憑依學園剣風帖34
初夏の日差しが眩しい土曜日の昼下がり。芝公園の外れには東京プリンスホテルがあり、コーヒーショップは散策途中の立ち寄りに最適だ。ここは真神学園の生徒もよく訪れるそうだが、ナイスバディな女性に見とれている京一以外龍麻は見つけることができなかった。
「あッ、ごめんね、ふたりとも。もうこんな時間だわ」
「え〜、もう帰っちゃうのかよッ」
「ごめんね、蓬莱寺君、緋勇君。あたし、これからバイトがあるの。ここは奢ってあげるから、ついでになんか頼んじゃって」
「いいって、いいって、そんなのッ!どこのバイトだよ〜、近く?なら売り上げに貢献してやろうか?」
「ほんとに?ありがとう。あたし、芝プール前でアイス売ってるの。今度、お友達と来てくれたらサービスしちゃうわ」
「あああ〜......ばいばい......」
「また今度いくよ、ありがとう。楽しかった」
「あたしもカッコイイ2人とお茶できて楽しかったわ。またね」
「いっちまった〜......女子大のミカちゃ〜ん......」
ナイスバディで露出度高めのお姉さんがニコッと笑ってからいってしまった。京一はしょんぼりしながらテーブルにはりついて交換したばかりの電話番号を眺めている。
「楽しかったな〜、またねだって。でも次はないな、手馴れてる」
「ううう〜やっぱり龍麻もそう思うか〜?あしらい方にソツがない......ありゃ彼氏が出来たらバイバイされるパターンだぜ......」
「たぶんその番号もあやしいもんだよな」
「だよなあ〜......俺もそんな気がしてたんだよッ!ぜってー元彼の番号だ。でも俺はミカちゃんを諦めきれない。ダメ元で電話してみる」
「頑張れ、京一。骨は拾ってやるよ」
龍麻は笑う。芝公園は都心とは思えないほどの静けさで、のんびり散策すると1時間近くかかったが、女子大生とたっぷりお話出来てよかった。なんだかんだで京一に若くて綺麗なおネエちゃんと知り合えそうなスポットに行こうと提案されるたびに、邪魔が入っていた。次に期待してる、と龍麻が先延ばしになった予定の度に京一を励ましていたら、今回は念には念を入れて上手いこと誘ってくれたのだ。横槍が入ってみんなでいく羽目になっていたから、朝から京一はご機嫌である。
「さァてッ、そろそろ暑くなってきたし、俺たちもいくか」
「また声掛けに?」
「俺さあ、いーとこ知ってんだよ。いーからちょっと耳かせ」
「なになに?」
「港区の芝プールッてとこなんだけどよ、近くの短大のおねぇ様方が穴場にしてるんだとよ」
「まさか、だから水着もってこいっていったのか?」
「なァに、このまま帰るのはなんだしって子を捕まえられりゃ、天国間違いなしッ。ナンパしほーだいッ!へへへッ......今年の夏は暑くなりそうだぜ。なッ、龍麻」
ばしばし京一が肩を叩く。
「随分と用意周到だと思ったら......お主も悪よのぉ、京一屋」
「いっひっひ、お代官様こそ」
「そりゃ美里たち連れてこれないわな」
「ったりめーだッ!」
2人が悪い顔をして笑いあった。しばらく雑談にふけってからコーヒーショップを出ようとしたその時だ。
「げッ、さっきまで天気よかったのに」
梅雨期の、雨の晴れ間特有の、あぶらっこい陽射しがさえぎられ、みずみずしい花の色がそのまま黒土にしたたるように、紫陽花の花に雨が降りしきる。梅雨どき特有の風を伴わないまっすぐな雨だ。花が雨に洗われて色を増している。それは次第に蒸し暑さが一挙に霧散するような豪快な雨にかわっていき、すべての表面も根も腐らせてしまうほど陰湿なものとなっていった。そのまま惰性のように降り続ける。
梅雨に入って雨ばかり降っている。朝も夜もなく空は灰色に暗く沈んで、一日中部屋の明かりを消すことができない。雨の音は耳鳴りのように絶え間なく、頭の奥で響いている。本当に夏が近付いているのだろうかと、不安になるくらい冷たい雨だ。
京一はわかりやすいくらいテンションが下がる。
「どこの雨男が歩いてんだッ、俺たちの素敵な昼下がりを邪魔しやがってッ!」
叫ぶ京一が天に目掛けて木刀を振りかざす。
「ん......?」
「おッ、見つけたか、龍麻ッ。らしくねーことしてお天道様の機嫌損ねやがったやろーがッ!」
「太陽が機嫌悪いのは、雨男のせいじゃないかもしれないぞ、京一」
「なんだ、なんだ?そっちのが面白そうじゃねェかッ!どこだよ?」
「あそこ」
龍麻が指さす先には如月と槙乃がいた。
「デートって訳じゃなさそうだなッ」
「槙乃が木刀持ってる時点で絶対ちがう」
「たしかに!しかも槙乃の《氣》が《アマツミカボシ》に変異しやがったぞ。なんかあるな、予定変更ッ!いくか!」
「ああ。槙乃が首突っ込んでる時点で《鬼道衆》関連だろうし、如月は幼なじみな時点でただものじゃないだろうしな」
京一たちは雨に濡れるのも構わず走り出したのである。
「なんだこの匂い」
「雨降ってなきゃ地獄だぜッ」
ちょっと生臭い鰹節のようなにおいのざらついた冷気がすべり落ちてくる。
気のせいかと思っていたら、近づくにつれてむれ立つ生臭い魚の香りは広がり続けた。荒い大海を生々しく連想させ、不愉快な感じを伴っていく。何かが腐るときの匂いに似ていた。それも魚とか肉とかが腐るときのような猥雑な匂いだった。
《玄天上帝方陣》
2人の声がした。《氣》が爆発したかと思うと、あたり一帯に激しい雨が降り始めたではないか。
「うっわ、天気が急変したのあいつらのせいかよッ」
「どうやらそのおかげで助かった人たちがいるみたいだ」
「へ?」
龍麻たちの目の前で半魚人たちがみるみるうちに人間になっていくではないか。あんぐり口をあけている京一と龍麻の前で2人は武器を持ったままマンホールの中をのぞきこんでいる。下水道が下に広がっているようだ。どうやら魚のような生臭い匂いはここからたちこめているようである。
「よかった......間に合ってよかったです。今回は助けられましたが、《鬼道》をかけられてから時間が経ちすぎていたら、間に合わないところでした」
「今回の事件はまだ始まって日が浅いからか......。初動の段階で君に応援を頼んでよかったよ。僕だけだったら間に合わないところだった」
「ほんとにそうですね。ただ、なにが目的なんでしょうか......地下に一体なにが......?」
「わからないな......ここまで広域になると古地図でも東京都に見せてもらわなければならないかもしれない。うちの蔵に古文書があればいいんだが」
話し合っている話題がなかなかに物騒である。京一と龍麻は顔を見合わせて、ニヤリと笑った。
「......君たちは一体何を言っているんだ?」
見られてしまっては仕方ないと思ったのか、思いのほかあっさりと如月は自分の身分を明かした。槙乃の正体がバレているのだから幼馴染である自分も龍麻たちに勘ぐられている自覚はあったようだ。
「さっきの話を聞いていたか?行方不明になった女性はみな、錯乱状態になるような目にあわされるんだぞ?君たちが勝手に行動する分にはどうこう言わないが、仲間である女性にまで要請するのはどうかと思うが」
「おいおいおい、槙乃を巻き込んでるおめェがいえることかよ、如月」
「む......」
「みんな、仲間はずれはナシだって追いかけてくるような子達ばかりなんだ。下手に黙ってると勝手に動いて行方不明になりかねない」
「......」
「特にアン子とかな」
「......愛さん」
「潔く諦めてください。まったくもってその通りなんですよ、如月君。特にアン子ちゃんは」
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