九角




私は《鬼道衆》という言葉について調べ直していた。直訳するなら《鬼道》を扱う人々となる。

《鬼道》とは、太古の昔に邪馬台国の女王・卑弥呼が国の統治に用いたとされる呪法である。

『三国志』魏書東夷伝倭人条によれば、親魏倭王天戒卑弥呼はこの国の女王であり、約30の国からなる倭国の都としてここに住居していたとしている。

倭国には元々は男王が置かれていたが、国家成立から70〜80年を経たころ倭国が乱れ、歴年におよぶ戦乱の後、女子を共立し王とした。その名は卑弥呼である。女王は《鬼道》によって人心を掌握し、既に高齢で夫は持たず、弟が国の支配を補佐した。

1,000人の侍女を持ち、宮室や楼観で起居し、王位に就いて以来、人と会うことはなく、一人の男子が飲食の世話や取次ぎをし、巡らされた城や柵、多数の兵士に守られていた。この戦乱は、中国の史書に書かれたいわゆる「倭国大乱」と考えられている。

卑弥呼の《鬼道》については幾つかの解釈がある。

卑弥呼はシャーマンであり、男子の政治を卑弥呼が霊媒者として助ける形態とする説。卑弥呼の《鬼道》も道教と関係があるとする説。卑弥呼の《鬼道》は後漢時代の初期道教と関係があるとする説。道教説を否定し、《鬼道》は道教ではなく「邪術」であるとする説。

《鬼道》の起源はとても古く、日本の風土や日本人の生活習慣に基づき、自然に生じた神観念であることから、縄文時代を起点に弥生時代から古墳時代にかけてその原型が形成されたとする説。

その他、《鬼道》についてシャーマニズム的な呪術という解釈以外に、当時の中国の文献では儒教にそぐわない体制を《鬼道》と表現している用法があることから、呪術ではなく、単に儒教的価値観にそぐわない政治体制であることを意味するという解釈がある。




ここまでが時諏佐槙絵たちのしる《鬼道》だ。

私が誰にも明かしていない真実として、この世界においては、《鬼道》は神羅万象を司る甚大な霊力《龍脈》を統べる唯一の方法だった。卑弥呼はその方法を《鬼道書》として書き記し、永き時を経て《九角》一族に受け継がれることになる。《陰の鬼道書》と《陽の鬼道書》の二冊には、この書き出しからはじまる。

《風水───────中国古来より伝わる地相占術。陰陽五行(木・火・土・金・水)により地相と方位を占い、相生相克の相によりキッ今日を観る。その源流は《氣》の流れ───────龍脈と呼ばれ、龍脈の流れが集まる場所は龍穴と呼ばれた》

《そして───────その龍脈を制した者は、陰と陽からなる太極を知り、神羅万象を司る事ができると云われた》

《この世の森羅万象は陰と陽からなる。その理を違えることはなんびとたりとも叶うことは無い。陰は陽を離れず。陽は陰を離れず。陰陽相成して、初めて真の勁を悟る》

つまり、卑弥呼は森羅万象を統べる触媒として《黄龍》を召喚し、自身が《器》になる。代々体が衰えるたびに転生を果たしながら邪馬台国を繁栄させた。それが《黄龍の器》の原型かつ、人工的につくりあげた呪術であり、《鬼道》の始祖にして開祖なのだ。これが柳生のもとめる不老不死の正体である。

《黄龍の器》の原型がこれだとするなら、いつから陰陽にわかれたんだろうか。普通に考えるなら150年前、九角天戒が柳生の事件のあとに一族以外の人間に《鬼道書》が渡ればどうなるか身をもって知ったのち、九桐家に《陽の書》を預け、《陰の書》を本家に残したあとだ。九桐家は《鬼道》について知りすぎた一族以外の人間を抹殺する任務を追うことになったため、基本柳生との戦いでは静観を決め込んでいるらしい。それがいい、《陽の書》まで柳生の手に渡ったら完全に詰んでしまう。

なお、そうなると150年前、いきなり現れた緋勇龍斗はなにものなのだろうかという話になってしまう。世界樹と間違われたり、人間なのかと疑問を持たれたりする彼こそが史上初の天然の《黄龍の器》なわけだから。その時にはまだ《黄龍の器》はわかれていなかった。150年のあいだにおそらくなにかがあったのだ。日本陸軍の士官学校だった旧校舎地下施設で、《黄龍の器》がふたつにわかれる、なにかが。

九角家を手中におさめた柳生が家宝の陰の書で《黄龍》を間違った手順で召喚したり、変生したりしたのが原因だろうか。士官学校時代の事件の当事者であろう醍醐の祖父が生きているころに来れたらよかったんだが、今更いっても仕方ない。

《黄龍の器》は陰陽にわかれてふたりいる。片方は緋勇龍麻でもうひとりは柳生が人工的に作った。

ほんとならこの事態を前に《鬼道の書》の安否について九桐家の末裔である龍泉寺を尋ねるべきなんだろうが、なんで知ってるんだと言われたら困る。それに10年前の時点で九角家が今どこにあるのか教えてくれなかったから伝言を残すしかないのが現状だった。誠意をつたえて信頼されるしか方法はない。

あなたがたの先祖である《鬼道衆》が蘇ったが、《如来眼》の《力》で見たかぎり、あなたがたとは似ても似つかぬ《氣》の持ち主ばかりだった。姿形に魂魄になにひとつ重なるものがない。だから《鬼道》に失敗している。《如来眼》と《菩薩眼》の一族や比良坂一家の惨劇を考えるとあなたがたも標的となりえるから気をつけてください。10年前から発してきた警告に《鬼道衆》復活のくだりが加わっただけだが、どれだけ受け入れてもらえているかは甚だ疑問ではある。

まあ、《宿星》の《力》に目覚めても彼らはまだ11歳前後である。柳生側の魔の手にかからないよう東京から遠く離れた地に身を隠してもらった方が安心できる。龍泉寺(雨紋の師匠にして基本消息不明の坊さん)からの連絡を信じるなら彼らは今東京にはいないはずなのだ。

にもかかわらず柳生が九角天戒に子孫が手に落ちたぞと高らかに宣言しているらしいから、正直今まで頑張って根回ししてきた意味はあったんだろうかと若干がっくりきている。

それを振り払うために私は今ここにいるわけだ。

「そろそろ休憩にしたらどうだい、槙乃さん」

「あ、如月君」

そこには呆れ顔の如月がいた。傍らには茶菓子とお茶がおいてある。

「ずっと蔵に閉じこもられると困るんだが......まだ今年の蔵の掃除をしていないのは知ってるだろう?」

「あはは、毎年お手伝いしてますもんね」

「なにを調べているのかくらい、そろそろ教えてくれてもいいのではないかな」

「あ〜......はい、邪馬台国とまつろわぬ民の関係について。どこかに記述が残ってないか探していました」

「なんでまた?」

「《鬼道衆》の風角がいってたのを紗夜ちゃんが聞いているんです。《生まれながらにしてまつろわぬ民と蔑まれ、抑圧され、やがてその憤怒が変生を身につけるに至った者》だって。《鬼道衆》は一族を徳川幕府に滅ぼされたから復讐しようとしていたはずなのにおかしいなと思って、初めから調べてみたんです。九角家が卑弥呼の末裔なのは知ってましたが、よく考えたらおかしいなって。普通、天皇家に復讐しませんか」

「一般論としてだが、邪馬台国は大和朝廷の前に繁栄した国なんだ。大和朝廷の後は記述がない。つまり大和朝廷に滅ぼされたか、吸収されたか、政争に負けたかのいずれかだ。そして、神武天皇からの流れがこの国の歴史の中心としてあり続けてきたんだから、間違ってはいないだろう?まつろわぬ民だと自称するのは不思議じゃない。ただ、彼らもこの国の民という意識があったから、その矛盾に気づいたんじゃないか?」

「たしかに......この国の歴史において皇族、御落胤、そういった血筋でない者が真っ向から仇なそうとした人間は少ないですね。《鬼道衆》はそういう目的ではなかったのかな......」

「わざわざ九桐家や那智家、風祭家にいって《氣》を見せてくれと直談判したんだ。《鬼道衆》が末裔の彼らとはちがう自称の集団だと断じたのは他ならぬ君だろう?あの集団の魂魄がなにか調べたいにしても情報がたりないな」

「不安でたまらなくなってですね......あはは」

「気持ちはわかる。わかるが思い詰めすぎだ。少しは休んだ方がいいよ、愛さん。ほら、お茶。冷めないうちに飲むといいよ」

「ありがとうございます」

私は蔵から出ることにした。

その大和朝廷が《天御子》という超古代文明でもって乗っ取られており、大和朝廷や駆逐されたまつろわぬ民が実験場に送られて人体実験されたあげく、この国の各地に遺跡というかたちで墓守に封印されているのが問題なのだ。

邪馬台国と卑弥呼について調べ直した今、ある疑問が私の中に巣食っていた。かつて《天御子》だった《アマツミカボシ》は子を産む時死ぬ呪いから逃れるために実験に加わった。その時のクローン生成の実験体として邪馬台国から連れてこられた九角の一族の女が使われた可能性が捨てきれない。なにせ卑弥呼が代々新しい女を器にして転生し続けていて、その秘術が《九角》に伝わっているのなら代々器を排出してきた一族なのだろう。なら当主が男は納得がいく。卑弥呼の転生体がいないのが問題なのだ。《天御子》の魔の手から逃れたのが《鬼道書》だけな時点で闇は深い。

《アマツミカボシ》は政争に破れて追放された訳だが、その時の実験体の末裔がスサノオの一族に匿われた結果時諏佐家が生まれたなら、九角に帰ることが出来たのが菩薩眼の系譜なのだろうか。まあ、末裔は1人ではないだろうが、血はどこかで繋がっているのだ。《宿星》と《鬼道》の物語はいつもそうして紡がれてきた。

1人の女神が自身を分割して実験体に封印し、そのうちの《妙見菩薩》たる私の先祖が迫害から逃れるために次元を超えた。今、柳生は習合しようとしている。

150年前の人間がそんなこと考えつくわけがない。一体誰がそんなことを考えたのだろうか。

「今の愛さんは、かつての僕みたいな顔をしている。ほんとうに珍しいな」

「え?」

「翡翠よ、よく聞くのだ。我が如月家は江戸時代より徳川家の隠密としてこの東京(まち)を護ってきた《飛水家(ひすいけ)》の末裔だという誇りを忘れてはならぬ。そして、《飛水家》の血がもたらす《力》は邪を滅ぼすものだ。よいな、《力》を持つ者としての使命を忘れるでないぞ」

「それがお爺さんの?」

「ああ、それが祖父が失踪する寸前に僕に残した最後の言葉だった。隠密の名、飛水から来た己の名前にかけられた期待は、歳を重ねる事に実感している日々だよ。だから、君の重圧はわかる。でも考えても仕方ないこともあるんじゃないか?」

「そう、ですよね。ありがとうございます」

「そんなに九角家が心配かい」

「一度も現状を知ることができていませんからね......」

《アマツミカボシ》は末裔に対して平等に安寧を願っていることを私は誰よりも知っている。それが難しいこともわかってはいるのだ、わかっては。

ためいきをつく私に如月は肩を叩いた。

「そういえば如月君、なんでさっきから槙乃さんじゃなくて愛さんなんですか?」

「僕の幼馴染になるはずだった女性の名前を君が名乗っていると聞いたんだ」

「えっ、誰に」

「時諏佐先生だよ」

「え゛」

「この世界と君が来た世界はたしかに違うかもしれないが、こうあるべき、から離れた方が楽になることもある。人の縁は繋がりだ。会うべき人間は遅かれ早かれ出会うものだ。焦る必要はないよ、たとえそれが恋仲だったとしてもだ」

「───────はい?」

「......違うのかい?」

「違いますよ、断じて違いますよ。なんでそんな誤解を産んだのかはしりませんが......」

「......にしては、初めてうちに来た時も150年前の記録を見せてくれといっていたじゃないか。特に《鬼道衆》の」

「情報が少しでも欲しかっただけです。仲間は多い方がいいに決まってるじゃないですか。なにいってるんですか、如月君」

「......」

「......」

え、なにこの沈黙。

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