憑依學園剣風帖35

私から連絡をうけた遠野は、土曜日の昼間だというのに芝公園に最短時間で飛んできた。予定があったらしいのに全部ほおり投げてきたらしい。さすがである。

「やっぱり持つべきものは親友よね〜ッ!こんなに資料ありがとうッ!もうほんと槙乃は最高だわ〜ッ!これで次の真神新聞の特集は決まったようなもんよ、これッ!」

ぎゅうぎゅうに抱きつかれた。さすがは私の正体がわかっても態度がなにひとつ変わらない安定の遠野である。

「つまり、増上寺の結界を壊すような何かが地下にあるわけね?古地図って、図書館、郷土資料館、研究機関が所蔵していることも多くてデジタル画像がインターネット公開されていたり、複製図が自治体史に収録されていたりすることがあるみたいなんだけど、ネカフェ行くより図書館の方が早いわ。港区が公開されてるかなんてわからないしね」

「そうですね、都庁は今日おやすみですから」

「うんうん。じゃあれっつごー!」

私たちが向かったのは、港区立郷土歴史館。自然・歴史・文化をとおして港区を知り、探求し、交流する拠点となる施設だ。建物は、昭和13(1938)年に竣工した旧公衆衛生院の姿を保存しながら、耐震補強やバリアフリー化等の改修工事を行い、安心して利用いただけるように再整備してある。

常設展示の東京湾と深くかかわり続けている港区の歴史を、環境、貝塚、内湾漁業の3つのテーマをとおして紹介している区画をざっと見て回る。そして真神新聞部の人間であることを明かし、職員に古地図を見せてくれとお願いしたら快諾された。遠野がお礼にこの資料館ネタにした号もつくらなくちゃねと笑った。

そしてわかったことがある。

青山霊園は以前から東京都が未払いなのを理由に一部区画を無縁仏に改装したりしてトラブルになっている。また公園化を目指して桜並木を伐採するのはいいのだが、それを建前に随分前から不自然な再開発をしているという。しかも古地図によればかつてその場所は陸軍が使用した敷地だった。なにをしようとしているんだろうか。

はいこれ、とA4用紙を渡される。遠野がネットで下水道管の埋設状況がわかる下水道台帳をコピーしてくれていたようだ。

「気になってたんだけど、この会社ずっと下水道工事を担当してるみたいなのよね。癒着してない?」

遠野が入札結果をみせてくれる。並ぶワダツミ興産という会社名に私は思わず閉口した。

「アン子ちゃん、今回の事件が解決したらやりましょうか」

「いいわね、いいわねッ、面白くなってきたわよッ!もえてきた〜!さあて、あたし達も芝公園にいきましょうか。龍麻君たちに早くしらせなきゃ」

私たちが芝公園から増上寺に向かおうとしたさきで、私は青年とであった。

「フフフ......この世界は放蕩と死に溢れている。だが、それも美しき婦人たちの前では無に等しい」

「......?なんか、ぶつぶつ言ってるわよ、槙乃。やばくない?」

「君───────、今、僕になにかいったかい?」

「えッ、あ、あたし?いや、その、あたしは別になにも......」

「フッ......君は美しい顔をしているね......。まるで髑髏の上に腰掛けた乙女なようだ」

「......?」

「だが美しいものほど残酷で罪深きものはない。なんという惨劇。時こそが人の命をかじる。姿見せぬこの敵は、人の命を蝕んで、我らが喪う血をすすり、いと得意げに肥え太るのだ」

「なにかの詩......?」

「フフッ」

「ボードレールの詩ですね」

「そうなの?」

「そうさ、そうだとも。よく知ってるね」

私は説明する。19世紀のパリ生まれの象徴派の詩人だ。《悪の華》《人工楽園》など、破滅的、退廃的作風です広く知られる。象徴主義の先駆者で、ユーゴーには《新しい戦慄の創造主》と絶賛され、ランボーからは《詩人たちの王》とひょうされた。近代詩の父ともいわれている。

若き詩人、水岐涼が彼を信奉し、第2のボードレールて呼ばれるのも納得である。

「そう、まさにその通りさ。君なら僕を知っているんじゃないかな?詩人という高貴なる僕を」

「水岐涼君ですよね、はじめまして」

「ああ、なんたることだ!そうだとも、僕の心は今まさに歓喜に湧いている!それはキリスト受胎の告知に鳴らされた鐘のごとく!」

「ま、槙乃、相手にしない方が......」

「おォ....君は暗澹たる海原にて船を導く北極星......僕がまさしくその水岐涼だよ......」

遠野に動揺が走る。はたから見たらただの厨二病患者だから仕方ない。

「フフフ......僕の高貴な世界を理解出来る人間は少ない......。ところで───────君は海がすきかい?」

「海?好きですよ」

「海が好きな人間は、僕の詩を理解出来る人間だ。君のような人にあえて嬉しいよ。海は偉大なんだ。全てを生み出し、全てを無に返す万物の根源。大いなる時の輪廻の果てに、すべての生命は海に帰するのさ。海はすべてを飲み込む。穢れた人間も腐敗しきった世界も───────。今の世界は、一度海へと還るべきなんだよ。罪深き邪教を信じた報いをこの世界は受けなければならない。かつて、紅の花に埋もれた美しい世界を壊した報いをね。もうすぐこの世界は全て海の底へ沈むんだ。誰も逃れることは叶わない。この世界はもうすぐ海の眷属によって支配されるんだ。だからね」

水岐は私の手を掴んだ。

「どうかこれ以上手を出さないでくれないだろうか。これは僕達が成し得るべき手段であり、いつか達成されるべき目標だった。いつかのように横から口を出されると困るんだよ」

「えっ、あの、みず」

「ちょっと!水木だかなんだか知らないけど、さすがにいきなり女の子の手を掴むのはナシなんじゃない?」

「君は黙っていてくれないかい?僕は彼女に大切な話をしているのだから」

「!?」

「かつてこの世界はバラに溢れ、香気に満ちた風ふく場所だった。おォ、それが今じゃ草木はかれ、灰褐色の墓標に包まれた処刑場所のごとき惨状。人間はなんて罪深き存在なんだろう。フフフ......僕がここにいるのは、シテールに住まう咎人に贖罪をあたえるためさ。そして我が神にその哀れなる魂を捧げるのさ。君が邪悪なる神の信託により邪魔だてするのはわかっているよ、時諏佐槙乃さん」

私は体を強ばらせた。

「この地下に何が眠っているか知っているかい?ふふふ、異界への入口だよ。深く暗い海の底へ続く......ね。そこには偉大なる僕達の神が眠っている。僕はその神を召喚するために神の啓示をうけた。人間を本来あるべき姿にかえる《力》を手にいれたのさ。君もみただろう?あれは人間がその咎ゆえに与えられた真の姿だよ。人間は自らの欲望のためにこの世界を破壊してきた。獣を殺し、草花を枯らし、世界を黒き闇に閉ざしてしまった。破廉恥なる地獄のチョウジの如く我が物顔で。さもこの世界で生きているのが自分たちだけかのように。人間は滅びるべきなのさ。その贖い難き行いのためにね」

「私たちが邪魔するのがわかっててくちにするなんて随分と余裕ですね」

「ま、槙乃?」

「ふふふ、すまないね......つい。これは女神からの信託なのさ。君たちとはまた会える気がしているよ。君たちはどうやら芝公園にいくようだね。楽しんでくるといいよ」

そういって狂気じみた瞳のまま若き詩人はわらって見送ってくれた。どうみても深きものの狂信者です、本当にありがとうございました。


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