天野愛

比良坂先生からの手紙を読んでいた槙乃は、大切に折りたたんで天野愛様と書かれた真っ白な封筒にしまった。

「天野愛(あまのあい)、それが私の本来の名前になります。......こうして呼ばれるのは、おばあちゃん以外いませんでした。本当に、ほんとうに久しぶりだった」

そして握りしめていた封筒を3つ、机の傍らにおいた。

「話せば長くなりますが、順を追って説明しましょう。私はもともと《氣》という概念はあっても実在しない世界に生まれました。《氣》だけじゃない、あらゆる非科学的なものが存在しない世界です。概念はあっても空想の産物、すべてがオカルトと片付けられてしまう世界です。そのときの私は《氣》なんて使えない、単なるオカルトが好きな女にすぎませんでした」

懐かしそうに槙乃はいう。

「私はある日、《天御子》という名前以外何一つわからない奴らに拉致されて、この世界に来ました。そこで先祖がこの世界の出身であり、その組織から逃れるために次元をこえて逃げたのだと知りました。《氣》が存在しない世界なら、私の一族は一般人となんら変わりませんし、《天御子》も《力》が発揮できなかったようです。ただ、私はオカルトが好きで、そういういわく付きのところに行くのが好きだったせいで、《天御子》にバレてしまったんです。どうやら私は《アマツミカボシ》の先祖返りか、転生体か、理由はわかりませんが《アマツミカボシ》が降りてきやすいらしいんです。あぶないところを、ある組織に拾われて、色々あってそこで働く代わりに《天御子》を倒すために動き始めた矢先に、私は呼ばれました」

「あの、研究所に?」

槙乃はうなずいた。

「私の先祖はこちらの世界では《アマツミカボシ》と呼ばれています。日本神話にでてくるマイナーな神様です。実際は大和朝廷に最後まで抵抗して、最終的に茨城県の日立市でタケミカヅチに石にされて砕かれて死んだと言われている星見を信仰する一族だったそうです。実際はその神様の《力》を借りて次元をこえて逃げたわけですが。あの研究所は、なんらかの目的で《アマツミカボシ》を呼び出すために怪しい研究をしていたそうです。そして、この身体に流れる《アマツミカボシの遺伝子の記憶》によって、無理やり《アマツミカボシ》の《氣》を使って戦っていた私は《アマツミカボシ》と間違われてこの身体に降ろされてしまいました。色々あって、おばあちゃんに引き取られて。あの研究所がなんのためにあったのかわからなかったのでずっと探していたんです」

そして目を伏せた。

「英司さんに話を聞きに行ったのも、少しでも組織についてを突き止めるためでした。まさか、あんなことになるなんて思わなかった......」

龍麻が口を挟む。

「その《天御子》ってやつにも命を狙われてるんだろ?この世界にいても大丈夫なのか?」

「鬼道衆の背後に《天御子》が見え隠れしているので、同じですね」

「!」

「このホムンクルスの技術には《天御子》でなければなし得ないものが使われています。だから私はこの身体を作った組織を探していたんです。鬼道衆の仲間がこの体を作ったのなら、鬼道衆が私の敵も同じです。なら、少しでも仲間がいるこの世界にいた方がいいですよね」

槙乃の言葉に安堵が広がる。こんなことになってしまったから元の世界に帰ると言われたら、理由はわかるけれどやっぱり寂しいからだ。それに槙乃の《力》はとても心強い。

「そうか......そういうことなら、まだ《力》を貸してくれるんだよな?」

「もちろん。この街が平和になるまで、大切な人を守るために、一緒に戦いましょう。約束します」

槙乃はしっかりとうなずいた。

「私の事情はだいたいこんなところです。なにか質問はありますか?」

「天野愛か、なるほど。ところで、槙乃でいいのか?愛って呼んだ方がいいのか?」

「あはは、私はどっちでもいいですよ、龍麻君。私は基本的に誰かに憑依することになるので、ほんとの名前で呼ばれることは稀でした。槙乃って名前も私がつけた名前ですし、もう長いこと使ってるので思い入れもあるからどちらでも構いません。みなさんにおまかせしますね」

「で、だ。ほんとのところ、いくつなんだよ、槙乃。こっそり酒飲んであたり18じゃねーんだろ?」

「もとの世界では30過ぎでしたね」

「まじで!?」

「ただ、こちらの世界に来てからは20歳の男の子の身体だったり、今の体だったり、憑依先がバラバラなので今も感性が30のままなのかと言われたら正直自信がないです。この世界だとどうやら魂と身体と精神は長いこと同じだと融合してしまうようなので、今の私は18くらいだと思いますよ。ただ、ホムンクルスは歳を取らないので、この世界にいる限り、ずっと私はこのままですね」

prev next


×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -