘儀の象徴である。
 
海外では蜂蜜酒を不死の霊薬と見なし、神聖視していた。彼らは祭の時に、皆で蜂蜜酒を飲んで酔い、霊的な交流を行って共同体の絆を強めた。あるいは王は神聖な存在であったため、失脚した際には敬意を持って、王を蜂蜜酒で溺死させることが定められていた。死後向かう英雄の宮殿ヴァルハラには、蜂蜜の河が流れているとも言われる。

「まさか作るのか?」

「未成年で古物商やってる如月君が聞きます?」

「僕はいいんだ、表向きは祖父の手伝いにすぎないからね。でも君は違うだろう?」

「永遠の18歳なので法が適応されるのかは怪しくはありますが......」

「どのみちそこに記されている作り方はろくでもないものなんだろう?」

「いえ......蜂蜜酒自体は大したことありませんね。一般的な蜂蜜酒の作り方が書いてあります。口外できない成分が入っていますが」

「それは充分大したことあるというんだよ」

呆れたようにため息をついた。そして心配そうな顔をして私を見下ろす。

「しかし......あれだな。しばらく見ないうちに、また《氣》の性質が《アマツミカボシ》に近づいていると思ったら......。儀式を試行錯誤してるんだろう?」

「成功率を上げないと意味が無いですからね」

「《アマツミカボシ》の信仰する神の使いを呼ぶということは、また邪神に侵食されることになるんだろう?大丈夫なのか?」

「《アマツミカボシ》が子孫想いのご先祖さまじゃなかったらここまで捨て身な真似出来ないですよ」

「まあ、確かにそうかもしれないが......。君も気づいているだろう?君が《アマツミカボシ》の器として完成度を高めていくということは、美里さんの《菩薩眼》としての覚醒も早まるということだ。彼女はまだ《力》に迷いがみえる。外堀ばかり埋めるのは可哀想だ。君は美里さんたちを守りたいんだろうが......本末転倒にならないようにな」

「そうですね......フォローもしなくちゃいけないかな」

「ああ、悪いことはいわないから、そうしてくれ。その方が僕も安心出来るからね」

「午後からみんなで毎日江戸川区に行ってるんですけどね......」

「おや、そうなのかい?僕は毎回呼ばれている訳ではないのか」

「龍麻君がみんなのローテーション考えてるみたいですよ。被害者は女性ばかりだし、男女で固まるわけにはいかないからって」

「ああ、なるほど......それでか。さすがだな、緋勇君は」

「そうですね......今日から一週間ほどはおやすみなんですけど......」

「......?どうかしたのかい?まあ、たまには休まないといけないとはおもうが」

「龍麻君、奈良に帰るそうです。友達が亡くなったって」

「!」

「莎草君の《力》で昏睡状態に陥ってた女の子が、意識が戻らないまま亡くなったそうなんです。龍麻君にとっては《力》に目覚めるきっかけの事件だったし、その......初めて好きになった女の子だったらしくて......」

「初めて聞いたな......」

「私も新聞部の取材で聞いたきりでした。一度も話してくれないから、回復したとばかり......。今朝の電話でした。一週間後には必ず帰るって約束するから、如月くんにもよろしく伝えてくれって」

「そうか......それで君は......」

「はい。龍麻君の伝言、つたえにきたのもあるんです」

「そういうことなら、僕も調査を頑張らないといけないな」

「お手伝いしますよ、如月君」

「ああ、ありがとう。よし、今日からしばらくは店を休むことにしようか」

私は閉店準備の手伝いをしたのち、真夏の東京に繰り出すことになったのである。

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