憑依學園剣風帖26

凶津を現行犯で捕まえることには失敗したが、遠野の証言により、詳細の情報を得ることができた。まず制服を着ていたことから男子高校生であること、派手な装飾をつけていたから不良であること。そして醍醐ほどの巨体の男であるということ。

凶津の声を聞いてから挙動不審気味な醍醐をみんな気にしていた。私も粘ってみたのだが醍醐ははぐらかすばかりで何も言わず、そのまま解散となってしまったのである。

そして、翌日の早朝のことだ。

「ちょっと、ちょっとッ!!大事件───────ッ!!」

「───────うるさいなァ。入ってくるなり、どうしたのさ、アン子」

「はァ、はァ、とにかく大事件なのよッ!!」

「うふふッ。アン子ちゃんったら、そんなに息をきらせて......なにか......あったの?」

「何かあったの?じゃないわよ、美里ちゃんッ!あッ、龍麻くんもいるのね。ちょうど、良かったわッ。えェと、あと......京一はッ!?」

「京一なら───────授業が終わったことにも気づかずにまだねてるけど?」

「寝てる───────!?」

「あッ」

「ちょっと、京一ッ!!起きなさいよッ!!こらッ、京一ッ!!」

「アン子ったら、すごい剣幕だね......」

「えェ......一体なにがあったのかしら」

「あ、京一のやつ、起きたみたいだよ」

寝ぼけている京一が張り倒された。

「さっそくだけど、京一ッ。昨日、何を見たのか話を聞かせてッ!」

京一は誤魔化そうとしたのだが、また張り倒された。醍醐がぼろを出してしまったために、緋勇は桜井、美里、私も呼んで昨日目撃した話を聞かせてくれた。

昨日の夜、真神の空手部員が一晩で襲われたというものだ。空手部は近々全国大会に向けた都大会を控えていたのだが、今回の件で出場を危ぶまれているというのだ。西新宿4丁目の路地で2人、花園神社と中央公園で1人ずつ。現場には激しく争った形跡もなく───────通行人や付近の住人から、西新宿署や派出所に犯人を目撃したという届けは出ていない。負傷した3人は巡回中の警察官によってすぐに病院に収容。現在、重症で面会謝絶。収容先の病院名は新宿区桜ヶ丘中央病院。

残りの1人は3人の高校生により送り届けられた。そう、緋勇、蓬莱寺、醍醐の3人である。

産婦人科に運ぶのはおかしい。負傷した男子空手部員の怪我が普通じゃないと考えるのが自然だ。桜ヶ丘病院は普通とは違った特殊な治療が可能な病院だ。

探偵のように事実を突きつける遠野に醍醐たちは観念して話し始めた。


「あーあーッ。こんなに暗くなっちまって......やっぱ部活はやるもんじゃねェなァ」

「おいおい、お前なァ。それが仮にも部長のいうことか?どうせ、月に1度くらいしか顔も出てないんだろう?」

「構いやしねェよ。実務は全部、有能な副部長がやってるさ。ッたく、あいつらも、お前らも、こんな時間まで、よくやるよ。どいつもこいつも青春の無駄遣いだぜ」

「はははッ。お前とは、青春の対象が違うからな」

「ふんッ」

「それよりも、今は空手部の奴らの方がはりきってるぞ。もうすぐ、全国大会出場をかけた、地区大会があるからな。今年こそ、目黒の鎧扇寺学園(がいせんじがくえん)に勝って、優勝できるといいんだが」

「その、がい......なんとかってとこは強いのかよ」

「あァ。ここ2年、うちと優勝争いをしている高校だ。一昨年は真神、去年は鎧扇寺が優勝している。空手部の部長も、今年は相当気合いがはいっているだろう」

「なるほどねェ。俺に言わせりゃ、お前らみんな不毛な高校生活を送ってるぜ。何が悲しくて、汗臭い男に囲まれた青春送んなきゃなんねェんだよ」

「はははッ。まァ、人それぞれと───────、」

悲鳴の先に駆けつけてみれば、真神学園の生徒が倒れていた。空手部の2年生だった。襲われた部員に特に外傷はなかったのだが、まるで石のようになっていた。鎧扇寺に襲われたといいのこした男子生徒はそのまま気絶してしまった。そして桜ヶ丘病院に連れて行ったのだという。すでに犯人らしき姿はなかった。

大会を控えた有力選手ばかりが狙われているのだ。容疑者は真神の空手部を潰したいヤツらの仕業と考えるのが自然だ。

そして、遠野は電脳研究会に持っていったデータを拡大処理してもらった写真を見せてきた。電研は文系のなかでも閉鎖的な部活だが、部長の秘密を握っている遠野はむりやりやってもらったらしい。そこには鎧扇寺の学生ボタンがあった。

「4人の容態はさっき1人の意識がもどったそうなの。石化はすすんでるけど、前よりゆっくりになってる。たかこ先生がいうには、一度に大人数を石化させるには限界があるんじゃないかって」

「だからそのスピードがおちたってことか」

「犯人の特徴なんだけど、やっぱりスキンヘッドで。こっからは新情報なんだけど二の腕に大きな刺青がある男らしいわよ」

遠野は取材メモを見ながらいうのだ。

「比良坂ちゃんと高見沢ちゃんから聞いた話なんだけどね、最近都内の病院で死んだ患者の遺体が消えるらしいの。桜ヶ丘ではそういう事件はないらしいんだけど、新宿近辺の他の病院は結構被害にあってるみたいね。目撃者は今のところいなくて、この件には警察も介入してないわ。病院は遺体が盗まれたなんてなったら信用問題だからなんとかもみ消そうとしてるって話よ」

なんだか熱が入ってしまったようだ。

「現実に起こりつつある怪奇事件の真実を、克明に伝えることにより、平和に溺没しきった社会に警鐘を鳴らすことがあたしの使命なの。逃げ惑う民間人の中を、命を省みずに報道のために進んでいく。安心して───────あくの秘密結社に捕まったとしてもみんなのことは喋らないから」

「悪の組織ってあのなあ」

「アン子ちゃん、なにいってるんですか。そんなときこそ私たちの名前をいってもらわないと助けられないですよ」

「おい、時諏佐」

「あァ、これこそがジャーナリストの鏡っ!そしてかけがえのない友情の姿なのねっ!ありがとう、槙乃っ!やっぱアンタは最高だわ!ジャーナリズムも友情も本来そうあるべきなのよっ!というわけで、荒事になりそうなそっちはどうせあたし、置いてきぼりになるわけでしょ?ならこっちの事件追いかけてみることにするわね」

嵐のように去っていったアン子を見送り、裏密が緋勇を気に入って仲間に加わったりしながら、緋勇たちは鎧扇寺学園にやってきた。空手部は体育館脇の道場にあるという。全国大会で優勝するだけあり、さすがに設備が違う。

中に入ると、ひとりの男子生徒が瞑想していた。彼の名前は紫暮兵庫(しぐれひょうご)、鎧扇寺学園3年だという。

「......そろそろ来る頃だとは思っていた。魔人学園の者だな?1度会いたいと思っていたよ」

「奇遇だな、俺たちもだ」

「俺に、選択肢はあるのか?力ずくでも聞き出そうって顔だぜ?......よっと。俺の名は、鎧扇寺学園3年の紫暮兵庫(しぐれひょうご)。空手部の主将をしている」

「そうか、俺は真神学園3年の緋勇龍麻。部活には入ってないけど、古武道を嗜んでる」

「緋勇とかいったか、いい目をしている。真っ直ぐな武道家の目を。嗜んでるとは謙遜だろう」

「どうだろうね」

緋勇はここにきた事情を説明し始めた。

「なるほどな......それでわざわざうちの高校に来て、真神の空手部と繋がりのあるここに足を運んだってわけか。迷惑な話だ」

紫暮は笑い飛ばす。蓬莱寺は挑発と受けとり怒るが緋勇が制した。

「あんたの所の生徒がどうなろうとうちには関係のない話だ」

醍醐がわってはいる。

「紫暮、単刀直入に聞きたいんだが、今話したことに心当たりはないか?」

「......俺が口で否定したとして、お前たちは信用できるのか?」

「被害者が碑文公園なのは話しましたよね」

「うん?」

「私は新聞部として調査をしている過程で鎧扇寺学園の生徒さんも朝練をしているのを見かけました。朝早くからだったら、見かけた場合もあるのではないかと思ったんです。その報復として擦り付けられた可能性があります。制服を盗まれた、といった被害は確認できませんか?」

「ふむ......残念ながら、うちの部員にも雑なやつがいてな。ボタンをなくした、なんてのはよくある話だ。制服を盗まれたとは聞いていない」

「そうですか......」

「あんたがどうだかは知らないが......その人数でわざわざここまできたということは、闘う覚悟があるということじゃないのか?新聞部だそうだが、武芸を嗜んでいるだろう?残念だが───────俺にはその覚悟を打ち消すほどの確固たる証拠がない」

「つまり、証拠はないがやってない」

「さァな......どうだ?俺のいうことが信用できるか?」

「俺の直感だと、あんたは嘘をついていないと思うな」

「ほう?会って間もない俺をそこまで信用するのか。器がでかいのか、はたまた、ただのマヌケか───────面白い男だな。だが、俺も武道家の端くれだ。拳を交えることで無実を証明してみせよう」

なんと紫暮はひとりで全員を相手するというのだ。そんな主将を慕わない部員がいないわけがない。加勢させてくれと部員がおしかけてきた。いくら無実を証明したいとはいえ、最後の大会にあらぬ疑いをかけられて私闘に付き合うのは人がよすぎると怒られている。

残念ながら被害者のことを思うと時間が無いため、実力行使となった。

「わははははっ、そんなでかい図体で情けない顔をするな。こっちも挑発したんだ。お互い様だ。実はな、醍醐って男と一度手合わせしてみたかったのさ」

紫暮はどこまでも快活な男だった。

「大会前の部員が襲われれば、当然関係者も疑われる。もしも鎧扇寺の部員が襲われていれば、俺も真神を疑ったろうな。もしかすると───────犯人は鎧扇寺の名をおごり、俺とあんたたちを戦わせて、潰し合うのを狙って、今回の一件をしくんだ可能性があるな。事実を知ってしまった以上、俺も無関係というわけにはいかん。俺も犯人探しを手伝おう」

「ありがとう、紫暮。これからよろしく」

「ああ。そうだ、参考になるかわからんが、数日前にうちの部員がこの当たりで不審な男をみたといっていたぞ。やけに派手な装飾をつけたスキンヘッドの男だそうだ。左の二の腕に大きな刺青があったとか。高校生くらいらしいがこの当たりじゃ見ない顔らしい」

いよいよ醍醐は顔色が悪くなったのである。杉並区にある高校生から果たし状がきたと遠野が追いかけてきてくれたのだ。私は青ざめた。紗夜が人質になっていると言われたからである。桜井がここにいるから安心しきっていた。動揺する緋勇たちをみて、意を決した様子で醍醐は口を開いたのだった。

「どんなに喧嘩が強くても、いくら頭の回転が早くても、人は───────大切な存在を前にして、時にどうしようもない自分の無力さを思い知らされる。俺はあの日───────あの時、どうすべきだったのか───────」

醍醐は5年前杉並桐生中学に入学した。自分がどれだけ強いのかを試すために相手を選ばず喧嘩ばかりだった。決して満たされない飢えと手に入らないなにかへの羨望に満ちた目だった。相手も自分も傷つけることしか知らないようだった。だから醍醐とつるむようになっていく。

醍醐は手加減や節度を覚えた。内なる狂気をどんな時になんのために使うべきなのかわかり始めていた。凶津の黒い炎は衰えを知らず、喧嘩をこえた暴力となっていた。チンピラの大将になっていた。障害、窃盗、婦女暴行、定職についていないアル中の父親との生活が拍車をかけた。醍醐は止めることができなかった。

中三の冬に逮捕状が出た。罪状は殺人未遂。父親は病院に運ばれて意識不明の重体。醍醐はかつてよくつるんでいた廃屋で見つけた。

助けてくれといわれた。

警察からか、すさんだ環境からか、壊れていく自分からか。わからなかった。醍醐とかつての親友はもはや理解者同士ではなくなっていたのだ。醍醐は自首するよう進めたが、お前は変わったと詰られた。醍醐は目を覚まさせるために喧嘩して醍醐が勝った。

警察が連れていく時、凶津は1度も醍醐を見ようとはしなかった。

「杉並区にいこう。俺にしかわからない場所ということは俺がやつと最後に戦ったあの場所しかないからな」

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