憑依學園剣風帖22
曇天が迫っている。今日は快晴、降水確率はとても低い。行楽日和だと天気予報士が断言するくらい安定した空模様のはずだった。出かけるときは微塵も下り坂の気配なんてなかったのに。緋勇は不安げに空を見上げた。しばらく雨は降り続きそうだ。
コンビニで調達した安い傘をさしながら、緋勇たちは向かっていた。この激しさは通り雨だろう。しばらくすれば止みそうだ。
「ついてねー」
「不穏だね......やだなあ」
「そうだな」
「コンビニがあってよかった」
東京都内には幾多の公園があるが、都立東白鬚公園は、管理事務所もあり、きれいに整備された芝生や花壇がある。テニスコート、少年野球場、遊具広場と一通りのものはすべて揃っているのだが、なぜか雰囲気がくらい。ひたすらに寂しい氣がただよっている。
「グスンッ、グスンッ、そうなの〜?つらかったね〜ッ!もう大丈夫だからね〜」
土砂降りの雨のなか、ピンク色のナース服の少女が泣いていると、どこかのホテルに呼び出された帰りかと疑いたくなるのは緋勇だけではないはずだ。高見沢は桜ヶ丘病院から白髭公園までの道中、ずっと何も無いところに話しかけては1人誰かと話し続けていた。
「おまたせ〜。お友達が話してくれたこと、みんなにも教えてあげるね〜」
高見沢はこうして情報収集をしてくれるので緋勇たちは止められないでいた。
なんでもこの公園周辺の学校ではいじめ問題が多発しているらしい。中には過激で執拗ないじめに耐えきれず自ら命をたった生徒もいたようだ。幽霊がでるといつしか噂になり、周辺住民は怖がっていた。
精神的な抑圧からおかしくなったり、自殺者があいついだりしたことで、祟りではないかと言われているらしい。夢にうなされたり、夢の世界から戻らない人が急増するという奇妙な現象が相次いでいることも一役買っているらしい。
そのせいか、都立公園で殺風景なところもない。広い割にやけに人影が少なく、荒涼という言葉が良く似合う。隅田川にかかる白髭橋と水上大橋の間にあり、向かいに視線を投げると東京ガスの何十メートルもあるガスタンクが何基もある。公園の真上を首都高速が走っている。隅田川沿いを蛇のように南北に長く伸びたこの公園は、歩いたらゆうに20分はかかるくらい広いのだ。
その先だとお友達はいっていたという。
「ここが......」
緋勇たちはアパート群のひとつの棟を仰ぎみる。
「夢の犠牲者が多い場所か......」
「やっぱりあれだよね。槙乃、ここに住んでる《力》の持ち主とすれ違っちゃったんだよ。相手も《力》が使えることわかったから、警告のつもりだったんだ」
「有り得そうな話だな」
「どっからでもかかってこいっての」
都営白髭東アパートは白髭公園に寄り添うようにして延々と連なる13階建てのアパート群だ。全部で20棟近くはあるだろう。新宿あたりの超高層ビル群とはまた違った建物の密集具合である。
「アン子がいってたね。このアパートが日当たりの良さを度外視してこの角度の立て方をしてるのは、防災団地だからだって」
「防災拠点市街地というやつか」
大地震や大火災の時に地域住民を白髭公園に安全に避難させる目的もかねて作られたアパートだ。いわば周囲から迫ってくる災害から住民を守る結界なのだ。墨田区は大地震が起きたときの二次被害では、東京一危険な地帯とされているためだ。
「なのに、その中でいじめかよ。牢獄じゃねーかッ。胸くそわりぃ話だぜ」
蓬莱寺はそう吐き捨てた。
「さあて、いくか緋勇。空き室に入ったが最後、二度とでてこれねーっていういわく付きのアパートによッ」
「ああ、必ず美里を助け出そう。みんな、気をつけてくれ」
緋勇たちが遠野から入手していた情報をもとにあるアパートの前に立つ。
「......あれは」
「どーした、緋勇?」
「なあ、京一。あそこ」
緋勇が指さす先には、少年がいた。真っ黒なローブを羽織っている、年いかない少年である。少年は傘も差さずに立っている。雨から逃げるように足早に行き交う人々は、誰も見向きすらしない。雨に濡れながら立っている。緋勇は目が離せない。時諏佐がいっていた少年とあまりにも似ていたからだ。
かちかち、と切れかけのネオンが少年を照らす。真っ黒なローブにすっぽりと覆われている少年の中で、ただ一つ鈍色に輝くものが見えた。ローブの中央に留め金としておかれている黒ずみ、錆び付き、すでに本来の輝きは失われているが、金属特有の光沢だけがきらりとひかる。
それは中央で五本に分岐した線状の星、あるいは中心に燃える柱をもった五芒星だった。
いつもなら通り過ぎてしまう日常でも、美里が攫われた夢の世界に向かうという非日常のただ中に緋勇たちはいる。
夢と現実が交差する不可思議な現象を前にして、緋勇はいつかの衝動が押さえきれなくなる。思わず傘を手に歩き出していた。蓬莱寺の驚いた様子も耳に入らないようで、いってしまう。蓬莱寺たちはおいかけていく。雨はいつの間にか小雨に変わっていた。
「傘はないのか?」
「かさ?」
差し出された傘を不思議そうに少年は見つめている。留め金をはずし、かちりという音とともに広げると、びっくりしたのか少年の目は猫のように丸くなる。体がこわばる。どうやら本当に傘を知らないようだ。
「ない。しらない」
「そうか?なら、貸してやる」
差し出された傘。少年はどう使っていいのかわからないようで、てっぺんをつかんでくるくる回してしまう。
「違う違う、こう使うんだ」
「こう?」
「そう」
うなずいた緋勇に、少年は笑った。
「でもいいの?ぬれない?」
「気にしなくてもいい。俺たちはあそこのアパートに用があるんだ」
「そう。ありがとう」
「なんだ、なんだ。トトロの真似かよ、緋勇。風邪ひくぜ?」
蓬莱寺が茶化しながら傘を差し出す。
「ねえ、キミ、ここのアパートの子?もうすぐ暗くなってくるし、おうちに帰った方がいいよ」
「そうだな。もしわからないようだったら、俺たちが探してやろうか」
「ほんとに?」
少年は目を輝やかせた。
1人が寂しかったのだろうか。家の場所はわかっているようだから、両親が働きに出ているあいだ、学童保育にいくでもなく放置されている子供なのかもしれない。
言われるがままついていくと、なんと高見沢がいっていた空き室ではないか。
「君は......」
少年が笑った。
《君の捉え方では、僕たちみたいな存在は、人の及ばぬ力を持つ存在でありそれの振るい方は必ずしも人にとって益では無い。神の理(ことわり)は人の理とは違う、という理解のようだね。実に好みだよ》
緋勇たちは言葉を失った。少年から尋常ではない《氣》の高まりを感じるからだ。体を構えることすらできなかった。
《もう諦めるしか無い自然災害的存在ゆえに自分達が神に祝福されているという感覚を持つのが難しい。それでもなんとか生かされている。神は完全にあらず。されど、無力ならず。共存共栄する相手でも信仰したり鎮めたりする相手でもある》
少年は緋勇の真ん前にたつ。
《君がそれを忘れない限り、これは輝き続けるだろう。あげるよ》
少年はローブの留め金をはずして、緋勇に渡した。
《2度目がないことを祈っているよ》
気づいたら少年はいなかった。ようやく《氣》の抑圧から解放された緋勇たちはホッと息を吐く。
「はああああ〜、こわかったよ〜ッ!緋勇君、すごいねッ!舞子怖くて話せなかったのに〜」
「はあッ!?や、やっぱあれかよ、あのガキただのガキじゃなかったのか!《氣》が普通だったから今のいままで気づかなかったぜ!?」
「え〜ッ!?みんな、触らぬ神に祟りなしって槙乃ちゃんから言われてたから、実践してるのかと思ったのに〜!」
「それならそうと先にいってよ、高見沢サンッ!」
「ひ、緋勇......まさか、気づいていて、あの対応だったのか?」
醍醐に聞かれた緋勇は困ったように肩を竦めた。
「まさかほんとに傘を持っていかれるとは思わなかった」
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