憑依學園剣風帖16

代々木公園は視線を感じる。この《氣》はただごとじゃないとみんな感じていた。空気が憎しみと憤りに溢れている。噂どおりのすごい数のカラスである。恐怖すら感じる。

道中で出会った天野絵莉(あまのえり)という美人のフリールポライターによれば、渋谷のカラス事件の容疑者としてある少年が浮かんだという。常にカラスを連れていて、代々木公園や近くの建設工事中のビルで頻繁に目撃されているというのだ。その鉄骨が剥き出しのまま放置されているビルは、作業員たちがカラスに襲われて事故が相次ぎ工事が中止に追い込まれているのである。

あやうく10人目の犠牲者になる所だった絵莉は、助けに入った私たちをみて、犯人が《力》をもった例の少年だと身をもってしった。記事にできるはずもないとわかった時点で情報提供して身を引いてくれた。フリージャーナリストは金銭的にもシビアな感覚でいなければ厳しい業界で生き残っていけないらしい。

ちなみに彼女はこれから私たちに情報提供や探索協力を行うようになる。常に毅然とした態度でオカルト事件にも臆せずに挑む心強い味方だ。そしてマリア先生とは友人関係で、遠野の憧れの人物であり、将来の雇先でもある。遠野のために名刺をもらうついでにサインを確保し、新聞部からの依頼だとアピールもしておいたので、次会うときは顔を覚えてもらいやすくなっているだろう。

そして私たちはその情報を元に建設途中のビルに向かったのである。

「クックック───────不浄の光に包まれし街───────。滅びを知らぬ、傲った(おごった)人間共───────。この街は、穢れてしまった。そして、人間の欲望は、留まることを知らない。人は、淘汰されるべきなのだ......。《力》を持つ者によって......。クックックッ......裁きの時が、ついに来たのだ......。さあ......行くがいい───────」

どこからか声が聞こえる。ビルの屋上に誰かいるのがわかった。あれが唐栖亮一(からすりょういち)、黒くて長い髪をした全身黒づくめの高校生である。渋谷にある神代学園に転校してきたが孤立気味で、3ヶ月前の2月頃に柳生により《力》をあたえられてから、自分は選ばれた特別な存在と公言するナルシストに拍車がかかった。環境破壊を憂い、ギターの音で鴉を操って人を襲わせる《力》がある。

「地上を這いずる虫に神の意志など理解出来るはずもない。そう、この素晴らしい《力》をさずけてくれた神さ......。カラスの王たる《力》をさずけてくれた......ね。僕は逃げもかくれもしないよ。さあ来るがいい、ビルの屋上へ」

挑発されたんだから行くしかない、と工事現場に足を踏み入れた私たちを止める声がある。

「───────こらっ、あんたら、そこで何やってる!?悪いことはいわない。ここに入んのはやめときな」

そこにいたのは、ケースにはいった槍を持ちながら、先に行くのを邪魔するように前に立った男子高校生だ。絵莉がカラスに初めて襲われた時助けてくれたという、金髪の男子高校生と外見的特徴がよく似ている。

それを指摘するとガシガシ頭をかいた。

「ん......?あんたら、あの人の知り合いか?よっ、と。だったらなおさらここに入れるわけにはいかないぜ。なにしに来たかはしらないが、大人しくおうちに帰んだな」

「ずいぶんでけぇ口聞いてくれるじゃねぇか。てめぇ、一体なにもんだッ!」

「人に名前を聞く時は、まず自分から名乗るもんだ。おいっ、そっちのあんたの方が話が分かりそうだな?」

「俺?俺は真神学園の緋勇龍麻、3年生だ。お前は?」

「緋勇龍麻か。物わかりのいいやつは長生きするぜ。俺は神代学園2年の雨紋雷人(うもんらいと)だ。とにかくここは近づかないこった」

まさかの後輩である。この時点で美里と私以外運動部のみんなの目付きが鋭くなる。意外と体育会系思考が多いのだ、このメンバー。特に蓬莱寺はタメ口呼び捨てが気に入らないようで、緋勇に無視していこうぜと怒り始めた。

「話を聞いてから考えよう、京一。わざわざ止めにはいるんだ、なにか理由があるんだろ?」

緋勇の助け舟にちょっとビビっていたらしい雨紋は安心したのか話し始めた。

長身金髪、一見強面だが正義感が強く義理堅い雨紋は、人食いカラス事件では単身被害者を助けるため奔走していたようだ。それというのも転校以来孤立していた唐栖に声を掛けて親友となっていたからで、《力》に目覚めて暴走する彼を止めるべく戦いっていたらしい。

なお雨紋は龍蔵院流と呼ばれる槍術の達人であるとともに、範囲攻撃を駆使し、雷撃を操る《力》を持つ。味方宿星は「雷軍星」。セクシーな女性が好みのタイプ。忍者に憧れを持っており、本物の忍者(公儀隠密・飛水家の末裔)である如月に対しては他の相手と若干態度が変わる。

ビルからギターの音がきこえる。雨紋は苦々しい顔をしている。

「なるほど、ギター仲間だったんですね?」

私の言葉に虚をつかれたような顔をする。

「あれ、違いますか?槍をするには変わったタコがあるなと思ったんですが」

思わず指をみた雨紋は苦笑いした。

「実はそうなんだよ。オレ様はインディーズバンドのCROWのギタリスト。あいつもバンド仲間でな......《力》を手に入れてからおかしくなっちまったんだ」

そこから雨紋の態度が軟化した。ようやく自己紹介できるようになって一安心である。神代学園はどうやら緋勇に伸されてから歌舞伎町で暴れた佐久間が謹慎明けにすぐ騒ぎを起こした相手だったらしい。醍醐が謝罪する一幕もありつつ、私たちは話をした。

「美里サン......?美里葵サン......、アンタが?ヤベぇな......アンタは近づかない方がいいぜ。唐栖がご熱心だからよ」

「え?」

「やっぱりカラスに監視させていたのは唐栖君だったんですね」

「......なんのために?」

「さァな......カラスの王となった暁には傍によりそうに相応しいとかなんとか......」

「なるほど、葵ちゃんの監視はストーカー目的だったようですね」

「ねえ......じゃあ、槙乃ちゃんは?」

「ん?アンタもカラスに監視されてんのかい?」

「はい、そうなんですよ」

「んん〜、聞いたことないな、わりぃ」

「それはそれで気持ちわりぃな」

不気味がっている美里たちと私はとりあえず工事中のビルの屋上に向かった。唐栖は宣言通り向かいの鉄骨の上で無数のカラスたちと共に待ち受けていた。

「ここからはこの穢れた世界がよく見渡せる。神の地を冒涜せんと高く伸びる高層ビル、汚染された水と大気、そしてその中を蛆虫のごとく醜く蠢く人間たち───────。人間とは愚かで穢れた存在なんだ。もはや人間という生き物にこの地に生きる価値はない......」

そして彼はふりかえる。そこには《力》に魅入られた者特有の傲慢さと選民思想でみちている。雨紋が怒りにまかせて啖呵を切る。そこにかつていた親友の姿はないのだろう。半殺しにしてでも馬鹿なことはとめさせると意気込む。緋勇たちはその手助けをするために戦闘態勢に入るのだ。

「よくきたね。僕はもうすぐここから飛び立つのさ。堕天使たちを率いて人間を狩るためにね。それを邪魔だてするというのなら......相手になるよ」

カラスが一斉に飛び立った。私は木刀に《氣》を込める。

「《天討つ赫き星》」

空を灼熱が焼いた。

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