憑依學園剣風帖13 妖刀完

《這うもの》たちをあらかた片付けたころ、数体を取り逃したと蓬莱寺が悔しそうに中央公園の桜並木を睨み付けて叫んでいるのが聞こえた。

サラリーマンと一騎打ちしていた緋勇は、ようやく決着がついたらしい。男の呻きがとどろいた。

そのときだ。

「なッ!?」

「きゃああッ!」

サラリーマンの頭が内側から裂けたではないか。まるでスイカ割りでもしたかのように目玉やらなんやらが飛び出し、粉微塵になってしまう。

「......虫?」

鳩程の大きさをし、半円の翅と5対の脚を持つ昆虫がサラリーマンの頭を突き破って現れた。頭部から3つの口があり、顔全体が巻き髭らしきものに覆われている。サラリーマンはただちに絶命し、その場に倒れてしまった。

「みんな、離れてくださいッ!こいつが頭を突き破ってでてきました!寄生していたのかもしれませんッ!!」

私の叫びにみんなあわてて走り出す。ちょっとでも近づいたら《氣》をぶつけてやろうと警戒しながら様子をうかがっていたが、そいつは羽音をたてていなくなってしまったのである。

「よ、よかった......なんだったのかしら、あの虫......」

「気持ち悪いな」

「ほんとだよ、夢に出ちゃいそう」

「そうね......さすがにこれは新聞には載せられそうにないわ......」

「あたりまえだろッ!なにいってんだ、おめーはッ!」

「槙乃、どうだ?」

私はしばらくしてようやく頷いた。

「いなくなったみたい」

「旧校舎全体探知できる槙乃が見つけられないなら、たぶん中央公園からいなくなったんだな。よかった」

みんなようやく息を吐いた。遠くでパトカーが聞こえてくる。私たちはあわててその場を後にしたのだった。

近くの神社で私は自宅に連絡し、車を手配してもらう。夜な夜な旧校舎に潜り込んでは新宿にある真神学園から北区の如月骨董店にいくため時諏佐の車は大事な移動手段だ。今回だって12キロもの距離を抜き身のままの血濡れの盗品を持ったまま移動したらさすがに警察に捕まってしまう。

しばらくしてワゴン車がやってくる。

「みなさん、どうぞ」

毎度の事ながらSPのみなさんお疲れ様です、と労いながら私は助手席に乗り込んだ。

そして深深と溜息をつく。あれは《這うもの》ではなかった。《シャン》という高度な知性と残忍な嗜虐性質を持つクリーチャーである。厄介なことになった。なにせ《這うもの》と《シャン》は信仰する邪神が違うのだ。《シャン》は《アザトース》というクトゥルフ神話でいうラスボス的存在を信仰する独立種族なのだ。

《シャン》は人間の脳に寄生するが、そのスピードはあまりにも早く、人間の脳を出入りする姿は肉眼では一瞬しかとらえられない。そもそも日光を浴びると死んでしまうので、夜中しか出入りしないから警戒さえすれば対応可能なのがまだマシだ。

寄生した人間にドラマティックな犯罪を行わせて破滅させ、立場が危うくなると手近な人間の脳に寄生する。寄生された人間は、夜になると心を支配されてしまい、いわばジキルとハイド、もしくは夜限定の多重人格となる。時には、宿主に遺書を書かせて自殺させ、その遺書を誰かが読むとアザトースが招来されるように罠を仕掛けたりもする。

《這うもの》より知能がある上に特殊能力で最たるものといえば情報操作(物理)だ。人間の脳に入りこみ、その記憶を読み取って、別の考えを植え付けることが可能である。とある犠牲者は悍ましい記憶を見せつけられ発狂に陥るなんてこともざらなのだ。

彼らはそんな正常と発狂の間を彷徨う犠牲者の姿を見て愉悦に浸り、完全に発狂してしまったら用済みとして捨てられる。今回も哀れなサラリーマンは用済みとして頭が弾け飛んでしまったということだ。

問題は《這うもの》と《シャン》が徒党をくんで暴れていた点にある。柳生側はそんなに勢力的に拡大しているのだろうか。本来ならただの野良犬とサラリーマンだったし、サラリーマンは気絶して後日窃盗と傷害で逮捕されるはずだったのに。

冷や汗がうかぶ。そんな私の後ろで声がする。

「あの男がいっていたテンカイって誰のことだろうな」

「子孫によって混沌にっていってたわ......一体なにが......」

「東京を護ろうとした、っていえばやっぱりあれじゃない?天海僧正。江戸時代に言霊によって守護していたっていうし」

「あ〜、あの三日天下の明智光秀じゃないかって言われてる?」

「そうそう」

「そうなのか。俺は足利将軍家12代足利義晴の子だと聞いたことがあるが」

「出自にあいまいなところがあるから、情報が錯綜してるのね......。私は有力大名か家臣だったと本で書いてあるのを見たことがあるわ」

「つ〜かよ、そもそも、そのテンカイってやつが天海とは限らね〜だろ?東京を救ったやつがいて、子孫が利用されてんのがやべ〜んじゃねえのか?」

「やっぱりそう思うか、京一?俺も考えていたんだ。あれは明らかに猟奇的連続殺人の兆候だ」

「頭から蟲、野良犬かと思ったら蟲......やべえ、しばらく夢に出そうだぜ」

「忘れよ、忘れよッ!緋勇君たちの予想が正しいなら、《力》に目覚める子がまた現れるはずなんだから、そっちのが大事だよねッ!」

「そうね〜、ここだけじゃないかもしれないから、新聞片っ端から調べなきゃ。あとネットニュースも」

「問題は絶好の花見日和だったから、うちの学園の生徒じゃない可能性もあるってことだな......」

「そーだよねー、すごい人だったし」

「もし上手いこと会えたら、相談にのってやりたいな。仲間になってくれるかもしれない」

「お、それいいなッ!いつどこで誰がいきなり操られるかわかったもんじゃねえし、野良犬めちゃくちゃ頑丈だったしよ」

「そうだな。テンカイ......か。この東京のどこかにそいつの子孫がいて、《力》をえて利用されているのだとしたら早く会わないと......」

緋勇の呟きを聞きながら、私は目を閉じた。

九角天戒(こずぬてんかい)、それは150年前に柳生との宿命の戦いにおいて緋勇の先祖たちと活躍した男の名だ。真紅の総髪が印象的な凛とした若侍で、徳川に仇なしたり、虐げられてきた者たちが集まってできた鬼道衆の頭目にして懐の大きな人格者だった。部下たちからは絶大な崇敬を受けており、天戒もまた部下の一人ひとりに対して深い理解と信頼を与えていた。鬼道と外法を使い、かつて自らの一族を滅ぼした幕府に対して復讐の牙を研ぎ澄ましていたが、柳生との戦いをへて徳川側だった時諏佐の祖先率いる一味と和解して戦ったことがあるのだ。

150年は長すぎた。かつての仲間の家系は明治、大正、昭和、平成という長きに渡る日々の果てに散り散りになり、存続しているのかすら不明な家すらある。そのうちのひとつが九角(こずぬ)、サラリーマンが口走った言葉は本来柳生がいう言葉なのだ。

かつて復讐相手の門下と手を組んでまで柳生と戦った九角の末裔が柳生の手により敵に堕ちているのだから笑いたくもなるだろう。

私も時諏佐の養女になった時に真っ先にしらべたのだが、九角という一族の行方を調べることはできなかった。もともと迫害を逃れてきた者たちが集まってできた隠れ里だったのだ、新政府と繋がりなど期待できるわけもない。《如来眼》の《力》でも東京のどこにいるかわからない人間を特定することなんてできなかった。出来ていたらとっくの昔に動いているところだ。

緋勇の言葉に何度もうなずく私をみて、ハンドルを握りながら心配そうにSPの人がみてくる。私はとりあえず如月骨董店に向かうようお願いした。妖刀村正は如月に引き取ってもらうのが1番である。


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