憑依學園剣風帖14

1998年5月6日水曜日

店内から甘い、くすぐるような音楽が聞こえてくる。紅茶やコーヒーほど同じ品が千変万化の味に変転する食品はない。喫茶店の存在は、バーなど足元にも及ばないほど歴然たる格差で、店ごとに味に個性の等級がひらく。アルタ前にある喫茶店にて、コーヒーを飲みながら私は先を促した。

私は美里に相談したいことがあるとお願いされて、一緒に帰る途中でよったのだ。

「ごめんなさい、槙乃ちゃん。新聞部で忙しそうなのに......」

「ううん、かまいませんよ。どうされました?」

「実は......」

美里はおそるおそる口をひらいた。

「最近、誰かに見られている気がするの」

「まさかストーカー?」

「わからないわ......ただ、人の姿がないのに視線を感じるの。《力》に目覚めてから《氣》を感じるようになったせいで、気にしすぎなのかもしれないけれど......」

「ああ、幽霊とか余計なものがわかるようになっちゃいますもんね」

「ええ......」

「区別がつかないと」

美里はうなずいた。

「なるほど、わかりました。たしかに私は《氣》を見ることができますから、幽霊か人間かわかりますもんね。だから私に」

「ええ......」

「いつ頃視線を感じます?」

「ええと......登下校の間とか授業中とか......休みの日だと勉強している時とか」

「なるほど。今は?」

ちら、と美里は窓を見た。

「......少し、」

「やっぱりですか」

「......もしかして、槙乃ちゃんも?」

「実は私もそうなんですよ。花見にいってからずっと」

「ほんとうに?私もなの。もしかして、あの時逃げた蟲が......?」

「いえ、あの時の《氣》とはまた違うようです」

私も外を見た。電線に、ビルの屋上に、やたらカラスがとまっているのがみえた。私が意識しているから見つけられるだけで、美里は不振な動きをする人間は見つけられないようで、ためいきをついた。

「......?」

私が上を見ているからだろうか、美里が不思議そうな顔をしている。

「どうしたの、槙乃ちゃん」

「カラスが......」

「カラス?」

「最近、多いと思いませんか、カラス。見られてるみたいで怖いです、私。やたらとこちらのことを観察しているみたいで......。気づいたころには、その監視してくる視線に耐えきれなくなって、カーテンしめてるんです」

「どのあたりの?」

「ほら、あそこの」

「......!!」

私が教えてあげると漠然とした視線の正体がわかったようで美里は目を丸くした。

「まさか......カラスが私たちを見張っているの......?」

「あるいはそういう《力》をもつ誰かに命令されている可能性がありますね。みんな、《氣》を発していますから......普通のカラスは《氣》なんてコントロールできないですよ」

「たしかに......。なんのためかしら」

「1番考えられるのは、やはり赤い髪の男でしょうか」

「お花見の時にバレた、とか?」

「考えられますね」

美里はしばし沈黙する。考え込んでいるようだ。

「小蒔は......みんなは、気づいているのかしら?」

「うーん、どうでしょうね。気づいていたら、アン子ちゃんの話をまともに取り合っていたと思いますよ。今回、アン子ちゃんが頼もうとしていたのは、渋谷の殺人現場にカラスの羽が落ちていたというものですから」

「うふふ......たしかにみんな乗り気じゃなかったものね」

「私たちだけの可能性も捨てきれませんが......《力》の持ち主に聞いてみないとわかりませんね」

「......どうして、そう思うの?」

「京一君あたりが気づかないと思います?」

「たしかに......。でも、そうだとしたら、どうして私たちだけなのかしら?槙乃ちゃんは蟲に真っ先に気づいたから警戒するのはわかるけれど......」

「私の場合はそうでしょうね。葵ちゃんは、その《力》かもしれません」

「私の《力》......?槙乃ちゃんみたいに戦えないけれど......」

「たしかにそうかもしれません。でも、葵ちゃん以外にいないんですよ。人の傷を治したり、不思議な加護を与えたりする奇跡を起こすのは葵ちゃんだけ」

「まだ会えていないだけじゃないかしら......」

美里は首を傾げる。

「この1ヶ月間、ずっと私なりに考えてみたの。なぜこの《力》に目覚めたのか。たぶんうちの家が代々敬虔なキリスト教徒だからだと思うの。日曜日は必ずミサに行くし、教会のイベントには家族で参加するし。お母さんに聞いてみたら、江戸時代にキリスト教が禁止されていたころからずっと信仰していたそうだから」

「葵ちゃんは、神様を信じているんですね」

「ええ、幼い頃からずっと聖書を読んできたから。それに方陣の時のように、初めて使う《力》の時に頭に浮かぶ言葉はどれも天使にかかわるものばかりなの」

たしかに、美里の《力》は、祈りを受けて現れた天使の名前があるスキルがほとんどだ。時には傷を癒し、時には不調を取り除き、加護をえて味方を支援する時もある。

「だとしたら、尚更目をつけられたのかもしれませんよ。カラスは堕天使の象徴だといいますし。葵ちゃんと私が潰されたら後方支援は壊滅して、緋勇君たちは苦境に立たされることになります。それに葵ちゃんは緋勇君、小蒔ちゃん、私......3人と方陣を組めるわけですから、標的になるのも不思議ではないですね。葵ちゃんは、葵ちゃんの考えている以上に私たちにとって要なんですよ」

私の言葉を聞いて、美里は驚いたような顔をしている。そこまで考えたことがなかったようだ。

「足でまといなんかでは決してないですよ、葵ちゃん。戦うことだけが《力》の在り方ではないです」

「ありがとう、槙乃ちゃん......」

「元気が出たようでよかったです」

「みんな、たぶんアン子ちゃんの話を聞きに王華にいってるのかしら......?」

「そうですね。私たちも行きましょうか」

「ええ」

「そうだ、その前に今回の依頼について、先に話しておきますね。ラーメン屋、すぐそこですし」

私はスクラップブックをさしだした。
渋谷住人を脅かす謎の猟奇的殺人事件という見出しの記事の切り抜きだ。ついに9人目の犠牲者がでたとある。すべての被害者が全身の裂傷、眼球の損失、内臓破裂による即死という共通項があるのだ。

カラスが人間を襲う事例としては、品川で巣立ちに失敗して路上におちたカラスの雛の近くを知らずに通った主婦が親ガラスに襲われている。主婦は全治1週間の怪我で病院に運ばれている。

他にも北海道で放牧中に出産された子馬が生きたままカラスの集団に食い殺された話もある。

カラスのくちばしや爪は猛禽類にも劣らない鋭さであり、肉や皮膚を切り裂くのはわけない。

「たしかにカラスは繁殖期になると凶暴化することが知られているけれど、それは雛を護ろうとするときくらいのはずでしょう?」

「その通りです」

たしかに普通はそうなのだが、今回の事件はカラスの捕食行動との共通点が多すぎるのだ。つまり、カラスが人を襲って、食べているということだ。カラスはもともと人間をも上回る雑食であり、栄養になるなら牛のフンから車に轢かれた猫の死体までなんでも食べる。カラスが集団で人を襲っているのだとしたら、それは《力》かもしれない。都心に住むカラスは2万羽と言われているのだ。一斉に人間を襲うようになったらえらいことになる。

「この事件......たしか、現場には必ずカラスの羽が散乱してるんじゃなかったかしら」

「さすがは葵ちゃん、詳しいですね」

「この殺人犯が《力》を使っているとしたら......」

「旧校舎に巣食う化け物、妖刀に魅入られ、蟲に洗脳された殺人鬼、に続く不可思議な事件です。警察による調査も行われていますが、迷宮入りになるのも時間の問題です。私たちがやるしかないですよね」

私たちはうなずいた。

「渋谷......たしかに新宿とはすぐ隣だわ......調べる必要はありそう」

「ですよね。というわけで、代々木公園に一緒に来て欲しい、と今頃アン子ちゃんはみんなに依頼していると思います。都心でくらすカラスの大半が寝床としているので、最近になって急に数が増えたって噂もあるから気になるんですよ」

「わかったわ、はやくみんなに合流しましょうか」

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