憑依學園剣風帖28 友完

緋勇は悪夢を見た。間に合わない夢だ。

醍醐に案内されて、廃屋にたどり着いた時には全てが遅かった。どうやらハトのサイズの頭に寄生する蟲は、夜になると活動が活性化するらしい。緋勇たちの前に現れたのは、すでに蟲による記憶操作をうけ、精神を侵食され、自我を蟲の都合のいいように改変された凶津だった。

不良たちを倒し、凶津のところまで辿り着いたが、比良坂紗夜を人質にとられ、思うように動けない間に鬼道衆の風角(ふうかく)を名乗る鬼の面をかぶった男が強襲したのだ。鎌鼬のような《力》をつかう男だった。

《我々を狩る《力》を持つ小賢しい輩よ》

《夜の混乱は我々の至福》

《恐怖より生まれし闇は我々の糧》

《我々を否定する者よ》

《これ以上邪魔だてするならば、屠ってくれる》

風角は凶津に時間切れだと宣告した。

「これ以上は待てぬ。面倒ごとになる前に屠ってくれる」

風角は比良坂と時諏佐の首をはねた。この瞬間に緋勇たちは風角が凶津をそそのかして《力》を与え、事件を引き起こさせたあげくに、蟲の寄生による時限爆弾で後戻りさせないようにしたのだと知った。凶津は凶津なりの筋を通そうとして今のような事態に陥っているのだと知った。なにもかもが遅かった。

風角はいうのだ。時諏佐がいなくなった今、邪魔だてする者は誰もいないのだからこころおきなく《鬼》になれと。そこで緋勇はかつて莎草が成り果てた化け物が《鬼》になりそこなった妖魔だと知った。

また救えなかった。人として終わらせてやれなかった。絶望しながらも戦う緋勇たちに凶津から変異した妖魔はあまりにも強かった。

そして、世界が砕け散る音がした。

「 龍麻、龍麻ッ、なにボーッとしてんだよ。アン子が呼んでるぜッ」

蓬莱寺に揺さぶられて目を覚ました緋勇は、どういうわけか世界が逆もどりしていることを知った。いつの間にか放課後になっている。

蓬莱寺に緋勇ではなく龍麻と呼ばれていることにちょっと驚く。あの時は、蓬莱寺の目の前で緋勇が風角の《力》にトドメをさされる瞬間に初めて龍麻と呼んだはずだった。

「なんで名前呼びなんだよ、いきなり」

思わず返した緋勇に、蓬莱寺はあわてて飛び退いた。イタズラがバレた子供のような顔をしている。

「お、起きてんのかよッ!びっくりさせんなッ!」

「びっくりしたのはこっちだよ」

「いや〜だってさァ、醍醐も美里も桜井もいつの間にか、緋勇から龍麻に変わってんじゃん?な〜んか俺だけ緋勇ってのもなァ......と思って、ちょっと練習を......だな......」

「俺は最初から京一って名前で呼んでるんだから、そんな気にしなくてもいいんじゃ?幼稚園じゃあるまいし」

「うっ、うるせ〜なッ!俺だってそこまで考えてね〜よッ!ノリだ、ノリッ!」

緋勇に冷静に指摘されて気恥ずかしくなってきたのか、蓬莱寺は怒り出した。まわりの反応をみるに時間が巻き戻ったことを把握しているのは緋勇だけのようだ。なぜなのかはわからない。

でも、やり直すことができるのならば、やるしかないだろう、と緋勇は考えた。《力》に目覚めてから、緋勇はずっと奇妙奇天烈な出来事の只中にいるのだ。時をかける少女よろしく時間が巻き戻ったところで、なんらかの《力》が働いたのだろうと軽く受け止めた。判断するにしてはあまりにも状況証拠がなさすぎる。

緋勇はとりあえず遠野の話を聞くことにした。そして。

「待ってくれ、アン子。石になる速度がゆっくりになってるのか?」

それは桜ヶ丘中央病院に入院している真神の空手部員の病状についての話を聞いている時だった。緋勇はたまらず口を挟む。

「え?そうだけど。いきなりどうしたの、龍麻君」

「思ったんだ。なんで今のタイミングで石になる速度がゆっくりになるんだ?今まで速度なんか変わらなかったのに。まるで処理落ちみたいな」

緋勇の上手く言葉に出来ないニュアンスを拾い上げてくれたのは時諏佐だった。

「そういえば、女の子を誘拐していた時はいつも1人ずつでしたよね、アン子ちゃん。今回は一夜にして4人です」

「えっ、待って待って待って、ってことはまさか」

「そのまさかかもしれないぞ、みんな。アン子が今いったじゃないか。一度にたくさんの人間を石にするには限界があるから遅くなる。また遅くなったなら、誰かが今まさに───────」

その瞬間に椅子がものすごい音を立ててひっくり返る。衝動のあまり立ち上がったのは醍醐だった。蓬莱寺がどうしたんだと醍醐の肩を叩く。みんなの心配そうな顔を見渡して、醍醐が一番最初に放った言葉は、すまない、だった。

それから緋勇は迅速に動くようこころがけたし、誰も疑問を挟む者はいなかった。鎧扇寺の空手部に話を聞きに行くグループと凶津と醍醐の思い出の場所を虱潰しに回るグループにわかれ、初めから回るところを共有した。大体の移動時間からみんながいるところを把握出来るようにしておいて、みんなで凶津の居場所を探し回った。

そして。

「うるせえ、時諏佐を殺すってことは、3年前の俺の怒りすら否定することになんだよッ。そんな筋の通らねえことができるかっ!」
 
凶津が鬼道衆の風角に吠えているところに緋勇たちは遭遇することになる。醍醐は3年越しの凶津の真意を聞くことになり、時諏佐は予め緋勇が渡しておいた即死を1度だけ回避出来るアイテムにより、間髪で即死を免れることになったのである。

「お前は人質ぞ。奴らを抹殺するためのな。のう、《力》のある者共よ?これより先、お前たちが我々に抵抗することを禁ず。守らねば比良坂紗夜の首が飛ぶぞ」

「鬼道衆ッ!お前は黙ってみてやがれ、俺の戦いに邪魔すんじゃねェッ!」

凶津が吠える。

「......そうだな」

醍醐が返した。そして悠然と向かっていく。

「醍醐......?」

「俺達の喧嘩に、手出しは不要だ。そうだろう、凶津。掌底・発勁ッ!!」

特異の練気法と呼吸で高めた剄力を掌から遠間へと放つ気孔術が凶津を襲った。醍醐は緋勇が以前正体不明の少年からもらった蟲を追い払うことができるブローチを預かっており、そこから放たれる《氣》を込めて凶津にぶつけたのだ。

凶津はいきなりの攻撃に対応できず吹き飛ばされて壁に激突する。ずるずると地面に落ち、凶津は猛烈な吐き気がしたのかげえげえ吐き始めた。ブワッと黒いなにかが凶津から溢れ出したかと思うと、ハトくらいのサイズながら邪悪な《氣》をまき散らす蟲が出現した。

「......ちぃ、余計なことを......」

「破岩掌ッ!」

醍醐はすかさず蟲が新たな犠牲者の頭に寄生する前に、体内で練った気を、掌より一気に放つ。その威力は大岩をも砕くほどであり、廃屋の壁の一角が一瞬にして吹き飛んだ。

「これでいいだろう、凶津」

「あァ......久しぶりに効いたぜ......これで俺らの邪魔をするやつはいなくなったわけだからなァッ!」

凶津と醍醐が相対する。余計な邪魔だてをされないよう、緋勇たちは風角をとりかこんだ。

「ふん......心に影を持つ者を操ることなぞ造作もない。《鬼》に出来ぬのが悔やまれるが、まあいい」

風角が凶津を慕って集まっていた不良たちになにかを取り付かせた。襲い掛かってくる不良たちに緋勇は舌打ちをする。

美里と桜井、高見沢に後ろに下がるよう指示を出し、男性陣には壁になるよう叫ぶ。時諏佐と藤咲にはその後ろから追撃を頼む。桜井はこの状況を突破できる切り札だから温存しなくてはならない。美里に壁役たちの守備力をあげるよう告げ、襲いかかる者たちをのしていく。

桜井の一閃が風角の皮膚を掠め、一瞬の動揺を逃すことなく蓬莱寺と緋勇は風角に《氣》を叩きこんだ。ふっとばされた風角はそのまま跳躍して屋上にむかう。緋勇は比良坂をかかえて走り、美里と高見沢に救護を頼んだ。人質がいなくなり、自由が効くようになった仲間たちの動きが格段によくなっていく。蓬莱寺たちが不良を倒していく中、緋勇は風角を見上げた。

「風に乗りて歩むものよ」

時諏佐が風角に凍傷を負わせた。

「お前は絶対に許さないッ!雪連掌!」

体内で練った凍気を乗せた掌打が放たれる。雪中に咲く睡蓮の花を模しているそれは、凍傷によりさらなるダメージを産む。

「ぐっ......おのれ!」

報復に放たれた鎌鼬は強烈だったが、あえて緋勇はうけた。すぐに追撃しようとしたのだが、やはりまともに受ければ首が飛ぶレベルのダメージである。ふらついて軌道がズレ、激突した《氣》が瓦礫の雨を振らせた。

「くそッ」

緋勇は拳を壁に叩きつける。

「まあまあ、俺達が本気出せばこんなもんだって宣戦布告できたんだからいいじゃねえか。な、龍麻ッ」

緋勇は顔を上げる。

「龍麻君ッ......!」

美里があわてて《力》をつかい、治療を始める。

「よかった......無事で本当によかった......あえて受けたのだと思うのだけれど、無茶はしないで......」

「あァ......うん、ごめんな美里。ちょっと頭に血が上ってさ、つい」

緋勇は頬をかいた。

「護りたいものがあるから、そのための《力》だと信じていると教えてくれたのは龍麻君よ。だから、どうか、どうか一人で突っ込まずに私たちにも手伝わせてください」

「そうだぜ、龍麻。な?」

蓬莱寺の言葉に誰もがうなずいている。ようやく今回はうまくいったのだと実感が湧いてきて、緋勇はためいきをついたのだ。

しばらくして、醍醐と凶津の決着は、3年前の時と同じように醍醐に軍配があがり、比良坂が目を覚ました。桜ヶ丘中央病院に2人を連れていく道すがら、緋勇は風角の奇襲を警戒しているのか最後尾を歩く時諏佐に声をかけた。

「槙乃、凶津が《鬼》にならないよう術をかけていたってほんとなのか?」

「ほんとに効果があるのかは半信半疑だったんですが、効果抜群だったようですね。凶津君が無事でよかったです」

「そうだな。でも次からも鬼道衆は槙乃を真っ先に潰しにかかると思うから、気をつけてくれ」

「そうですね、今回はヒヤヒヤしました」

「ほんとだよ。今度は如月んとこで高い防具を買わなくちゃいけないな」

「えっ」

「なにが、えっだよ。俺が渡してたアイテムなかったら、死んでたんだぞ。なあ、みんな」

緋勇は笑いながら時諏佐を前に押しだす。2度目はないように気をつけなければならない。

prev next


×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -