憑依學園剣風帖 転校生

1998年4月某日
 
暖かく強い南風が吹いた。春一番が吹くかもしれないと朝のニュースでやっていたことを思い出す。きっとこれだろう。換気を終わらせるべく窓を閉めはじめる。静寂に包まれている図書室にて、あまりにつよい風に煽られてガタついている窓や錆び付いて閉まらない鍵に悪戦苦闘しながら作業に追われていた。
 
窓の向こうでは、ちらほら登校している生徒が見える。女子生徒は厚手のストッキング等を着用しつつもパステルカラーのコートや小物でだんだん春っぽくなってきた。男子生徒は悪ふざけしながら歩いているためか、団子になっている。今日から新学期だ。
 
東京都新宿区。屋上からは都庁が一望できるその場所に、創立当初からどういうわけか《魔人学園》という奇妙な通称がある高校がある。東京都立真神(まがみ)學園高等学校、図書室の主と化している私の所属する學園である。
 
(あああ......とうとうその日がきちゃった......)
 
嘆くのは心の中。思うのは自由だ。こぼすのはため息だけだ。この學園ですら人外がウロウロしているのでうっかり失言しようものならえらいことになるのである。
 
私が嘆いているのは、これから起こることを知っているからだ。気づいたらこの學園の校長の孫娘になっていたせいでほかの高校にいく選択肢など初めからなかったのである。
 
世紀末があと一年と迫り来る今年。新年早々、北辰が揃うわ、遺体の強奪事件が相次ぐわ、アマツミカボシの封印されている宿魂石が一夜で消失するわ、連日の様にあらゆるメディアで様々な怪奇事件が放送されている。
 
それは龍脈の活性化により奇妙な《力》に目覚めた人々がその《力》を悪用することで引き起こされていた。
 
そして今月中におそらくは呼応するかのように、その身に不思議な《力》を宿した転校生が現れる。彼を中心に《力》に目覚める高校生が次々と現れ、とてつもない動乱が東京都、いや日本全体を包み込むことになるのだ。
 
その動乱の中心に位置する事になるであろう、真神学園の4人はまだそのことを知らない。普通の学園生活を送っている。
 
がらら、と扉があいた。
 
「なに深刻そうな顔して外見てんだ、時諏佐(ときすさ)」
 
私はたまらず身体を強ばらせた。1番聞かれたくない人が背後にいる。
 
「い、犬神先生、はやいですね......おはようございます」
 
「あァ」
 
平然とタバコを吸っているところに時代を感じる。
 
「新聞なんか広げてどうした」
 
「今日もまた事件があったみたいだから気になったんです。こことか」
 
名刀の窃盗事件を指さす私の言葉に険しくなる表情は、心配してくれているのか、はたまた余計なことに首をつっこもうとして、と呆れているのかよくわからない。
 
彼は犬神社人(いぬがみもりひと)先生。この世界はキラキラネームでなくても難解な漢字や読み方が頻繁にある。そういう人はだいたい重要人物であり、漢字が名を表すのはよくあることだ。
 
真神学園高校3年B組の担任教師で、担当は生物。新聞部顧問だ。ぶっきらぼうで無愛想な言動により、生徒たちからは敬遠されている。時々私の背後から現れて探りをいれるような言動をふっかけてきては、含みのある一言を残して去っていく意味深すぎて怖い人だ。なんでか3年間ずっと担任で困る。校長先生は孫娘が心配でたまらないようだ。
 
ちなみに犬神先生は読んで字のごとく、人狼である。ある人物との約束で、真神学園を守り続けているそうなのだが肝心の人間が誰なのかゲームが発売中止になったため私は知らない。
 
「生徒会の不正会計暴いたくらいじゃ飽き足らないのか、新聞部は」
 
「部費を理不尽な理由で削られたので正当な報復だって遠野さんが言ってました」
 
「ちゃんと部費は支給されたんだろう?」
 
「それでも資金繰りが厳しくて......」
 
「発行回数が多すぎるんだ。2人しかいないんだから、見合った活動をしろと何回いったらわかるんだお前らは」
 
投げやりに言われる。少しは大人しくしろと言外に言われている気がするが、私は直接言葉にされたことにしか反応しない主義なので気づかない振りをした。
 
好奇のまなざしと社交的な笑顔を浮かべる。
 
「だって、結構評判いいんですよ?真神新聞。気合いだって入っちゃいますよ」
 
犬神先生の視線がやわらいだ。肩を竦めて、タバコが2本目だ。
 
「新聞は戻しておけよ。活動は部室でやれ、部室で。続きは放課後にでもやれ。俺はいかないが」
 
「またですか、犬神先生。たまには顔出してくださいよ」
 
「勝手にやるだろ、お前らは。だいたい新聞部の顧問になるのは面倒をかけないという条件だったはずだが?」
 
「それはそうですけど」
 
「大人は忙しいんだ」
 
「そうですか......」
 
「そうだ、いい忘れてた。遠野に旧校舎にはいくなと言っておけ。美里を丸め込んでマスターキー盗むつもりだろうが、あまり面倒事は増やしてくれるなよ?わかったな?」
 
「はあい」
 
「なんだそのやる気のない返事は」
 
「はい」
 
「あまり問題ばかり起こすと校長に迷惑がかかるぞ?」
 
「それは言わないお約束ですよ、先生。それこそ大人の出番じゃないですか。期待してます」
 
「阿呆」
 
「痛い!」
 
わりと強めに頭を叩かれてしまったが、どうせこれから迷惑かけまくることになるのだ。同じだろうに往生際が悪いのはどちらだろうか。そんなことを考えていると睨まれてしまった。そして犬神先生はタバコを消すといなくなってしまった。
 
部室に戻った私は真神新聞の第1号を配りやすいようにまとめていく。部長が番記者とかルポライターとかマスコミ関連の職業でも目指しているため本格的なのだ。この手の話題をふると目を輝かせて語られる。いわゆる情報通だ。
 
「おっはよー、槙乃(まきの)」
 
「あ、おはようございます、アン子ちゃん。真神新聞、ここにまとめておきましたよ」
 
「ありがと〜っ!さすがは頼れる副部長ね、やっる〜!そうだそうだ、ねえ聞いた、聞いた!?今日、隣のクラスに転校生が来るんだって!!」
 
豪快に扉があいたかと思ったら我らが部長の遠野杏子(とおのきょうこ)が現れた。
 
「アン子」という愛称で呼ばれる眼鏡っ娘であり、真神学園の新聞部を一人で切り回す、好奇心旺盛で行動力豊かな少女だ。特別な《力》は持たないもの、東京に起きる様々な怪事件に首を突っ込み、情報面で緋勇龍麻たちをサポートすることになる。私が新聞部にいるのはそのためだ。
 
「え、転校生ですか?」
 
「ダメじゃない、槙乃〜!情報は鮮度が命なのよ!あたし、さっき廊下で職員室はどこかって道聞かれたんだから!」
 
「ええっ、それ本当ですか?」
 
「そうなの、そうなの!あれはかなりのイケメンな気配がするわ!早速取材申し込んで写真取りまくらなくちゃ!今日も張り切っていきましょ!」
 
そういって遠野はカメラを探し始める。なるほど撮影した写真売りさばいて部費の足しにするつもりのようだ。いつもの事ながら要領がいい。そのうち隠し撮りがメインになるんだろう。
 
私はいつものカバンを持って新聞をありったけいれる。
 
「よ〜し、新聞部いざ出陣!」
 
「おー!」
 
言うやいなやだっと駆けだした遠野が、あっという間に見えなくなってしまう。私は部室に鍵をかけてあとを追いかけはじめた。
 
「アン子ちゃん待ってくださいっ!階段走ったら危ないですよ!」
 
「大丈夫、大丈夫、慣れてるから〜!よっと」
 
生徒がまばらなのをいいことに、遠野は全力疾走だ。私はうっかりぶつかって入れ替わるなんてことになったらシャレにならないのでペースは守る。
 
「槙乃おそーい!転校生見当たらないわ、職員室にいくわよー!」
 
待ちきれなくなってきたのか、手を掴まれてしまった。
 
「えっ、ちょ、アン子ちゃんっ!?」
 
「ほら早く早くはやくー!」
 
玄関近くだからか、生徒がたくさんいる。朝練が終わったらしい。周囲の視線が自然とこちらに向くのがわかる。私は手を振りほどこうとしたが、今の状態の遠野を止められる人間なんて誰もいやしないのだ。さすがは新聞部、部長、文化部にあるまじき走力と握力をお持ちで。
 
「いたい、いたい、いたいですよ、アン子ちゃん!」
 
「ごめんごめん。でもほら、走った甲斐あったわよ、槙乃っ!おーい!さっきの転校生くんっ!!!」
 
遠野の声に気づいたのか、職員室を開けようとしていた男子生徒が手を止めて振り返った。あたりを見渡して自分しかいないと気づいたようで、自分に指をさしている。
 
「そうそう、君だよ、君!よかった、間に合った〜!あたしとしたことが名前名乗るの忘れちゃってごめんね!あたしは遠野杏子、アン子って呼ばれてるわ。この子は時諏佐槙乃。あたし達、新聞部なの。よかったら今日、取材させてもらえない?」
 
「あ、そうだ、これどうぞ。お近付きの印に。ほんとは1部50円なんですが、今回は特別に無料でさしあげます」
 
「えっ、ちょっと槙乃!」
 
「私があとで払いますから」
 
「もー、そういうのあんまり良くないんだけどなー!そういうのは部長であるあたしの仕事でしょ!払わなくていいよ」
 
怒涛の自己紹介と質問攻めにキョトンとしていた転校生だったが、私と遠野をみてうなずいてくれた。前髪が異様に長い以外は普通の男子生徒である。一昔前のギャルゲーの主人公みたいな外見だが、なにをかくそう彼が主人公である。
 
「初めまして、アン子さん」
 
「あ、呼び捨てでいいわよ」
 
「じゃあアン子。なんでアン子?」
 
「あー、アンズって書いてキョウコだからよ」
 
「ああ、なるほど。えっと、ときずささん......?」
 
自信なさげな緋勇に私は笑った。口頭では難しいだろう。
 
「時間の時に諏訪湖の諏、補佐の佐。暖炉にくべる槙に乃で、時諏佐槙乃です。筆記試験の度に殺意を覚えるレベルで長いし、いいにくいんですよね。よく言われるんですよ。だから私も槙乃でいいですよ」
 
「ありがとう、助かるよ。ええとじゃあ、あらためて。初めまして、アン子、槙乃。俺は明日香學園から転校してきた緋勇龍麻っていうんだ。こちらこそよろしくね。わざわざ戻って来てくれてありがとう」
 
「いいの、いいの〜!転校生なんて珍しいからさ、是非とも取材させてほしいし!約束は早い者勝ちでしょ?緋勇くん絶対女の子人気凄そうだから早めに行動しとこうと思ってねー!ところでひゆうたつまくんか、漢字はどう書くの?」
 
「えーっとたしか、緋色の緋に勇気の勇で緋勇。難しい方の龍に麻雀の麻で緋勇龍麻」
 
「おお〜、なんだかかっこいい名前ですね」
 
「漢字もそれっぽいのがポイント高いわ!記念に1枚取らせてよ。はいチーズ」
 
緋勇はどこか照れたように笑った。真正面からみた時だけ端正な顔立ちがみえるのはそういう仕様なんだろう。おかげで実はイケメンに耐性があるはずの遠野が固まっている。みるみるうちに赤くなっていくのがわかった。青春だなあ。
 
「私も1枚取らせてください。はい、チーズ」
 
いつまでも解凍を待っている訳にはいかないので私はデジカメで撮影した。遠野はカメラにこだわっているが私はデジタル機器の方が使いがってがいいので好きなのだ。
 
「はい、取れました。どうでしょうか?」
 
画面をさしだすと緋勇は笑ってうなずいてくれた。よかった。
 
緋勇龍麻の氣は融合と調和とでもいえるような柔らかく淡い《陽の氣》だけで構成された異様なほど清廉としたひかりだった。
 
なるほどこれが主人公のオーラ。貫禄が違う。人間は《陰の氣》と《陽の氣》が表裏一体となることで初めて人間たりえるのに、緋勇龍麻は《陽の氣》そのものだ。まるで神様である。
 
日本書紀に記述されている陽氣のみを受けて生まれた神で、全く陰気を受けない純粋な男性みたいだ。ここまで圧倒されるような氣を持っているとそりゃ人も魔も寄ってきやすいに違いない。
 
あたたかなやわらかいまなざしを感じる。にこやかに歓迎されている。よかった、緋勇龍麻は友好的な性格らしい。
 
纏う氣がやわらかにして凄烈な色を映し、輝くようなアクアマリンの形の定まらない宝石が刻々と新しく生まれでている。よっぽど嬉しいらしい。
 
そりゃあ父親の遺言で18年間普通の生活をしてきたのに、いきなり世界がやばいから救いにいってくれと土壇場で父親の親友を名乗る男からこの學園に送り込まれたら不安しかないだろう。
 
しかも親友はそれから話にかかわってこないし、この學園からの転校生は運命の糸を操るやばいやつで人を操れる《力》をもっていたし。挙句の果てに《力》が暴走して怪物になり目の前で消滅するわけだから。どんな學園だと不安で仕方なかったはずだ。
 
ずっとずっと新しい氣が絶え間なく生まれ続けている。テンションが高い。眩しいなあ。
 
ちなみに氣を見ることができるのは、《如来眼》という龍脈や氣をみる《力》によるものだ。
 
我に返った遠野があわてて撮影している。緋勇は首を傾げている。どうやらこの緋勇龍麻は前の学校ではイケメン扱いされていなかったために鈍感らしい。げせぬ。
 
すると扉があいた。
 
「ふふふ......転校早々お友達が出来てよかったわね、緋勇君」
 
「あ、マリア先生」
 
「おはようございます」
 
「おはよう、2人とも。ごめんなさいね、緋勇君に今から説明しないといけないから借りてもいいかしら?」
 
真っ赤なスーツのナイスバディな金髪美女が緋勇のクラスの担任である。
 
「ええ〜」
 
「アン子ちゃん、私たちもそろそろ新聞を配りにいかないと」
 
「そうだけどー......」
 
遠野はがっくり肩をおとした。
 
「時間切れかあ、そっかあ。そうだ、緋勇君!昼休みにでもうちの取材受けてくれない?お近付きの印にお昼奢ってあげるから!」
 
「え、いいのか?」
 
「うんうん、それくらい必要経費!ね、槙乃っ!経費で落ちるよね!?」
 
「犬神先生に聞いてください」
 
「ですよねー!わかってるわよ、いっただけだから!あたし達、隣のクラスなの。というわけで昼休み、迎えに行くからよろしくね!じゃあまたあとでね!」
 
「うん、ありがとう2人とも」
 
緋勇とマリア先生は職員室に消えた。
 
ちなみにマリア先生のフルネームはマリア・アルカード。真神学園高校3年C組の担任教師で、担当は英語。 妖艶な美貌と面倒見の良さで、生徒たちからは絶大な信頼を受けている。主人公たちの「力」のことを知り、常にその身を案じることになる。そして彼女自身にも秘密がある。読んで字のごとく吸血鬼の生き残りであり、色々と悩んでいる妖艶な情婦でもある。私は今のところ目はつけられていないので安心している。
 
「さあて、配りに行きますか」
 
「そうですね、手分けして頑張りましょう」
 

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