憑依學園剣風帖33

比良坂英司の事件に関してマスコミの過熱報道が下火になり始めたのは、《鬼道衆》が本格的に動き始めて奇妙な事件が東京各地で起こり始めたからである。矢継ぎ早にセンセーショナルな事件が起きすぎて、迷宮入り一直線で続報がまったく望めない事件など世間はすぐに飽きてしまうのだ。おかげで私と比良坂はようやく普通の学校生が送れるようになったのだった。

そんなある日の土曜日のことだ。如月から朝早くに呼び出された私は如月骨董店にいた。

「朝早くに呼び出してしまってすまないね。実は愛さんに頼みたいことがあるんだが」

「電話でも教えてくれないなんて珍しいですね、如月君。蔵の整理という訳ではなさそうですけど」

「はは、それは違うよ。古美術の日干し、陰干しも兼ねてるからね。今のような梅雨の時期は向かない。実は......」

如月は声を潜めて話しはじめた。如月の一族は江戸時代から続く隠密、つまり忍者の家系だ。代々芝公園敷地内にある増上寺に埋葬された将軍たちの眠りを密やかに守護している。

浄土宗増上寺は、上野にある寛永寺と共に《江戸の二大寺》として多くの人に愛されてきた寺でもある。室町時代に建立された寺であり、徳川家康が江戸に入府した年に檀家として信仰したのが始まりだという。1698年の江戸城拡張工事にともない、この場所に移されて、徳川家の菩提寺として徳川家康の尊重を受けた。敷地の多くは太平洋戦争後に売却され、今は本堂の左奥にひっそりと立っているぐらい。ほかの将軍も日光東照宮、谷中徳川墓地、上野の寛永寺に眠っている。

ここは江戸城のほぼ南にあり、飛翔と発展を守護する朱雀の地を押さえる形で寺がたち、徳川家康の守り本尊がある。江戸時代から今に至るまでつづく東京全体の結界の一角を担っており、ここの封印がとけるということは、東京に魍魎が跋扈することになる。

そのため、見回りも兼ねて芝公園、あるいは増上寺をよく訪れ、《無》の境地を極めるために修行をしているのだが、最近視線を感じるのだという。

「まさかファンにバレました?」

「ファンて、また君は......茶化さないでくれ。今は真面目な話をしているんだが。そんな素人の不躾な視線ではなかったよ」

「修行中の如月君に声をかけるとか敵と勘違いしてくれっていってるようなものですもんね」

「まったく......気のせいではないさ。潮の香りと生臭い匂い、不気味な《氣》がたちこめていたからね」

最近、増上寺周辺の結界が弱まっているという。気になって調べてみたところ、ふたつ事件が起こっていた。

ひとつめはプールの失踪事件。今週に入っててから港区内のプールで行方不明者が出始めた。必ず失踪してから数日後にふらふらとさまよっているのを発見され、失踪してからの記憶がなくなっている。あるいは発狂しており、精神病院送りになっていた。

ふたつめは青山霊園で化け物が目撃されている。ひとつめの事件の被害者が青山霊園周辺で発見されている。化け物の目撃情報と失踪者が出始めた頃が完全に一致する。

ふたつの事件は関係がある。

化け物は体型は体に近いが、魚とカエルを融合したような不気味な怪物だった。頭部は魚そのもの、大きく飛び出した眼球にくすんだ灰緑色の光る皮膚。長い手には水掻き。それが静まりかえった夜の墓地をぴょんぴょんはねている。

「奴らについて、なにか知らないか?何度か交戦したんだが、どうにも水術の効きが悪い。僕は海外の化け物には疎くてね」

「なるほど。それはおそらく、半魚人の一種ですね。特徴を考えると深きものという種族だと考えられます。彼らは海底の地下都市で生活していますから、如月君の飛水流とは相性が悪いのでしょう。《鬼道衆》があえてぶつけてきましたね」

「やはりそうか......嫌な予感はしていたんだ」

「彼らは知能も人間と同程度で、人間と交配もできます。混血した個体は、成長によって姿が変化し、最初は人間なんですがそのうち彼らと同じになると言われています」

「.....行方不明になるのは女性ばかりだ」

「なら、生殖のためか......」

「あるいは結界をやぶるために、なにかを呼ぼうとしているか......か。なにをよぼうとしていると思う?」

「そうですね......あまり考えたくはないんですが、彼らははるか遠くの星から飛来した海の神に奉仕する種族なんです。古代に存在した都市ルルイエに封印された神に奉仕するために活動するために海底で生活しています。あらゆる水棲動物の支配者を崇拝すると同時に彼に仕え、必要とあらば、どんな用向きにもすぐに応じるため」

「その神の名は?」

「古代メソポタミア、あるいは古代カナンの神、ダゴンですね。マリとテルカに神殿が発見されています」

クトゥルフ神話についてはなるべく触れないようにしながら、私は如月に説明する。

ダゴンという神自体は、旧約聖書の中ではイスラエル人と敵対したペリシテ人の崇拝した神として悪神扱いされている。キリスト教ではよくほかの宗教の多くの神が悪魔に落とされている。古い神が次第に悪魔や怪物と貶められる事は、神話の世界では常にあることであり、もともとダゴンは邪悪な神ではなかったはずだが、ユダヤ教で悪神とされ、ユダヤ教から発生したキリスト教でも同様の扱いを受けたことから悪神として定着した。

ダゴンと目される海底巨人は、手足に水かきをもち、突き出した目、分厚くたるんだ唇をもちながら、全体の輪郭はいまわしいほど人間に酷似している。また、浮き彫りや文字を石に彫り付けるなどの行動もとり、人間とかわらない知性をもっていることがほのめかされる。

不死である「深きものども」が数百万年の齢を経て強大に成長したものである。その巨体は銀の鱗におおわれながらも半透明であり、首のない頭には閉じることのない単眼が備わる。水を蹴って泳ぐときはその脚は巨大な魚の尾のように見え、しばしば人魚と同一視される。月の光のもとでのみ、銀色にかがやく姿を大気中にあわらす。

「なるほど......召喚されたらやばそうだな」

「海があるとはいえ、こんな街の真ん中でダゴンを召喚されたらどうなるか、わかったものではありませんね。水の中では人間は到底深きものには及びません」

「縁とは不思議なものだ、この街には異形の《氣》をもったもの達が集う」

「私みたいな?」

「愛さん、僕は......」

「ダゴンの勢力と《アマツミカボシ》が信仰する神は対立しているとはいえ、広義的にいえば同じですから。私が使う時に変異する《力》と似ているから聞いたんでしょう?《アマツミカボシ》は狂信者でしたからね、転生体たる私の《氣》は誤魔化せません」

「......そうだな......ふと、君が浮かんだんだ」

「あたってます」

「そうか、やはりそうなのか。しかし、君も本当に大変だな、ほとんど不可抗力じゃないか。君は《アマツミカボシ》と同じ信者ではないんだろう?」

「あはは、ほんとですよ。いい迷惑です」

「なのに、その《力》を使うために、誰よりも詳しくならなければならないのか......難儀だな」

「慣れましたけど、慣れません」

「慣れたら終わりというやつか、お疲れさま。おかげでよくわかったよ、ありがとう。さて、僕はこれから深きものが増上寺周辺でなにをしようとしているのか、調べなくてはならないわけだが......愛さん、手伝ってくれないか」

「もちろん、乗りかかった船ですからね。任せてください」


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