憑依學園剣風帖23夢妖完

砂漠の世界に突如現れた侵入者に嵯峨野は完全に気が動転していた。誰にも見つからない、誰にもいじめられない、究極的に閉じた理想郷のはずだった。現実世界から逃げ込んだ夢の世界という名の自分だけの安全地帯がいきなり瓦解したのだから無理もない。

緋勇たちが《力》の影響を受けないと知った途端、嵯峨野はヒステリーを破裂させた。狂いだしたような叫びがひびく。憤激ぶりはどこまでも陰性で、真っ黒に顔色が変わり、癇癪を起こす。つまらないことを並べたて、癇を立てて、藤咲と言い争いの末泣き出した。

罪を償えと迫られるや、もう生きていけないなどとヒステリックにわめき散らし、肥大しきった自己愛を抱きしめて「死」という安全地帯へ逃避しようとした。藤咲がしっかりしろと激励する。泣き声がヒステリックに高くなった。藤咲は思わず耳をふさぎたくなる。この声だけはどうも苦手だ。

「落ち着きなさいよ、嵯峨野ッ!こいつらは美里を取り上げて、アンタの復讐を邪魔しにきたのよッ!」

「そうだ......そうだよね......そうだよ、悪いのはこいつらなんだ......僕は悪くない......悪くない、普通にしてるのに因縁つけてごちゃごちゃとやってきたのはあいつらなんだ......」

嵯峨野は明らかに錯乱していた。緋勇たちと既に自らの《力》で屠ったはずのいじめっこたちを混同している。

「殺さなきゃ殺さなきゃ殺さなきゃ殺さなきゃ殺さなきゃ殺さなきゃ」

「しっかりしなよ、嵯峨野ッ!こいつらは美里を奪いに来たやつだ!」

「───────ッ!!」

ぎょろり、と目が藤咲を向いた。藤咲は一瞬その瞳の奥に狂気をみてひるんだが、自分だけが嵯峨野の理解者だと自負する手前恐怖するわけにはいかないと思ったようで、嵯峨野を鼓舞する。

「殺さなきゃ......」

嵯峨野の世界が全力で緋勇たちを排除にかかる。嵯峨野が今まで受けてきたいじめの数々を具現化した有象無象が緋勇たちに襲いかかる。それは夢の世界の支配者たる嵯峨野の思う通りになんでも叶う世界のはずだった。

いじめっこのように恐怖で動けない中、ありとあらゆる責め苦を味合わせようと無数の手が緋勇たちに襲いかかる。だが、そうはならない。緋勇たちに近づいた一定の領域からそのイメージは具体像をもってあらわれ、ダメージが通るようになってしまう。

小学生、中学生、そして高校生、様々な姿の子供になってしまう。あるいは極めてチープな死神の姿になってしまう。

緋勇たちは金縛りなんてものともせず《力》を使う。夢の世界の支配者の権限はやはり通用していない。それに気づいた藤咲は、あわてて前に出た。

「どういう小細工を使ったのか知らないけど、アンタたちにはここで死んでもらうよッ」

藤咲はムチを振るう。その暗い行く手に向かって張り切り、今や決然とした意志を感じる《氣》は、強固な意思となり状態異常を伴って前線にたっていた緋勇に襲いかかった。

「させないよッ!」

叫んだのは桜井だった。ムチが弓矢に落とされ、たちまち弓矢は石化してしまう。

「怯える葵をこんな酷い目に合わせたんだ。君たちにどんな事情があろうと絶対に許さないッ!葵は返してもらうからねッ!」

弓を構える桜井の叫びに藤咲は舌打ちをした。

「それだけはできないわね、嵯峨野が望んでいることだから。ねェ、そこのアンタ。あたしのいうこと、わかってくれるでしょ?」

藤咲の標的は桜井の妨害が届く緋勇ではなく、射程外で死神と格闘していた蓬莱寺に向いた。藤咲の《力》は鞭を振るうことで麻痺・魅了などの状態異常にすることができるのだ。先程の石化を見ていた桜井が叫ぶ。

「京一、あぶないッ!」

「おそいねッ!」

いつもの蓬莱寺なら気づけただろう。避けられただろう。だが、《氣》を遠くに飛ばす術を思いついてからフル活用するようになっていた蓬莱寺は、群がる死神たちに目が向いていて、気づくのに遅れた。

「京一、大丈夫か?!」

近くにいた緋勇が叫ぶ。

それはなんという気持ちのいい音だろうか。定罰のような闇、膚をさく酷寒のような痛みが蓬莱寺を襲った。その痛みはたちまち快ちいい緊張した新しい戦慄となる。藤咲は残酷な調子でむち打った。

蓬莱寺が豹変した。いきなり緋勇に木刀を向け始める。

「あんのばか!ムチ打たれてるのに、なんで味方するんだよ〜!!ドマゾだったの!?」

「あの馬鹿......魅了にかかったようだな」

「あはは、京一のタイプっぽいもんなあ」

緋勇は苦笑いのまま、いつもより動きがぎこちない蓬莱寺の技をわざとうける。木刀をつかみ、そのまま叫んだ。

「高見沢さん、頼む」

「はあ〜いッ!まかせて!」

他を思いやる崇高な想いの結晶が蓬莱寺に安らぎを与え不調を取り除いていく。

「はっ、あ、あれっ!?緋勇ッ!?なんでお前、あれ!?!」

「目ェ覚ましたか、ドM」

「はいッ!?」

「さっさと自分の持ち場に戻れよ、ドMッ!変態!信じられない!」

「えっ、あの、小蒔サンッ!?」

「さすがに擁護できんぞ、京一。せめて敵数を減らして名誉挽回してくれ」

「なんなんだよ、醍醐までェッ!?」

「ああもううるさい、黙ってろ、京一ッ!今日一番の被害が京一のフレンドリーファイアなんだよッ!」

「まじで!?」

「あーもー、いいからいつもみたいに前線はってくれ、京一。あ、高見沢さん、京一の後ろにいてくれ」

「はあ〜いッ!」

「明らかに2度目があると思われてるやつッ!!くっそ、てめー!なんつーことしやがるんだ、俺の好感度ガタ落ちじゃね〜か〜ッ!」



そして。ヤケになった蓬莱寺ややる気満々の桜井、冷静に仕事をこなす醍醐が死神たちを屠り。美里と時諏佐の役目をひとりでこなし切った高見沢の支援がさえわたり。ほぼ全力で緋勇は立ち向かう。たった一人の臣下すら倒されてしまった砂漠の王は、緋勇に追い詰められていくことになるのだ。

緋勇の胸にあるブローチは、夢の世界に来てから、まるで新品のごとく金色に輝いている。錆はおろか、腐食すら見つからず、勝利を重ねるごとに輝きを取り戻していったブローチは、緋勇の胸元で怪しく輝いている。

「いぎゃあああああ!」

嵯峨野がのたうちまわり始めた。

《力》でありったけの拒絶を示すが怪しい光が不自然に荒れ狂う《氣》の流れがそれを阻む。突然緋勇を中心に発生した光はどんどん威力を増していく。

世界全体が揺れ始めた。夢の世界が嵯峨野の精神状態に感化されて揺らぎ始めたのだ。頑強に作られているはずの夢の世界はみるも無惨に崩れ落ち、瓦礫に変えていく。

気づけば緋勇たちは白髭アパートの一室に立っていた。依然として緋勇の周りは無風状態であり、歩みにあわせて光は防壁のように包み込んでいるようだった。ブローチが妖艶な輝きを放つ。それは光の爆発だった。一瞬にしてすべてを灰や塵にかえるほどの衝撃のあと、嵯峨野の体からぶわっとなにかが立ち上がり、消え去る。真っ黒ななにかだった。《氣》でも妖気でもない禍々しいなにかだった。

「───────あれは、あの時の蟲!」

嵯峨野はその場に崩れ落ちる。

「嵯峨野ッ!」

藤咲はあわててそちらにかけよる。

「嵯峨野、嵯峨野、しっかりするんだッ!ねえ、嵯峨野ッ!!」

必死で叫ぶ藤咲の横にかけてきたのは美里だった。

「頭を揺らしてはだめッ」

「!」

「さっきまで嵯峨野君はあの蟲が頭に寄生していたのッ!どうなっているのかわからないからじっとして!」

「なッ......あ、あれが......?」

藤咲は目を丸くするのだ。鳩の大きさ程もある不気味で禍々しい《氣》を放つ蟲が緋勇たちを疎うような挙動をしながら離れていく。美里は嵯峨野に《力》を使い始める。見える範囲の傷は消えた。

「あの蟲は赤い髪の男が寄生させたようなの。そのままにしておくと、どんどんおかしくなっていって、やがては廃人になってしまうわ。そうなると頭を弾けさせて出てくるの。私達は見たことがあるわ」

藤咲は心当たりがあるのか青ざめていく。

「藤咲さん、嵯峨野君がおかしくなっていったことに気づいていたのね」

「それは......その......」

「それは嵯峨野君のせいじゃない。蟲のせい。赤い髪の男は初めからそれを見越していたの」

「じゃあ、まさか......昼と夜とで性格が豹変するのも、自分でやった復讐に昼になると懺悔してたのも、嵯峨野がそれだけいじめに追い詰められて壊れたからじゃないっての......?嘘でしょ......?あたしはてっきり二重人格にまで追い詰められてるもんだとばかり......」

「どこまでが嵯峨野君の意思で、どこまでが蟲による意思なのかはわからないわ。それは1度しか会わなかった私より、ずっと寄り添ってきた藤咲さんだけが知っている」

「それは......そうだけど......」

緋勇がブローチが纏う《氣》を練り上げて蟲に放った。蟲は一瞬で掻き消えてしまう。

「これで新しい犠牲者がでることはなくなった。嵯峨野だっけ、はやく桜ヶ丘病院に連れていこう。藤咲は医院長に事情説明頼むよ」

「あ、ああ......わかったよ......」

緋勇は嵯峨野を背負うと歩き出す。藤咲は美里につれられて、歩き出した。

「ねェ、緋勇君......どうして夢の世界にアンタらは入ってこれたんだい?嵯峨野は一人を引きずり込むのが精一杯だったけど、現実世界からは誰もいけなかったのに。だから見つかることなく復讐できてたのに。どうして?」

嵯峨野を背負い直しながら緋勇はいった。

「2度目はないって言われたからな」

「え?」

「今回だけだ、きっと。眠りの神様は人間に好き勝手されるより、あの蟲の方が嫌いみたいだ」

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