憑依學園剣風帖2

1980年12月22日。それは時諏佐槙絵(ときすさまきえ)にとって一生忘れることが出来ない日となった。

時諏佐家は代々倒さなければならない不倶戴天の敵がいた。その男の名は柳生宗崇(やぎゅう むねたか)。不死身の肉体を持つ紅蓮の髪をもち、恐るべき剣の腕と鬼道の力を持つ男だ。

一族に伝わる話によれば、江戸時代末期に柳生家の四男として生まれたが、父の死後の政争で暗殺されかけ、崑崙に救われて不死身の力を得た。龍脈の力で神になることを目論んで数々の陰謀を巡らし、自らの肉体に最強の《力》をもたらすとされた《黄龍》を降ろそうとするも失敗。邪龍と変生した末に、《黄龍の器》の始祖となった緋勇龍斗に討たれた。

しかし、不死の力をえていたために龍脈が活性化するたびに復活し、今なおこの世に混沌をもたらさんと画策しているのだ。柳生の目的はただひとつ、その身に《黄龍》を降ろして正真正銘の神となることだった。

現代においても龍斗の子孫たる弦麻を初めとした子孫たちと死闘を繰り広げている最中に事件は起こった。教師をしていた槙絵は、《如来眼》という《氣》を見ることが出来る《力》と時諏佐家のネットワークを駆使して仲間あつめに尽力したほか、後方支援の中核にいた。

槙絵には18になる娘がいたが、《如来眼》の《力》は隔世遺伝のため娘は事件について直接関わることはなかったが、学業に支障を来さない程度の手伝いをしてくれていた。最終決戦に向け、龍脈の活性化する場所が中国だと判明したため、槙絵たちは弦麻たちの旅路の準備にあけくれていた。

そんな矢先、身篭っていた弦麻の妻である迦代(かよ)と病院の付き添いをしていた娘が誘拐されたと連絡がはいったのだ。柳生の支配する組織の手のものだった。ただちに現場に急行した槙絵たちをまっていたのは、自分を庇って捕まったと半狂乱で保護された迦代だった。

研究所に突入した槙絵は娘が邪神を降ろす実験体にされ、命をおとしたことを知った。実はそれすら《力》の活性化をうながし、龍脈から自らの強化をはかる柳生の目論見だったとしるのは最終決戦のときである。

その研究所はすでに壊滅状態だった。大火につつまれていた。邪神降臨の儀式は失敗したのだ。そこにいたのは、亡骸となった娘を届けてくれた正体不明の女性だけだった。初めこそその歪すぎる《氣》に実験体の生き残りが保護されたのかと思ったが、彼女はその邪神だといいはった。

「ふたつだけ、聞いてもいいですか」

天野愛だと名乗った彼女はいったのだ。

「この子はあなたの娘さんですか、時諏佐槙絵さん」

「どうして私の名前を?」

「《如来眼》の一族かどうか、教えてください」

「ええ、そうよ。たしかにこの子は、私の......」

「この研究所は《如来眼》と《菩薩眼》の《力》の持ち主の《遺伝子》を《アマツミカボシ》の器に入れて霊体を降臨させる儀式をしていたんです」

「《アマツミカボシ》......!?」

その言葉に反応したのは現在に生きる陰陽師を束ねる、若き東の棟梁だった。青ざめていた。

「おそらく、この研究所には日本中の《アマツミカボシ》に関する史跡があつめられているはずです。そして《荒御魂》が封じられている《宿魂石》を核にして器がつくられました。それがこの身体。調べてもらってかまいませんよ」

天野の申し出に槙絵はきくのだ。

「つまり、あなたがその《アマツミカボシ》だというの......?」

「ただしくは《アマツミカボシ》の転生体です。私は《アマツミカボシ》ではない」

仲間うちにも死の女神の生まれ変わりである女性がいたため、槙絵たちに驚きはなかった。

「どうして、ふたりの《遺伝子》を使う必要があったの?」

「それは......」

天野は言葉を濁した。そして御門家の当主をみる。宮内庁が深くかかわっているのだと悟った槙絵はそれ以上の言及をやめた。最終決戦が近い今、対立の火種となる禍根は残すべきではないと思ったのだ。

天野は話し始めた。

「私はこんなふうに利用されるのを恐れてずっと逃げていました。こういう形で《アマツミカボシ》として《魂》を引きずり出されたとき、《アマツミカボシ》が激昴したんだと思います。《アマツミカボシ》は子孫の危機を誰よりも案じていたから。それにこの研究所が壊滅したのは、《アマツミカボシ》はある邪神に傾倒した狂信者だったのが原因です。《アマツミカボシ》の信仰する邪神とは違う教団がこの儀式を担っていた。《アマツミカボシ》を降臨させて傀儡にしようとした。《アマツミカボシ》は激昴して邪神を呼び、私が目覚めた時には全滅させた邪神が満足して帰ったあとでした」

「あなたは......これからどうするの?」

「私はこの世界に望まれて呼ばれた訳では無いですから、帰ろうと思います。2度目がないことを祈っています」

天野は研究所跡地に残されていた《門》を起動して、あるべき世界へと帰っていった。槙絵たちは天野の願いを叶えるために儀式に必要な資料を全て焼き捨てた。天野が憑依していた《アマツミカボシの器》は御門家が処遇を決めるということで事件は収束したのだ。

そして最終決戦にて弦麻が柳生と相打ちになり封印したことで全ては終わったかにみえた。

最終決戦の地となった龍脈を守護していた劉一族が何者かに襲撃されて子供4人以外全滅するという悲劇が起きるまでは。

柳生との戦いが次世代に引き継がせてしまったのだと生き残りたちは知ることとなったのである。そして。

「───────時諏佐槙絵さん、どうして......?どうして、娘さんを奪った儀式をまたやろうとしたんですか!正気ですか!?なんで誰も止めようとしなかったの!?あんたたち、なに考えてるのよ!!!」

儀式を行う寸前に降りてきてくれた天野はそういって叱り飛ばした。

「2度目を起こしてしまって、ごめんなさい」

愕然としている天野を前に槙絵は心の底から謝った。

「時諏佐家の女はもはや当主である私だけなの。《如来眼》の《力》を継承してくれそうな子がいない。だからどうか、力を貸してくれないかしら。私はもう《如来眼》の加護から離れてしまったから......」

《力》を継承しそうな者たちを育成する時間があまりにも足りなかった。そんな中、《如来眼》の《力》は老いた槙絵から失われてしまった。完全に詰む寸前なのだと聞かされた天野は目を丸くするのだ。

「それ、本当ですか」

天野は《如来眼》の役割についてよくわかっているようで、顔色をかえた。そして槙絵の手をとったのだ。

「───────わかりました。もとはといえば、娘さんを救えなかった私にも責任はあります。最後までお付き合いしますよ」

そういって笑ったのだ。その姿にかつての娘を重ねてしまい、槙絵は天野に抱きついて泣き出したのだった。

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