憑依學園剣風帖40 邪神街完

如月骨董店の入口は玄関も階段の手すりも各部屋のサッシも赤茶色に錆び付いている。細いヒビが毛細血管のように走る壁は汚水が染みこみ、淀んだ色に染まっていて新築当時の色彩が判別できないありさまだ。色んな古美術品が皆から忘れられた骨董品の壺のようにさも当然という顔をして坐っている。

うっかり手を伸ばそうものなら、古伊万里だ、有田焼だ、なんだと言われる。それだけで私は手を引っこめる。価値がわからない蓬莱寺あたりには1000万だなんだと具体的に相場を教えて暗に触るなといってくるのだ。

海千山千の骨董屋が特異なものを掘り出したい一心で時たま真赤な偽物に飛びつくことがあるが、如月には無縁の話だろう。

いつものように興味津々な緋勇たちが壊さないうちに如月は立ち上がる。

「君たちに話があるんだ。奥に入ってくれ」

騒がしい世俗の喧噪から離れた、 塵ひとつない茶室の清潔さは、それだけで私たちの心から現実を忘れさせてくれる。

何もない室内は、西洋の客間に飾られた絵画や骨董品のように人目をひくものはなく、「掛け物」の存在は、色彩の美しさより構図の優美さに心ひかれる。趣を極限まで洗練させることが目的であり、そのためにはいかなる虚飾も宗教的な崇敬をもって排除される。

なんとなくみんな正座だった。如月は茶菓子とお茶を出してから向かいに座る。

「今回の事件で《鬼道衆》の狙いがはっきりした。やつらは東京の結界を破壊しようとしている。魍魎を呼び込み、東京を壊滅させようとしているのだ。君たちのおかげだよ。水角を逃がした今、一刻もはやく捕まえなくてはならない。これで終わりではない。始まりのはずだ。ほかにも《門》は築かれているのかもしれない」

如月はそういって話を切り出した。

「東京の結界?」

緋勇の疑問に如月は頷き、如月家に代々伝わる古地図と今の地図を並べながら説明してくれた。

かつて徳川家康は、風水や鬼門を最大限に利用して、江戸城・皇居、そして江戸の街全体を風水や鬼門を緻密に計算して作らせた。それは天台宗の大僧正・天海の勧めだったと言われている。

天海僧正は、陰陽五行説にある「四神相応」の考えを元に江戸城を中心として四方結界を張り、北を守護する上野の寛永寺、鬼門(東北)を守護する神田明神、南を守護する増上寺、裏鬼門(西南)を守護する日枝神社を建築した。

「でも今回狙われたのは増上寺だったはずだよな、如月」

「ああ、緋勇君のいうとおりだ。それは増上寺は東京の守り神と言われおり、この増上寺から鬼門の北東に向けて直線上にはお寺や神社をずらりと並べ、不吉とされている鬼門の方角を寺や神社で封じ清めたからだ。北の結界を司るのは寛永寺だけではないんだよ」

如月はいう。江戸の三大祭といえば、湯島の神田神社の神田祭と浅草寺の三社祭と日枝神社の山王祭だ。これらの祭は江戸城の鬼門と裏鬼門を祀り浄める意味合いが秘められていた。

徳川家康は、江戸の霊的な守護のために徹底的に鬼門と裏鬼門を抑えていた。江戸城の鬼門と裏鬼門に寺社を置いて災いから守り邪気が入るとされる鬼門・北東の方角には寛永寺(上野)を置き、自ら住職を務めた。

東京都台東区にある寛永寺・根本中堂
寛永寺は東の比叡山を意味する「東叡山」という山号を持っており、平安京の鬼門を守った比叡山の延暦寺に倣っている。

さらに隣には上野東照宮を建立、そして浅草寺でも家康を東照大権現として祀るなど、鬼門鎮護を厚くした。また、邪気の通り道とされる反対側の南西、裏鬼門には増上寺を置いていた。増上寺には2代将軍・秀忠を葬っており、どちらの寺も徳川家の菩提寺とした。

さらに天海は、鬼門鎮護を厚くするために神田神社(神田明神)と日枝神社の位置を移した。神田神社はもともと現在でいう東京都の大手町付近にあったのを湯島に、日吉大社から分祀した日枝神社を永田町に移している。これら寛永寺・神田神社と増上寺を結ぶ直線と、浅草寺と日枝神社を結ぶ直線とが交差する地点に江戸城が位置していることから、天海による鬼門・裏鬼門封じの徹底ぶりがうかがえる。

「ほんとだ〜、ちょうど真ん中だねッ!」

「なるほど......」

最後の抑えは江戸の外。現在の栃木県にある日光東照宮と、同じく静岡県にある久能山東照宮。どちらも祭神は東照大権現。神霊となった徳川家康だ。家康は死後はじめに久能山に埋葬され、後に日光の東照宮へ改葬された。自らが最前線となって江戸を守ろうという現れだったのろう。

ちなみに久能山東照宮は相殿に織田信長と豊臣秀吉も祀られている。家康による江戸守護への情熱が感じられるようだ。

「それだけじゃない。さらに天海は、鬼門・裏鬼門封じと地相といった陰陽道の力だけでなく、平将門公の地鎮信仰も利用しているんだ」

大手町の首塚で有名な平将門公。この地の近隣には神田神社があり、将門公の胴体を祀っていた。神田とは「からだ」に由来するとも言われている。天海は首塚はそのまま残した上で神田神社を湯島の地に移した。

実は、将門公の身体の一部や身につけていたものを祀った神社や塚は江戸の各所に存在し、それらは全て主要街道と「の」の字型の堀の交点に鎮座していると言われている。

首塚は奥州道へと繋がる大手門、胴を祀る神田神社は上州道の神田橋門、手を祀る鳥越神社は奥州道の浅草橋門、足を祀る津久土八幡神社は中山道の牛込門、鎧を祀る鐙神社は甲州道の四谷門、兜を祀る兜神社は東海道の虎ノ門
という配置だ。

これら主要街道と堀の交点には橋が架けられ、城門と見張所が設置されて「見附」という要所にした。天海はその出入口に将門公の地霊を祀ることによって、江戸の町に街道から悪霊が入り込むのを防止する狙いがあった。

天海は、民衆が奉じる地鎮の信仰と機能的な町づくりを上手く融合させた上で、江戸の町を守護する仕組みを見事にデザインしていた訳だ。
 
このように、江戸の町は街道や掘割といった機能面での仕組みに加え、天海の徹底した鬼門・裏鬼門封じと地相、地鎮信仰を使って構築されたもの。
一度は焼け野原になりながらも現在の東京の発展の理由のひとつは、天海が敷いた完璧な都市デザインがベースにあったからだ。

「ほんとかよ?」

「信じるのも信じないのも君次第だが、結界を破壊しようとしているのは君も見たはずだよ、京一君」

「まッ、俺は《鬼道衆》をぶちのめればそれでいいけどなッ!」

「うふふ、京一くんたら」

「お前は少しは話を聞け、せっかく如月が話してくれたんだぞ」

「いいじゃねェか、ようするに仲間になりたいっていってんだろ?まどろっこしいんだよ。なぁ、龍麻」

「まァな。でも、最初に首をつっこんだのは俺たちの方なんだ、お願いするのが筋だろ?というわけでだ。如月、あんたの隠密としての《力》と知識は俺たちの助けになると思う。力を貸してくれ」

「ああ、もちろん。君たちのやっていることはずっと見てきたし、こうして共闘させてもらった。僕の方から助力を請わなくてはならないのに、急かしてしまったみたいですまないね。これからよろしく頼むよ、緋勇君。そして、君たちも」

「ってことは、ここの品揃えも少しは安くなったりするの?」

「残念ながら君たちが持ち込む品物はいわく付きなものばかりだからね。維持管理経費に加えて無害にする術もかけなくてはならないからな、トントンなんだ。これ以上だと商売上がったりだから勘弁してくれないか」

「え〜ッ!!」

「そのかわり、いつでも《力》になるし、必要とあらば何時でも店をあけてあげるよ」

「あんまり変わらないような......」

「それは言わない約束だ、緋勇君」


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