憑依學園剣風帖15

「君は......待ってくれ、少し話を!」

私は手を掴まれて、足を止めた。そこには長身のイケメンがいた。栗色の男性だ。

「ええと......どちら様ですか?」

「......素晴らしい」

「え?あの......」

「はじめまして。こうして会うのは初めてだね、僕は時諏佐先生にお世話になったことがある私立冥燈院高校で生物を教えている比良坂英司というんだ。先生はお元気にしているかい?」

「おばあちゃんの?」

「ああ、先生は恩師なんだ。飛行機事故で親戚にたらい回しにされていたところを助けてもらったことがあってね。おかげで僕は教職につきながら化学を研究することが出来ているんだ。君のことは先生からいつも聞いているよ、槙乃君」

「そうなんですか!?は、はじめまして。私は時諏佐槙乃といいます。こちらは私の友達の......」

「はじめまして、比良坂先生。私は真神学園の美里です」

「そうか、仲がいいんだね。時諏佐校長先生のもとで学園生活が送れることはとても幸運だ。しっかり勉強するんだよ」

「はい」

「なにかご用ですか?」

「いや、急にすまなかったね。一度挨拶に行こうと思いながら行けていなかったから、そんな矢先に君が現れたものだから驚いたんだ。......これじゃあナンパみたいだな、すまないね」

「そうなんですか......よかったです。びっくりしました」

「怖がらせてしまったようですまない。近々妹と挨拶に上がらせてもらうよ。これが今の僕らの連絡先なんだ。先生によろしく伝えてくれないだろうか」

「あ、はい、わかりました。ありがとうございます」

私は名刺を受け取った。

「ごめんなさい、比良坂先生。私たち急いでいまして」

「ああ、わかった。呼び止めて悪かったね。気をつけて」

「はい、失礼します」

私はぺこりと頭を下げて美里と共に交差点を渡ることにした。ちら、と後ろをみると笑いながら手を振る比良坂先生がみえた。もう一度頭を下げて急ぐ。

「比良坂先生には悪いけれど、びっくりしたわ......」

こっそりと美里が小声で耳打ちしてくる。私は全力でうなずいた。変な汗をかいてしまったから、未だに心臓の音がうるさくて困る。なんでまたアルタ前の人がごった返している中で敵とわかりにくいエンカウントをしなくちゃいけないんだ。

「あはは......タイミング的にそうですね......。おばあちゃん、教えてた生徒さんに慕われているみたいで、色んな人に声をかけられるからびっくりしてしまいます。未だに馴れない......」

「え、槙乃ちゃん、笑顔で受け答えしていたのに?」

「だって私のせいでおばあちゃんの評判が下がるのは嫌じゃないですか」

「うふふ。槙乃ちゃんて、そういうところが大人っぽくてあこがれるわ」

「ありがとうございます。あ、信号が......。急ぎましょう、葵ちゃん」

「ええ」

私たちは王華をめざして走り出した。

比良坂兄がこのタイミングで現れるとは思わなかった......。あとで緋勇に妹と会わなかったか聞かなければならない。バタフライにしてもなにがどうなっているのかさっぱり分からないから困る。

比良坂英司は、先程の自己紹介のとおり幼い頃に家族と共に飛行機事故に遭い両親は死亡し、誰も自分達を助けようともしてくれないなか、両親の遺体が燃え尽きるまで見続け精神の均衡を崩してしまった。そこで妹に異常な愛情を向けながら育て上げ、自分たち兄妹だけの世界をつくろうと、不死身の体にあこがれブードゥー教に傾倒し、病院から死体を盗み出しホムンクルスを開発している人間だ。緋勇が《黄龍の器》であることにいち早く気づいており、ブードゥー教から派生したゾンビから生成されるホムンクルスもどきの素体にするために、妹を接触させてくるのだ。死体蘇生や人体解剖の研究成果は、柳生の勢力にも通じていたことが示唆されている。

先程の話が嘘だと断じることが出来ないのは、18年前の仲間の中に比良坂兄妹の母親がいたからだ。これは私の目で確認している。それに《宿星》を継ぐ人間を探し出すために奔走していたころ、飛行機事故が起こった。訃報の電話がなり、しばらくして喪服ででかけていく槙絵を私は見ていた。亡くなったと聞いた槙絵が幼い兄妹をかつての仲間の忘れ形見だからと保護するのは何らおかしなことではない。私は両親の《宿星》は妹に受け継がれると初めから槙絵につたえ、どうするかは一任してあったからどうしたのかは聞いていないのだ。

比良坂は教員として独り立ちし、妹を引き取り2人は仲良く幸せに暮らしました、で軌道修正することが出来れば1番よかったのだが。遺体の盗難事件はあいついでいるし、彼がほんとうになにをしているかなんてわからない。信じたいのは山々なのだが、さっきの素晴らしいと呟いた時の狂気を見てしまった今となってはどうしようもない。

ホムンクルスとしては私は恐らく最高品質の実験材料になるだろう。ブードゥーは死者蘇生はできるがゾンビでしかない。大破して炎で焼かれた両親の遺体は用意できなかったはずだ。だから他人の身体でゾンビを用意して、死者の魂を呼び戻そうとしているのだとしたら、その方法は独学では限界がある。

私は邪神の加護をうけた狂信者たちの研究成果であり、魂を蘇生させて固着させるものも含まれている。この世界だと精神は体に影響をうけ、やがては融合してしまうため一度でも成功すればこちらのものなのだ。一般人の魂が耐えられるかどうかなんて、狂気に侵された化学者には些細な問題だろう。

そこに柳生が声をかけたのだとしたら。私はもうこの時点で嫌な予感が止まらないのだ。

「あ、みんないたわ!」

美里の声で私は我に返る。無事にみんなと合流出来たようだ。

美里が私に励まされてやる気を取り戻したことで、カラスに監視されていることを伝えている。蓬莱寺たちの反応を見るに、やはり《如来眼》と《菩薩眼》の監視が目的なのだろう、と察した私は息を吐いた。

18年前、《如来眼》の女の身体は生贄にささげることができたが、《菩薩眼》の女は誘拐未遂に終わったため、《アマツミカボシ》の完全復活が叶わなかったのだ。今の私の身体はそのホムンクルス、《アマツミカボシの器》だから未だ不完全な状態である。今度こそ成功させるために策をねっていると考えても不思議ではない。

さすがにまだ確証がないから話せないが、カラスに監視されているという証言は私も肯定する。カラスが《力》により操られているのだと緋勇たちが考える補強となったようだ。よかった。

「あれ?槙乃、なんかいい香りがするよ?」

「あ〜、男もの香水なんか付けてどうしたんだよ、時諏佐ッ!まさか美里と一緒にかっこいい兄ちゃんでも捕まえてナンパされてたのかァ?」

「えええっ!?ずるいよ、ふたりともッ!ボク置き去りにして〜ッ!」

「おいおい......」

「たしかに男ものの香水の匂いがするな。隅に置けないな、槙乃。お嬢様なのに意外と火遊びが好きなのか?」

「違いますよ、小蒔ちゃん。京一君も緋勇君も焚き付けないでください。アルタ前でおばあちゃんの教え子だったっていう高校の先生に声をかけられただけですよ。ほら」

「比良坂先生?ふ〜ん、28歳かァ」

「恩師の子供とはいえ女子高生にアルタ前で堂々と声かけるとかやべーメンタルしてんなァ」

「ね、ね、イケメンだった?」

「イケメンはイケメンじゃないですか?ジャニーズ系の。ねえ?」

「そうね......うふふ」

「えー、見てみたいなァ」

「おいおい、何盛り上がってんだよ、お前ら。これから代々木公園に乗り込むんだろ〜がっ!シャキッとしろ、シャキッと!」

そういう蓬莱寺は今からカラスに襲われている所を助ける女性ジャーナリストに鼻の下を伸ばしまくるわけだからとやかくいえないのだった。

ちなみにそれとなく緋勇に誰かにぶつからなかったかと聞いてみたが、そこまで田舎者じゃないと拗ねられてしまった。どうやら私たちが情報共有するのを見越して、今回は兄だけ接触したらしい。妹はまた今度だろうか。


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