憑依學園剣風帖30

「彼女は僕のものだ、頭のてっぺんからつま先の爪まで。あなたには渡さない。髪の毛1本たりとも渡しはしない」

真神学園の校門前で比良坂先生が誰かに電話している。槙乃は驚いたように瞬き数回、戸惑いがちに眉を寄せた。声をかけようか迷っているようだ。

「比良坂先生、あんなに怒鳴りつけたりして、どうしたのかしら......」

「..................」

「槙乃ちゃん......」

言葉だけ聞くなら紛うことなき修羅場である。比良坂先生には誰か想い人がいて、誰かと三角関係なのだ。美里は心配になった。比良坂と仲良くするにしたがって、槙乃は比良坂先生ともかなり親しくなっている。アン子がなにか心当たりがあるのか、比良坂先生と槙乃の関係を深読みしてからかっては槙乃に怒られているのだ。気になる人なのは事実だろう。明らかに槙乃が比良坂先生に向ける眼差しは他の男性に向けるものとはどこか違うものだ。

今の比良坂先生は、発狂している、といっていい。あこがれおぼれて、いわば恋以上の恋ともいうべきものを崇拝的にささげているようだ。美里が龍麻に向ける好きとは全然違う。激情をもてあまし、狂った独占欲が破裂している。ひょっとしたら、それが正しい好きなのかもしれないと思ってしまいそうなほど迷いがない。そのまっとうさに、眩暈がする。

比良坂先生は携帯を折りたたみポケットに入れた。

「......槙乃さんに美里さんか」

今気づいたようで、ばつが悪そうな顔をしている。

「どうされたんですか、英司さん」

「いや......紗夜が君を待っていないかと思ってね」

「紗夜ちゃんですか?紗夜ちゃんだったらたしか、小蒔ちゃんが......」

「小蒔がゆきみヶ原高校の友達と一緒に遊びにいくって......」

「ああ、そういえばそうだったな......すまない。ありがとう。頭がそこまで回っていなかったよ」

比良坂先生はためいきをついた。冷静さを取り戻したようだ。

「槙乃さん、紗夜をよろしく頼む」

「はい、電話がかかってきたら、また迎えをお願いしておきますね」

「ああ、そうしてくれ。紗夜は君のいうことなら聞くようだから......」

どこか寂しそうに比良坂先生はいう。比良坂がひとり立ちするのが寂しいのかもしれない。ここにいても仕方ないから、と帰ろうとした比良坂先生を槙乃が呼び止めた。時諏佐家にいれば紗夜は帰ってくるのだから話をすればいいと誘った。比良坂先生は迷っていたようだが、槙乃が押し切った。

「そうだ、君たちは奇跡を信じるか?」

帰りの道中で比良坂先生はそんなことを言い出した。

「奇跡ですか?」

美里は槙乃と顔を見合わせた。

「私は......幼い時から神様を信じています。だから、奇跡も信じています」

「葵ちゃん、キリスト教徒ですもんね。私は......そうですね。やれることをやった後なら信じてもいいかもしれません。起きたらうれしいし、起きなかったらそれまでです」

「ぼくは───────......君たちのように強い人間じゃなかったからな......奇跡なんてないと思って生きてきたよ。あるのは必然だけだ。運命論を信じている訳では無い。もし奇跡があるのなら、起こらなかった場合のことをどうしても考えてしまうんだ。大切な人を失うことになったとき、その死は意味がないことになってしまう。まったくの無駄死にだ」

「なるほど......」

槙乃はうなずいているが、比良坂先生は自分に言い聞かせているように美里には思えてならなかった。なにかいおうにも言葉が出てこない。美里は槙乃や比良坂を通してしか比良坂先生と話したことがないのだ。

「そうでなければ、あの日起きた飛行機事故で両親は死ななかった。父さんも母さんも紗夜を守ってしなずにすんだ。かつて僕には夢があった。医者になる夢だ。両親があんな死に方をしたから尚更かもしれない。医者になって苦しんでいる人を助けたり、誰かの命を救ってあげたかった。だが、それは紗夜が看護師になりたいという夢を話してくれたから、代わりに叶えてもらうことにしたんだ。紗夜には僕しかいなかったからな」

「英司さんが先生を選んだのはそういう理由からだったんですね」

「もう10年以上前の話だ。すまない、こんな話をして。ぼくは......いや、なんでもない」

その先も会話は続いていたが、美里は自宅に着いたので2人に別れを告げたのである。

その日の夜、美里の家に電話がかかってきた。時諏佐校長先生からだった。まだ槙乃が帰ってきていない。なにか知らないかとひどく狼狽した様子でまくしたてられ、美里は比良坂先生と家に帰ったのではないかと聞き返した。近くには比良坂もいるようで、会話が聞こえてくる。兄とも連絡がとれないと比良坂は半泣きになっている。

美里はすぐに龍麻たちに電話をして、早朝にでも槙乃を探すことにしたのである。警察に任せて一夜明けても見つけられないなら、と校長先生に言われたからだ。鬼道衆による被害拡大を懸念しているのだと察した。



健康的なレジャー施設に漂う《邪気》はどこからくるのだろうか。品川区民公園にて、美里たちはあたりを見渡した。

縦に約1キロ、横に約200メートルという縦長の憩いの場は、桜の広場、スポーツ広場、噴水広場、遊びの広場、潮の広場という5つのゾーンにわかれている。工場街、運河、高速道路、鉄道が背景にあるため、大都会の真ん中にある憩いの場といった雰囲気だ。それぞれに桜並木があり、テニスコートやグラウンド、プール、キャンプ場とリフレッシュできる充実した設備がそろう。

中央正面奥の水と石のオブジェは、子供の絶好の遊び場になっていた。その先を行くと勝島の泉の入口に抜けることが出来て、なにかのアートなのか巨石群が存在感を放っている。ストーンヘンジか墓場のように見えてしまい、美里はあわててかぶりをふる。今はそれどころではない。

さざなみたつ砂浜がよく見えるのは、人口池、勝島の海だ。初夏とあってか、運河から漂ってくる潮風もあいまって、涼みにきた子供たちの活気がたえない。レストランドルフィンが水面に張り出しているのを見ながら、美里は髪をかきあげた。

龍麻が仲間に手分けして《邪気》の正体を探そうと提案してきた。美里も龍麻と共に槙乃を探す。

「......槙乃ちゃん......」

美里は懸命にあたりを探した。美里は槙乃のように《氣》を探知することはできないから、考えるしかない。小手先の施設でなにかを隠そうとしても無駄だから、怪しい《氣》が流れてくる方向から施設を探すしかない。

ひたすらに探していた、その時だ。

「───────ッ!!」

強烈なデジャヴが美里を襲った。足を止めた美里は辺りを見渡し、少しずつ歩いていく。急に歩くのをやめた美里を不思議そうに龍麻たちがみている。

「ここだわ」

それは見た事があった。

「燃え盛る研究所から逃げ出したとき、最初に見えた景色は、ここの......」

伸ばした木の幹には、今なお消えない焼けたあとが残っていた。

「ということは、この先の......」

美里は反射的に振り返る。そして走り出した。美里の反応に何か見つけたと思ったのか、龍麻たちはその後をおいかけはじめた。

「あった......」

美里は森の中で不自然に平地になった場所に出た。焼け落ちたあと、埋め立てられたのか見るかげもないが、足元の砂利がどけられたあとがある。そこを掻き出してみると、地下への入口があった。



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