憑依學園剣風帖31

美里を送り届けてから、私は英司を見上げた。

「相談したいことがあるので、少し歩きませんか?」

私の申し出に驚いたようだったが、英司は快諾してくれた。私たちは時諏佐家を通り過ぎ、新宿駅に向かう。そして山手線にのり品川駅に降りた。ここからは英司の方がよく知っているから、と案内をお願いすると、英司は品川区民公園に向かい始めた。

「実は......私の下駄箱に、最近手紙が入っているんです」

「へぇ、モテるんだね。槙乃さんは」

様子をうかがってみたら、英司は一瞥もくれないまま歩いている。

「時諏佐槙乃あてだったら、そうだったでしょうね」

「君あてじゃないのかい?」

「天野愛あてでした」

私は真っ白な封筒から綺麗にたたまれたA4のプリント用紙を出した。

親愛なる天野愛様

君の活躍の噂は聞いています。渋谷の鴉、高い鉄骨の上での戦いは大変だったことと思います。そして、桜ヶ丘中央病院に、あなたの友達が入院した時には僕も心が痛みました。非力な人の力では、どうすることも出来ない事件でも、あなたはその知恵と勇気、そして《力》でもって立ち向かっていきましたね。僕は心の底からあなたを羨ましく思います。ぜひ一度直接あって話をしたいです。きっとあなたなら僕の申し出を受け入れてくれることと思います。いや、君は僕と会わなければなりません、僕を救うために。場所は別紙の地図を参考にしてください。今は使われていない古い建物です。必ずひとりで来てください。誰かほかの人に話してはいけません。君に選択の余地はありません。では、一刻も早く会えることを願って───────。

差出人はかかれていない。

親愛なる天野愛様

あなたにとって思い出深いところだと思います。ですが長らく来ていないと思うので、行き先を記しておきます。この建物の右に5メートル歩いたところに錆びた鉄のドアがあります。そのドアを開け、そこから入ってください。中に入ったら、中から鍵をかけてください。では、一刻も早く会えることを願って───────。

差出人はかかれていない。

親愛なる天野愛様

どんな約束であろうと最後まで叶えようとしてくれるあなたの誠実さに僕は心から敬意を表します。あなたはいつだって真面目に、実直に、誰の未来に対しても誠実であろうと勤めてきました。最適解を求めて奔走し、困難を克服し、時にはなにもできない自分に打ちひしがれながらもひたすら前に進んできましたよね。人は常に孤独であり、ひとりでは無力だと知っているから、たくさんの人を巻き込みながら、目的に向かって邁進してきましたよね。あなたが、あなた個人という存在がどれだけの人を救ったのか。僕はだれよりもあなたの存在理由について理解しているつもりです。約束は最後まで果たすという、たったそれだけのために。ぼくは本当はあなたの描こうとしている未来がみてみたい。あなたの《力》を見せてください。

最後まで差出人は書かれていなかった。

「さすがだね、天野愛さん」

「......やっぱり、あなたでしたか。英司さん」

「僕の手紙を受け取ってくれてありがとう。君の《力》をこの目で実際に見てみたくてね」

英司の歩みが止まる。

「見せてもらえないだろうか、君の《アマツミカボシ》の《力》を───────」

まるで葬列のように立ち並ぶ並木道の間を抜ける風が頬を掠めた。そよぐ木の葉の音も話し声のようで、夜の公園をより一層不気味なものにしている。

昼間は誰もが知る景色でも、日が落ちると公園は違う顔を見せる。ネオンから離れると、蛍光灯だけが頼りの深い闇に覆われた闇が広がっていた。まるで通行人だけでなく、平凡な日常さえも飲み込もうと待ち受けているようだ。

私は立ち止まって、公園の奥の漆黒の闇を凝視していた。

《如来神呪眼》

《氣》を《アマツミカボシ》の《氣》に変質させ、《如来眼》を覚醒させる。先程までそこは明かりも朧にしか届かない空き地のようなところだった。

だが、今は数人の人影が地中から生えているのがわかる。不自然な動きをしている。あちこちボロボロな服を着た男たちが群がってきた。その顔には眼球がなかった。鼻がなかった。耳がなかった。歯がなかった。くさりおちてしまい、所々骨がのぞいていて、腐臭がした。

「ゾンビですね」

私は竹刀袋を抜いた。

「曳光倶利伽羅(えいこうくりから)」

《アマツミカボシ》の《氣》を纏った木刀が、煩悩と無明を破り、魔を打ち倒す仏智の利剣となる。龍が巻きつき、炎に取り巻かれていく。

一閃が走った。

体重など関係ない。数メートル後方に吹き飛ぶなり、動けなくなり、グズグズにとけてしまう。私は走った。次々にゾンビを焼き捨て、土に返していく。やがて、公園はふたたび静寂を取り戻したのだった。

拍手の音がひびく。私は振り返った。

「さすがだよ、槙乃さん。期待以上だ。その眼はなんでも見通せるんだな」

私は頭を振る。

「その目に写るものだけが真実とは限りません。この世には常識では計り知れないこともあります。でも、人間は出来ないことを想像したりしない。それを知っているだけです。このゾンビたちはあなたの研究成果ですか?」

「ああ、そうだとも」

詳しい話は研究所でやろう、と英司は私を地下施設に招いたのだ。

「病院から手に入れた死体にちょっと手を加えたものなんだ。遺伝子工学と西インドに伝わる秘法の賜物さ」

「ブードゥー教ですね」

「そうだよ、さすがは邪教の狂信者の転生体だけはある。やはり君は僕の見込んだ通りの人だ。手紙のとおり、ぼくは君の助けを、君の《力》を必要としているのさ」

「私の《力》では魂の蘇生はできませんよ。葵ちゃんだって、完全体の《アマツミカボシ》だって」

「君にはできなくても、君自身がそういう存在じゃないか。君にできないはずはない。その身体の器に入って何年たつ?魂も精神も身体と融合しきれば可能になるものは多いはずだ。君と僕は仲間だ。君は僕に協力したいと思っているはずさ、僕を救いたいから。君のホムンクルスという器と《力》について、僕の人脈と研究成果でもって、もっと有効かつ合理的に研究する方法を提案したいと考えているんだ。きっと君の将来の手助けになるはずだ」

「不老不死をもとめた結果、いきつく果てはろくなものじゃありませんよ」

「......本当にかわいいよ、君ってやつは。この場に及んでも僕のことをどうにかできないかと必死で考えている。僕と君はこれだけ互いのことを思いやっているんだ、いいパートナーになると思うんだけどな」

私は首を降った。

「《アマツミカボシ》として、《天御子》の不老不死の研究に参加しておきながら?1700年前とはいえ、今の技術と比べてもなお最先端をいく超古代文明の生き証人であり、魂の蘇生の秘術に触れたことがありながら?」

「......よくそこまで独学で調べあげましたね、この国の血塗られた歴史に」

「調べるのは好きなんだよ」

「......《魂の蘇生》の秘術は、物部一族の秘術であり、宮内庁の管轄です。私はわかりません」

「もちろん、それはわかっているさ。だからこそ知りたくはないかい?人は何処から来て、何処へ行くのか。もっと別の進化の道を歩むことが出来たんじゃないか。君が協力さえしてくれれば、僕は悲願となるその謎を解き明かすことができるんだが。君のそのホムンクルスと揺るぎない精神力、そして《アマツミカボシ》の《力》があれば。そうすれば───────人は誰でも《魔人》というべき存在に進化できるよいになるのさ。わかってくれるだろう?天野愛さん」

「わかりません。私は《天御子》に狙われる身であり、《天御子》を倒すことでしか安寧が保証されません。もちろんあなただってただではすまなくなるし、私は実験動物になる気はない」

「天野愛さん、僕と手を組まないか?」

「嫌です。あなたが不老不死の理想をかかげている限り、私があなたの手をとることは無い。絶対に」

「無理をしないでくれ、愛さん。君の戦いはひとりではなし得ないだろう?」

「私はひとりじゃない」

「門をくぐらなければ、の話だ」

「私を必要としてくれた人はいます」

「ならなぜ、こんなにも君を救いたい僕の手をとってはくれないんだ?君は《如来眼》の役目を果たすという約束を守るためだけに、僕たち兄妹にどれだけ手を貸してくれた?自分の《力》だけでどれだけ護ってくれた?それがエゴだとして、それに報いたいのは当然の流れじゃないのか」

「あなたの独自研究が現存するどの進化形態にも当てはまらない生命体を生み出し、どの化学の力もなし得なかった領域に踏み込んだのは敬意を評します」

「《天御子》だった君にいわれるとは光栄だ」

「それでも死を恐れない時は来なかった」

「それは君たちが神だからだ。新たなる進化の可能性を人間は知ったとき、死は無価値となる。いずれ君にも理解してもらえる日が来るはずさ、君自身でもってね」

「......私はなにも出来なかったんですね」

「そんなことはないさ。僕は本当に君には感謝している。18年前の戦いのとき、僕はまだ10歳だったから戦いからは遠ざけられていた。つかの間の平和が訪れたが、僕が知っている大人たちはたくさん死んだ。生き残った両親とまた暮らせるようになり、紗夜が生まれ、大きくなり、僕も夢について考え始めた矢先に飛行機事故で死んだ。あっけないもんさ。あれだけの戦いを生き抜いたのに、事故でだ。両親の人生はいったいなんだったんだろうと今でも思うよ」

英司は笑うのだ。

「時諏佐先生にも君にも本当に感謝しきれない。恩で仇を返すようで本当にすまないと思っているよ。でも僕の人生は僕だけのものだ。誰のものでもない、僕自身のね。人間は脆い。すぐにあっけなく死んでしまう。悪いのは脆弱な人間の身体さ。強い魂を入れる強い《器》があれば、人間は今以上に強くなれる。そうすれば愛する者を失う恐怖から逃れることができる。死を恐れることもない。それを教えてくれたのはきみだ」

英司は廃屋を見渡す。

「だというのに、時諏佐先生たちが跡形もなく資料を焼き払ったものだから、なにもなくて困ったよ。おかげで君を造った組織と接触する羽目になった。やつらは君の価値を微塵もわかっていない。ふざけた話だと思わないか?どいつもこいつも本当にふざけてる」

「......ふざけてるのは、あなたですよ」

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