憑依學園剣風帖41

今日も今日とて如月骨董店を尋ねると珍しくすこぶる機嫌が悪い如月がいた。

「おはようございます、如月君」

「ああ、おはよう」

大きく息を吐いている。これは、どういう嘆息だろう。当惑。苛立ち。それとも、なにか言葉を探すための時間稼ぎだろうか。如月がここまで不機嫌な顔を見るのは本当に久しぶりだ。

3年前以来である。いつもは音信不通で考古学者の父親が高校の入学式に保護者席でちゃっかり参加していたことがわかった日と同じくらい不機嫌だ。今まさに如月の心の中は暴風が吹き荒れているのだ。

「なにか厄介事でもありましたか?私になにか力になれることは?」

如月はいつもなら気を遣わせてすまないと笑って謝ってくれるのだが、私とは10年来の付き合いゆえの気兼ねのなさに甘えたい気分らしい。取り繕う様子もなく、焦立ち熱したように低い早口で呟いた。

「いや、大丈夫だ。もう終わったことだから。───────やはり関西弁は嫌いだ」

如月はそう吐き捨てた。その一言でなぜ不機嫌なのか事情を把握した私はうなずくのだ。

「今の時間帯になっても不機嫌なのは寝不足のせいですね。お疲れ様です」

「ああ......その通りだよ。ありがとう。久しぶりに本家と遅くまでやり合ったせいで眠れなかったんだ」

「なにか問題でも?」

「いや......用があったのは僕の方だからね。分家だなんだと蔑むわりに、柳生の事件には関わりたくないの一点張りだったよ。徳川家の隠密という誇りを忘れて一族の存続と権力争いにしか興味がない老害共め」

如月は今身体中に不快な熱がこもっていて、苛々の虫が多発的にうずいてならないようだ。起き上がって喚き散らしたい衝動や背中を走る神経の束を逆撫でされたような苛立ちを抑えこんでいる。

私は心配になった。

実は如月家は如月翡翠の家以外は一族総出で江戸から東京に移り変わる動乱の時代に京都に引き上げているのだ。ゆえに本家は京都にある。徳川家の隠密だった時代を捨て、京都に逃れた本家と東京に残り新政府と強いパイプを持ち影響力を残した分家、互いに譲れないものがあるために不仲を通り越して天敵のような状態なのだ。

如月の先祖は150年前の柳生との戦いに兄妹で参戦している。そのため、どちらが直系なのかはわからない。だが、本家からしたら、かつて優秀な公儀隠密だったが妹を守るため忍びの掟を破って抜け忍となった兄にしろ、兄を抜け忍にさせた妹にしろ、如月を名乗ること自体おこがましいという立場なのだ。今や徳川家の隠密として東京の霊的な守護を一手に担うのが抜け忍の一族なのだから皮肉にも程がある。

なのに如月がわざわざ本家に喧嘩になるのがわかっていて連絡を入れるなんてなにもない方がおかしいではないか。如月は私が全然納得してないのがわかったのか、困ったように肩を竦めた。

「心配するなというほうが無理ですよ、如月君。なにがあったんですか?如月君が本家に連絡をとるなんて......」

「だからいっただろ?あまり期待するなって」

「..................えっと、まさか......」

驚く私に如月は笑った。

「そのまさかさ」

「えええええッ!?き、如月君ッ、そんな、そこまでしてくれとは言ってないですよォッ!?わざわざそんな、ええ!」

「仕方ないだろう?他ならぬ君からの頼みなんだから。長年のコネをフル活用しても見つからないんだ。あまりにも見つからないから僕も意地になってね」

「えッ......えッ......えええ......そんな、絶対なんか言われるに決まってるじゃないですかァ…......」

「見つかったんだから問題ないよ」

「えっ」

「愛さんの予想通り風魔ゆかりの品だ。忍具に笛なんて聞いたことがないからな、きっとそうなんだろう。普通は指笛をするものだ。これで上手くいくといいんだが......」

そういって如月は私に桐の箱を出してきた。目を丸くしている私の目の前で何重にもつつまれた品を渡してくれた。

「ありがとうございますッ!」

「その反応をみるかぎり、ご要望には答えることが出来たようだね。よかった」

「すごい、すごいです、如月君ッ!ここまで魔力が籠ってて、なおかつ妙見菩薩の信仰が宿ってる笛見たことないです!」

「よかった。儀式の試行錯誤が続いたら君もそのうちタダじゃすまなくなるに決まってるからな。それなら成功率を上げないと意味が無い」

「ほんとに、ホントにありがとうございますッ!」

「本家に貸しが出来てしまったが、まあ必要経費だよ」

「本当にそこまで手を尽くしていただいてありがとうございますッ!どんなにお礼をいったらいいかッ!」

「そこまで喜んでもらえてよかったよ」

「おいくらですか?」

「そうだね、それなりの値段はつけさせてもらうよ」

「は、はい......」

電卓を弾く如月はゼロが増えて行くにつれて、わあ、という顔になる私に肩を震わせている。

「この一週間、僕の仕事に付き合わせてしまっているから......。あの時の事件でも君がいなかったら、ろくに攻撃が通らなかっただろうから......。さて、これでどうだろう?」

「よ、よかった......銀行に行かなくてもいいみたいです」

「それはよかった」

財布はすっからかんになったが、私は念願の笛をゲットしたのだった。

「ほんとはアルディバランが見える冬にやるべきなんですが、最近星空がおかしいので行けると思います」

「星の並びがどうとかいうあれか......人魚がいってたな」

「揃う前に人魚を倒さないといけませんね。やっとまともな成功率になると思います。よかった」

「そうだ、如月君。お礼になにかしたいので、思いついたら言ってくださいね」

「いや、いいよ」

「私が気にするんです」

「そうかい?わかった。なにか考えておくよ」

私はさっそく笛を身につけることにした。儀式は夜にならないと出来ないが、これからいつもの巡回である。

「まただな」

「またですね」

「どうだい?」

「脈も息も安定していますし、《氣》も正常ですから気を失っているだけですね」

「この鬼の面は......やはり《鬼道衆》の配下の忍びだな」

如月が無遠慮に転がした一人の身体を探り、装備やアイテムを回収していく。私も手伝う。緋勇とまた会ったら渡しておこう。

「どうします?」

「僕たちは行こう。いつものところに連絡しておくから」

「わかりました」

私は如月が携帯で電話し始めたので、近くの一人の《氣》を調べることにした。一体誰に倒されたのかわかればいいのだが。

緋勇の不在により如月と私は江戸川区の下水道地図を参考に、江戸川から最勝寺の目黄不動にいたるまでの道を重点的に巡回してもうすぐ1週間になる。明日から緋勇がこちらに戻ってくるとのことなので、報告することは山積みになりそうだ。ちなみに緋勇は桜井と美里の買い物に付き合う予定が入っているので、どうあがいても午後からである。

「......外傷は明らかに銃火器なのに気絶で済んでる。実弾が見つからない......。いつもの人ですね」

銃火器に《氣》をこめて打ち出すことが出来る《力》の持ち主により、《鬼道衆》の忍び達が裏路地など人目のつきにくいところで大量に転がっている現場を見るのは何回目だろうか。

雄牛の小さな目を射抜くが如き正確な、気弾による射撃だ。体内で凝縮させた《気》を込めて放ったのだろう。相手に反撃した様子がないから、抜き手を見せない程の早撃ちの名手のようだ。《氣》をコントロールすれば見定めた一点に全てを集中して放つ強烈な一撃を浴びせることもできるようで、壁に激突したのか伸びている者。《氣》は冷気とも相性がいいらしく、真夏だというのに凍傷がある者もいた。

ほとんど一撃で屠っているあたり、最近このあたりの誘拐事件や人体の一部が放棄されている事件を聞かないのは、《鬼道衆》の犯行を事前に食い止めている人間がいるということだ。

《力》に目覚めた正義感ある高校生がこういうことをするのは雨紋で前例がある。だから私たちははやくこの《力》の持ち主と合流して仲間になって欲しいと思っていた。《鬼道衆》は個人で挑むには凶悪すぎる。《鬼道》により《鬼》や邪神の奉仕種族に変えられてしまうと取り返しがつかないことになってしまうからだ。

今のところ、毎回事件があった痕跡しか辿れていない。夏休みのせいで制服を着ている人間の目撃情報がないからわからないのだ。せめて時間があまりたっていないなら《氣》の残滓から特定することができるのだが......。

「あら、あなた達はたしか、緋勇君の......」

「こんにちは、天野さん。槙乃です。お久しぶりですね。取材ですか?」

「ええ、そうなの。あなたたちがやったの?」

「いえ、私たちが来た時にはもうこの有様でした。《力》を使える誰かだとは思うんですが、それ以外なにもわからなくて。天野さんはなにかご存知ないですか?」

「ちょうどよかったわ。雨紋くんの時のように助けてくれた子がいたの。その情報を今から緋勇君たちに伝えようと思っていたから」

「ほんとですか?!」

「《鬼道衆》に襲われたんですか?怪我は?」

「ええ、私は大丈夫よ、ありがとう。その子が助けてくれたから」

天野記者は《力》の持ち主について、色々と教えてくれた。

名前は、アラン蔵人。私の見立てどおり《氣》をこめて弾丸としてうちだす《力》を持った、身長183センチに体重78キロの大柄な男子高校生。江戸川区の聖アナスタシア学園高校3年A組で、水泳部所属。女性が大好きでメキシコ人と日本人のハーフの陽気な少年である。日本史や日本文学に詳しいが、日本語の詳しい意味を判っていないことも多い。舞園さやかのファンでもある。

ナンパされたらしく、やけに詳しいプロフィールである。連絡先は下宿先のようだが、如月がかけてみても繋がらないようだ。

やはりアランだったか。そろそろだとは思っていたのだ。

アランは射撃の名手であり、風を操る『力』を持つ。宿星は「青龍」。そして8年前に故郷の村を発掘作業中に盲目のものという独立種族が復活して村を襲った。そのときに両親と兄弟と友人たちを失った過去を持つ。

実は先祖が150年前に妹の復讐の最中に海に落ち、日本行きの船に拾われて来日、柳生との戦いに参加した経緯がある。もしかしたら帝国時代もなんだかんだで来ているかもしれないので、約70年振りの来日である。

アランはさすがに遠すぎて来てくれるかどうかその時にならないとわからなかったから嬉しい。

「緋勇君達のことを教えてあげたから、明日の午後にでも真神に行くんじゃないかしら」

「なるほど、わかりました。教えて下さりありがとうございます」

私たちはその場で別れた。

「明日から緋勇君が帰ってくるんだったな。店にはいるから、なにかあったら声をかけてくれ。よろしく伝えてくれよ」

「了解です」

私たちは巡回を再開したのだった。


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