憑依學園剣風帖27

廃屋の真ん中。不良たちがたむろするその奥で、凶津は不機嫌そうに穴が空いている天井を見上げた。

「気に入らねぇな......コソコソ俺の様子をうかがいやがッて。えッ、鬼道衆ッ!いるんだろ、でてこいッ!てめーにいいたいことがあるッ」

怒鳴る凶津に緑色のお面をつけた男が現れた。

「主があの男を本気で殺せるかどうかそれを見届けにな」

「......ならなんで、醍醐の惚れてる桜井小蒔って女を連れてこなかった。話がちげぇじゃねーかよッ!誰だこいつはッ」

指さす先にはぐったりとしている紗夜の姿があった。

「比良坂紗夜は醍醐の仲間だ。なんの不満がある?石にしないのか?人の情とは不思議なものよ。稀代の剣豪もそのために命を落としたという」

「そんなんじゃねェ......話が違うっつってんだよ。俺にこの《力》と《鬼》になる《力》をくれたくせに、その起動になるはずの女がいなけりゃ意味がねェじゃねえかッ!醍醐が本気で俺に向かってくる最高のシチュエーションには、桜井小蒔以外の人質は成立しねェんだよッ!直接関係ない女を狙って、あいつが疑問を挟む余地が出来ちまった瞬間に俺が《鬼》になるタイミングがズレちまうじゃねぇかッ!」

「ふん、くだらぬカタルシスに縛りおって」

「───────けッ、てめぇらにはわからねえだろうが───────
人間にはなあ、その情ッてやつを支えにして生きている。その情ッてやつのおかげで信じられねェ力が出せる時がある......。俺は───────醍醐に出会ッてからそうやッて生きてきた」

「ふッ、くだらぬ。やはり、曇ッた太刀で人は切れぬか」

「けッ。てめェのいうくだらねえ人の力ッていうのが、どれほどのものか見せてやるぜ」

「愚かな」

「醍醐の次はてめーだッ」

「しかし......その女を石にしなければ、他の女たちは醍醐が来る前に石になってしまうのではないのか」

「だから、なんでこの女なのかってきいてんだよッ」

「お前が比良坂紗夜も時諏佐槙乃も拒否するものだから代わりに手始めにさらってやっただけだろう」

「理由もなしで納得できるか」

鬼の仮面をつけた男は笑った。男はいうのだ。鬼を勘違いしているのではないかと。

鬼は民話や郷土信仰によく登場する逞しい妖怪とされている。一般的に描かれる鬼は、頭に二本、もしくは一本の角が生え、頭髪は細かくちぢれ、口に牙が生え、指に鋭い爪があり、虎の皮の褌や腰布をつけていて、表面に突起のある金棒を持った大男の姿である。

元々は死霊を意味する中国の鬼が日本に入り、日本に固有で古来の「オニ」と重なって鬼になった。「オニ」とは祖霊であり地霊である。

古来の鬼とは、「邪しき神」を「邪しき鬼もの」としており、得体の知れぬ
安定したこちらの世界を侵犯する異界の存在である。「おに」の語はおぬ(隠)が転じたもので、元来は姿の見えないもの、この世ならざるものであることを意味する。そこから人の力を超えたものの意となり、後に、人に災いをもたらすイメージが定着し、さらに陰陽思想や浄土思想と習合した。

社会やその時代によって異界のイメージが多様であるからで、まつろわぬ反逆者であったり法を犯す反逆者であり、山に棲む異界の住人であれば鍛冶屋のような職能者も鬼と呼ばれ、異界を幻想とたとえれば人の怨霊、地獄の羅刹、夜叉、山の妖怪など際限なく鬼のイメージは広がる。

「生まれながらにしてまつろわぬ民と蔑まれ、抑圧され、やがてその憤怒が変生を身につけるに至った者とは違う。おぬしがなる《鬼》は、憎しみや嫉妬の念が満ちて、変生(へんじょう)し、人が鬼に変化する術によるものだ。それすなわち、外法(げほう)という。仏教の法である仏法(内法)に対し、仏教から見た異教による妖術よ。生半可な覚悟でできるものではないわ」

男はいうのだ。人の道に背き、邪悪な心を持った者。真理に外れた教えに傾き、すべての結果には必ず原因があるという因果の道理はから外れる者。真理に反した道を生きるのだから、この世も未来も苦しまなければならなくなる。それでもなお消えぬ激情があって初めて人は鬼になる。お前はどうだと。

「俺は......醍醐を恨み、憎むことで鬼になるんだ。俺のこの邪手の《力》と奴らの鬼の《力》そのふたつがあればもう怖いものはねェ」

「嘘だな」

「なんだとッ」

「お前はまだわかっておらぬようだ。比良坂紗夜と時諏佐槙乃はお前の願いを邪魔だてする女だというのにまだわからないとはな」

男は嘲笑する。

「人は《氣》を陰陽のバランスを意図的に崩すことで初めて鬼となる。時諏佐はそのために必要な陰の氣を取り込めなくする術を使う。お前が以前逃げ延びる際に鬼になれなかったのはそのためだ。こちらが直接陰の氣をそそいでもいいが、お前の覚悟程度では理性を失っただだの妖魔としての《鬼》に成り下がるだろう。比良坂の《伊邪那美》の《宿星》はあやつらに加護をあたえる。それは最適な未来を掴むための加護、貴様が《鬼》となるのは2人を抹殺せねば話にならん」

「それは......」

凶津はいいよどんだ。

「時諏佐ってあれだろ......時諏佐槙絵っていうばーちゃんの孫かなんかだろ......」

「それがどうした」

急に威勢をなくした凶津に男は笑うのだ。

「所詮は人か。みすみす敵を見逃そうとするとはな。所詮は人のなせる業か」

「うるせえ、時諏佐を殺すってことは、3年前の俺の怒りすら否定することになんだよッ。そんな筋の通らねえことができるかっ!」

凶津は叫ぶ。

かつて時諏佐という担任に救われたから今度は俺がお前を更生させてやる番だと笑った担任がいた。昔やんちゃをしていたと笑い話をしては学校に来いと性懲りも無く自宅訪問を続けていた。生活保護などを進めて家庭環境を改善しようと口うるさい生活指導員の女がいた。3年間のうちに凶津の周りにはいつしか、まともな大人が手を差し伸べようとしていた。誰もがいうのだ。醍醐雄矢から話は聞いた。大丈夫かと。

そのすべてをアル中の父親が潰したのだ。暴力を振るい、怪我をさせ、追い出してしまう。そして、3年前のあの日、凶津は父親が担任の胸ぐらをつかみ、包丁をさそうとしていた。口論になり逆上しての強行だった。このままでは自分はおろか担任まで終わる。この男がいるせいで。そんなことがあってたまるか。

気づいたら凶津は父親を滅多刺しにしていて、担任が止めていなかったらトドメをさしていた。どのみち出血多量で意識不明の重体になったから、死ぬかもしれなかった。生き残ったと聞かされた時はしぶといやつだと本気で思ったものだ。

醍醐に出頭を促されたとき、かっとなった。途中から見限って距離をおいていたくせに、なにを今更友達づらして目の前に現れたのだと。会話の流れから喧嘩になり、負けたのは凶津だった。廃屋のまわりはパトカーで取り囲まれ、通報してからの時間稼ぎかと絶望した。その時は裏切られたと思った。

そして、執行猶予はついたが、他に余罪がありすぎて罪をすべて精算したころには3年の月日が流れていた。そして、目の前に現れたのがこの緑色の面をした男である。

「お前が《鬼》になれようがなれまいが、これからこの街はもうすぐ我ら《鬼》の支配する国になる。鬼道衆に賛同する《力》を持つものと《鬼》たちの支配する国に───────。そう、まもなく狂気と戦乱の波に包まれるのだ。醍醐は鬼道衆に仇なす《力》に目覚める運命だ。鬼道衆に殺されるか、お前に殺されるかの違いだ」

「うるせェ、黙ってみてろ」

「そんな虚勢がはれるのも夜の帳がおりるまでだ。お前は否応なく《鬼》となるのだ」

「ちッ、いつの間にか気持ちわりぃ蟲なんざ仕込みやがって。ぜってえ日が落ちるまでに決着つけてやる。そして覚悟が半端じゃねぇことを証明してやる。見てやがれ」

(......凶津さん......そんな事情が......)

紗夜は必死で祈るしかない。鬼の面の男のいう意味がよくわからないが、時間が無いのはわかる。

(どうか......龍麻さん......みなさん......間に合って......どうか、どうか、このままじゃ凶津さんが......)

まぶたの裏が真っ暗になるまで紗夜は祈り続けていた。ぱきん、となにかが壊れる音がした。

「ちィ、やはり《伊邪那美》の《力》に覚醒していたか......面倒な」


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