憑依學園剣風帖17 鴉完
夕焼けの逆光の中に黒々とした私たちの影がそびえ立つ。唐栖はこちらの顔はわからないはずだ。強い光が瞼をとおり抜けて暗闇を不安定に拡散させている。強い光によって、くらんだ目の網膜には閃光と点滅する星が飛び交い、目に沁みるほどの強烈な光は、輝きの色艶はたまらなく眩しい。
たまらず目を抑えた唐栖によりギターの音がやんだ。急な眩しさで、頭を思いきり殴られたみたいに目の前が真っ白になり何も見えなくなったのか、カラスたちは一部が逃げていく。
「───────ッ!」
残ったカラスは目が眩んだようで鉄骨に激突したり、味方同士ぶつかったりして落ちていく。
私は自分の《氣》を変質させて《アマツミカボシ》の《氣》を練り上げて放ったのだ。太陽神に逆らい続けた神を彷彿とさせるほどの強烈な《氣》は敵にとって脅威にほかならない。あまりにも強すぎる光は目を焼き、あるいは視界不良を起こし、カラスは空から落ちていく。
それはまるで神の使いという地位から堕ちて行く堕天使に似ていた。
「緋勇君ッ!」
私は叫ぶ。唐栖とカラスたちが暗闇しか見えない状態異常にかかったことを知らせる。
「ありがとう、槙乃」
長めの前髪から強烈な双眸が覗き、不敵に口元を釣り上げるのがみえた。緋勇は戦うとき、いつもとは性格がうって変わって目が煌めくのだ。
時折見せる烈火の強さに蓬莱寺や醍醐は全幅の信頼を寄せるようになったし、圧倒する計り知れない《力》が美里や桜井を安心させてきた。リーダーたりえるには充分なほど緋勇には《宿星》を束ねるだけの資質がある。今の時点でこれだ。それがこれからの戦いで急成長を遂げることになるのだから、私は期待をかけるのだ。
緋勇の圧倒的な《氣》が《如来眼》の《宿星》でなくても目に見えるような錯覚を起こしてしまう。人はそれを気迫とかオーラとかいうのだろう。目に見えるほど激しく体中から吹き出し、それは唐栖や私たちすらも飲み込んでいく。
その《氣》に《宿星》が呼応して、同調し、精神が昂ぶり、抑えきれない程に《氣》が高まっていく。
「いくぞ」
緋勇はその《氣》を急速に練り上げながらカラスに打ち出す。ぎゃあ、と短い断末魔が響いてカラスがいなくなる。先陣を切って、極めて不安定な鉄骨の足場もものともせずに緋勇は突き進んでいく。美里があわてて天使を呼び、防御力を上昇させる《力》を蓬莱寺にかける。
「わりぃな、行ってくるぜッ」
蓬莱寺は緋勇の死角から襲いくるカラスを先手を打ってはじき飛ばす。桜井が蓬莱寺でもカバーしきれないカラスを牽制し、反対方向から醍醐と雨紋が唐栖を目指す。
「アンタら、やるじゃねぇか」
《氣》を雷に変換し、槍で一気突き刺した雨紋は感心したように笑う。感電し、黒焦げになったカラスたちが堕ちて行く。醍醐は釣られて笑った。
「お前もな」
互いに背中を合わせてカラスと相対する。
「楽しそうだなァ、緋勇ッ!馬鹿と何とかは高いところが好きってか?」
木刀に膨れ上がる《氣》を注ぎこんで飛ばすと、回転が食わわった《氣》が放たれ、空を裂く。
「猿はなんとかが好きっていうしな」
「だあれが馬鹿猿だッ、誰がッ!おめェのことだよ、おめェのッ!ったく、お前の能天気さはいっその事あっぱれだぜ」
軽口を叩きながら蓬莱寺と緋勇は唐栖に迫る。誰もが緋勇の《氣》や行動に引き摺られる形でどんどん動けているのだ。旧校舎に夜な夜な潜っている成果といえた。
「まッ、お前といると面白いくらいに身体が動くからよッ!悪い気はしないぜ!」
カラスがまた弾け飛んで絶命した。
「唐栖ッ!」
雨紋は叫ぶが唐栖は笑うだけだ。ギターがまた響き渡る。カラスが次々と呼び寄せられる。どうやら《力》そのものを止めなければカラスによる援軍が留まることを知らないらしい。さすがに2万羽と真っ向勝負ができるとは思えない。新手に攻撃されつつ、緋勇たちは反撃に転じる。
「《癒しの風》よッ!」
美里が遠くから緋勇たちに回復の祈りを捧げる。祈りを受けて現れた天使の羽から降り注ぐ聖なる光がたちまち傷を癒していく。
「《天討つ赫き星》」
私はふたたび《氣》を変質させて《アマツミカボシ》と同調し、《力》を引き出す。空を焼き付くさんばかりの偽りの太陽が出現し、唐栖たちを灼熱が襲う。広範囲に渡る暗闇が訪れた。ふたたび行動不能になった唐栖に雨紋が槍を振るって真っ先に飛びかかった。体勢を崩しながらも、唐栖の顔には笑みが張り付いたままだ。
「この僕を殺すのか、雨紋?かつて親友と呼んだこの僕を。お前にそれができるのか?その瞬間にお前はこの僕と同じところまで堕ちることになるよ?」
「てめェと一緒にすんじゃねェよッ!殺さなきゃ勝てないのは雑魚のやり方だッ!オレ様は違うッ!」
「くっ......」
槍の穂先が閃き、雷鳴がとどろく。
「ビルの下に何人の死体が埋まってんだ、唐栖?誰に唆されたのかは知らねーが、人にはなァ、超えちゃいけないラインってもんがあるんだよッ!それがわからねえお前に教えてやるのが、親友のお前にオレ様ができる唯一のやり方だ!!!」
雨紋は跳躍し、雷気を帯びた槍で突き降ろす。
「《落雷閃》ッ!!」
特大の落雷が唐栖に襲い掛かった。
「あぶないッ!」
「おい、緋勇ッ!」
蓬莱寺の制止も無視してとっさに緋勇が走り出し、衝撃のあまりに鉄骨の塔から弾き出された唐栖の腕を掴む。雨紋もあわてて加わり、我に返った蓬莱寺や醍醐も引き上げる作業にくわわる。
私たちもあわててそちらに向かった。
「......なぜ助けたんだい......この僕を......」
美里が《力》を使って唐栖も含めて治療しているさなか、そんな疑問が投げられる。
「槙乃、唐栖の身体の様子は?」
「......大丈夫です、どうやら唐栖君の身体の中には蟲はいないようです」
「美里さん、どう?」
「ええ、傷のふさがり方も普通だし、《氣》の違和感はないと思います。槙乃ちゃんの《力》も合わせて考えるなら、大丈夫じゃないかしら」
「あとは報復だけ要注意ってことだな」
「......?」
「俺がお前を助けたのは話を聞くためだ。その《力》をあたえて、美里さんや槙乃を監視するようにいったやつの正体を教えてくれ。俺はそいつを倒すためにここにいるんだ」
「なんだ、なんだ。オレ様みてェに生まれ育った街を守りたいだけじゃなかったのかよ、緋勇。なんか訳ありなのか?」
「俺の目の前でクラスメイトが死んだんだ。唐栖みたいに《力》を与えられて暴走したあげく、《力》をコントロールしきれなくなって化け物になって死んだ。お前を助けたのはクラスメイトを助けられなかったからだ」
「化け物?」
「《氣》のバランスが一気に崩れて身体が原型を保っていられなくなったみたいだった。髪の毛ひとつ残らず消滅したよ」
緋勇の真実味にあふれた言葉を聞いて、唐栖はようやく《力》がどういうものなのか考えることなく使っていた自分が怖くなってきたのか青ざめていく。雨紋は舌打ちをした。
「今更死ぬのが怖くなったのかよ、唐栖ッ!てめーが今まで手をかけた人達はもう怖がることもできねーんだぞッ!!こんなことになる前になんでオレ様に相談しなかったんだよ、いつもみたいにさァッ!いいかげんにしろよ、てめェッ!!」
ああくそ、と爪が白むまで握りしめた雨紋は緋勇をみた。
「唐栖のことは任せてくれねえか?必ず警察に連れてくからよッ。それと、ここで知り合ったのもなにかの縁だ。次もこんなことがあったら、オレ様にも手伝わせてくれ!頼む!」
緋勇は笑ってうなずいた。
「これからよろしくな、雨紋」
「おう、緋勇......いや、緋勇センパイ」
「あっ、てめっ、なんで緋勇だけセンパイ呼びなんだよッ!!」
「なんでってフィーリングだろ、こういうのは」
「ふっざけんな〜ッ!緋勇、俺は反対だからな、こんな礼儀知らずの後輩!」
「わーったよわーったよ、よろしくお願いします、蓬莱寺」
「名前が苗字に変わっただけじゃねェかッ!!」
私たちは笑ってしまったのだった。
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