比良坂紗夜

品川区民公園は立ち入り禁止になった。近所の住民の通報を受け、現場にかけつけた消防や警察は、いつからあるのかわからない放火された地下施設をみつけた。そこから燃え残ったたくさんの遺体が出てきて大騒ぎになった。調査の結果、ほとんどが盗まれた遺体であり、なんらかの実験がされたことまではわかった。遺体が盗まれたのに届けを出していなかった病院が芋ずる式に判明し、連日メディアを騒がせている。

そして、前の日に行方不明になっていた新進気鋭の化学者であり、高校教師をしていた比良坂英司の遺体が発見されたことで世間は騒ぎになった。誰かに拉致されて監禁されたあげくに放火されたことが明らかだったからだ。ただ、施設を使用していた物的証拠も上がっているために、共犯者ではないかという疑惑がかけられている、と週刊誌は報じている。研究所は内側から鍵がかけられ、比良坂英司の遺体がもっとも損傷が激しかった。18年前も似たような事件があったためにカルト宗教との関係が取りざたされ、紗夜に関する情報は各方面からの圧力により一切流れなかった。

「ほんとによかったんですか、紗夜ちゃん。これでは学校にいけませんよ」

窓の向こうには何処から嗅ぎつけてきたのか、メディア関係者が集まっている。時諏佐家に紗夜がいること、直前まで私が英司といたことがバレているのだ。警察関係者の中に18年前の類似事件を覚えている人がいるのだろう。

ゲスの勘ぐりをするならば、カルト宗教に染まった比良坂英司が時諏佐槙乃を誘拐しようとしたが失敗したため、あの研究所で粛清にあい死んだことになる。大型旅客機の墜落事故はたった3年後に同じ事故を起こしたため、比良坂兄妹は当時かなりメディアに出たため、なにがあったのか興味をひくのだろう。あげくに恩師の養女である女子高生に手を出したとなれば、マスコミが首を突っ込まない方がおかしい。

だいたいあってるから困る。

興味本位で首をつっこんで18年前のように不審死が相次ぐ事態になったら沈静化するから沈黙を守ったほうがいいとはおばあちゃんの判断である。代理人の弁護士をたてて会見はしたのだから義務は果たしたと。経験者は行動が迅速で頭が下がる。

ためいきをつく私に紗夜はうなずいた。



「兄さんの犯した罪は、こんな事で贖えるものじゃないのはわかっています…......でも、身元不明の遺体のひとつとして、被害者の方と一緒に弔われるのは、絶対に違う気がする......。それに、被害者のはずの槙乃さんがマスコミに追いかけまわされるなんておかしいです。絶対。なら、わたしも......と思って」

「紗夜ちゃん......」

私はなにもいえなかった。

「英司さんは全部わかっていて、私に《力》を貸してくれと言いました。不老不死は《天御子》の悲願にも繋がる人類長年の夢です。だからどうしても手を取ることはできませんでした」

「兄さんは......槙乃さんより、不老不死をとったんですよね。好きより夢をとったんですよね。わたし......わたし......」

「焚き付けてしまったのかもしれません。手紙だけしか来ていなかったから、まだ実力行使するつもりはなかったみたいですし、私から話を切り出したのでもしかしたらと」

「そんなことないです。兄さんだったらわかってた。絶対わかってた。だって兄さんは槙乃さんのこと誰よりも見ていたし、知ろうとしてたし、それに」

「ありがとうございます、紗夜ちゃん。でも私が凶津君の事件のときに、もっとはやく鬼道衆に狙われている理由を考えるべきだったんですよ。そうすれば死にかけて英司さんに焦らせてしまうこともなかった」

「鬼道衆はわたしや槙乃さんを本気で殺そうとしているんです。そんなの......遅かったか、早かったか、だけですよ」

「そうですが......ああ、やっぱりダメですね。英司さんはぜんぶ自分のこととして終わらせてしまった。私は英司さんについて、自分の責任におえることがなにもない......」

「槙乃さんがそうやって兄さんについて考えたり、悩んたり、忘れられなかったり......それが目的なんだと思います......」

「紗夜ちゃん......」

「わたしには龍麻さん達がいるって......わたしまだ17なのに......まだ高校も卒業してないのに......そんなのってないですよね......」

紗夜は笑い泣きしている。

「ほんの少し前のわたしみたいに、兄さんが一番だったら......龍麻さんを好きになる前のわたしだったら......《力》で兄さんをやり直させてあげられたのかなって思うんです。でも、だめ......槙乃さんに兄さんがアルタ前で声をかけたのが先なんだから......やっぱり、何度考えても、無理だなってわかっちゃうんです」

「紗夜ちゃんの意思に関係なく発動する《力》のようですから......難しい話ですよね」

「兄さんは、ママの《力》で何回繰り返したのかわからないけど......ママたちも頑張ったんだろうなって思うんですよ。でも、できなかった。無理だった。もういっかい、事故について調べてみようかなって思います」

「私も手伝いますよ、紗夜ちゃん。調べるのは得意ですから」

そして、事故の原因が整備不良だと知り、私たちは鬼道衆の影を感じずにはいられなくなるのだ。3年前、全く同じ理由で大型旅客機が墜落し、多数の犠牲者が出たばかりだったからである。あれだけの惨劇を二度と起こさないようにしようと安全対策や体制が構築されて3年後に全く同じ事故が起きるなんておかしい。整備士が謎の自殺をしたこともまた疑惑に拍車をかけるのだった。


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