憑依學園剣風帖11
憑依學園剣風帖11
「さあ〜てッ、と。にっひっひっひっひ」
悪い顔をしながらでかい水筒を開けた蓬莱寺は、片っ端からビール缶をあけて中に注いでいく。
「醍醐たちにはああ言われちまったが......バレなきゃいいんだよ、バレなきゃ。やっぱ花見は酒がなきゃやってらんねーよなッ!」
うんうんひとり頷きながらどんどん空になった空き缶を隣に積み上げていく。
「泡が抜けて間の抜けた味になっちまうが......アン子の野郎、マリアせんせー呼びやがってェ。でもなァ、京一様がこの程度で諦めると思ってたら大違いだかんなッ!こんなん泡がたってる麦茶だ、麦茶ッ!30分も放置しちまったらほとんど麦茶だ!」
まだ未成年の飲酒に関する規制が本格的になる前なのが幸いだった。コンビニや商店で親の代理として子供が酒やタバコを買える。ついでに認証なしで自動販売機で普通に酒が買えたため、蓬莱寺のように山盛りビール缶を買い占めてもなにも言われなかった。
ぽいぽいゴミ箱に捨てながら水筒いっぱいにカモフラージュが完了した蓬莱寺は、立ち上がる。
「あーくそー、本当は緋勇たちと飲みたかったんだけどなァ、アン子のやつめ」
蓬莱寺が緋勇の歓迎会を兼ねた花見を提案したのは、野郎同士でそれにかこつけて酒が飲みたかったからだ。本能を優先しすぎて、ついうっかり醍醐が強さは心身の健全さからもたらされると本気で信じている真面目実直で頭が硬すぎるやつだと忘れていたたのがそもそもの失態だ。醍醐が仲間を呼んだ。美里、桜井、遠野、あたりはまあ誤魔化せば行けると思ったら、まさかのマリア先生である。あっという間に飲酒追放包囲網が完成してしまったのである。さすがに担任の前で堂々と飲むわけにはいかず、なくなくこんな苦肉の策をとっているわけだ。
「緋勇はあとで飲み直そうっていってくれたけどよ〜、やっぱ花見しながら飲むのがいいんだよなッ!ったくみんなわかってね〜ぜッ!」
バレたら没収だが望むところだ、隠れて飲む方が美味いに決まってる。全然懲りていない蓬莱寺はどこまでも能天気だった。
「さあて......これだけじゃまずいな。出さなきゃなんね〜やつを用意しね〜と......」
ガサゴソポケットから財布を探す。小銭がジャラジャラはいっている。露天のやつなら1つ2つは買えるだろう、たぶん。簡単に勘定してから歩き出す。
「んん?あれは......」
暮れていく空を背景に桜は輝いていた。夕陽を受け、花は淡い金色に縁取られ、風が吹くたびに花びらではなく光が零れ散っていた。
蓬莱寺に不遜な笑みがうかぶ。桜の花びらはくるくる舞いながら、または子供の頬に涙がころげ落ちるように、無造作に落下していた。その葉が風の吹くたびに震える。やや白っぽい裏を見せて翻る。枝々の間、葉の上を風が渡っていく。目には決して捉えることのできない風が今、ここにいると桜が教えてくれるのだ。
どこか暖かい夕日の一片が隠れているような春の長い黄昏の中で、心地よい春の宵の風がほほをかすめた。足音も人声も、春の暮れがたの空に吸われて、音が尖ってきこえず、やわらかい円みを帯びてきこえる。
夕陽の当たる斜面では、黄金色の木漏れ日が射している。それに負けないぐらい豪華な黄色い花をつけ、山吹が重そうに枝垂れていた。風のぬるい春の晩が――妙に蓬莱寺の血を駆り立てた。
「......時諏佐?」
声をかけようとして、寸での所で蓬莱寺はやめた。
《私の身体に宿る星よ。どうかこの場の氣をこの瞳に映らせたまえ》
なんと言っているのかは距離があってわからないが、その仕草には身に覚えがあった。
「はーはーはー、妖刀の《氣》を探して回ってんのか。真面目だねえ」
時諏佐が念入りに歩き回っているところからして、旧校舎でよくみる探知をやっているのだろう。時諏佐はアイテムの収集やわかりにくい地形に隠れている敵を探知するのが得意だった。薄暗い洞窟を延々潜っていくため、時諏佐の《力》はとても助かっていた。階層を下る度に仲間たちはバラバラに転移させられるためである。
「好きだねえ、ほんとに。そんけーするぜ」
ぽんぽん木刀で肩をたたきながら蓬莱寺は呟いた。
「ん?」
時諏佐がかけあしになる。
「なんだなんだ、なんか見つけたのか?」
ずううん、と桜の木々が揺れた。
「な、なんだありゃ......《氣》を、ぶつけたのか?」
桜が土砂降りの雨のように降り出す。
「───────っ!?」
蓬莱寺は全身の鳥肌がたつのを感じた。
「あ、あの野郎......旧校舎と全然戦い方違うじゃね〜かッ!個人戦と団体戦の違いかもしれね〜けどよッ」
いつもの時諏佐とは考えられないような動き......いや、一度だけ蓬莱寺は見たことがあった。北辰一刀流の実力をみせろと焚き付けて篭手を前に打ち込んでこいと誘ったときと全く同じだった。
時諏佐の《力》は、《氣》の流れを感知することができる、いわばナビゲーションに特化した《力》だった。支援としては絶大な威力を誇り、旧校舎に潜るには必要不可欠な《力》だった。北辰一刀流を叩き込まれただけあり、《氣》の練り方も攻撃の仕方もそこそこの水準には達していた。
時諏佐の《氣》は、なんというか鮮烈だった。美里のような安らぎを与える《光》でもなく、身を焼くような灼熱を伴うのに《炎》でもない、緋勇とよく似ていながら似て非なる、まるで太陽を直視するような強烈な《氣》だった。時諏佐本人の気質とはかけ離れていたが、蓬莱寺はあの日からなんとなくこちらが時諏佐の本質ではないかと思うようになっていた。
それが今や苛烈な太陽の灼熱のごとく《氣》が周りを満たしている。《氣》が変質したのだ。
《人の手には過ぎた力。神にすら届く刃》
《飢えたか。欲したか。訴えたか》
《ならば、くれてやろう。受けとれ》
《そして、ようこそ》
雰囲気が一転した。時諏佐がなにかしたのはわかった。時諏佐の《氣》のバランスがおかしい。蓬莱寺のいる場所からでもわかる。時諏佐の竹刀入れが宙を舞う。また桜の木が揺れた。
「なんだありゃ......野良犬?」
それは時諏佐が両断した瞬間に、ぶわっと黒いなにかがあたりに散ったことで違うのだと蓬莱寺は悟る。
「うっげ、なんだよあれ、きもちわりい!」
それは野良犬が擬態を解き、無数の蟲が群がって融合していた化け物だった。時諏佐が《氣》を纏わせた木刀ではじき飛ばし、焼いていく。連結させて構成した腕による鞭や、背中から生やした無数の触手をばっさばっさと切り捨てていく。だが耐久力は極めて高いようで、逃げてしまった。時諏佐は斬撃を飛ばしたが、蟲たちの一部を焼いただけだった。
「冗談だろ」
思わずそんな言葉がでていた。《力》を使うとき、蓬莱寺たちはかならず《氣》をためて、たかめて、練り上げて、放出する段階があるものだ。練度があがるたびにその時間は短縮されていくものだが、時諏佐は違った。なんというか、バケツをひっくり返したかのような乱暴さがあった。そうでなければ意識的に、あれ程素早く連続して桁違いの《氣》を撃ち出したことになる。どれほどの殺意があれば可能になるだろうか。
「いや、冗談なんかじゃねーな......俺は見た覚えがあるぜ」
旧校舎に潜んでいた吸血する影とかいうふざけた化け物に閉じ込められていたとき、結界を破壊したと時諏佐はいっていたがあの強烈な光はそんなもんじゃなかった。
「そうそうそうだ、思い出したぜ。あんとき感じた《氣》は......今の時諏佐と同じか。なるほど、緋勇がいってたのはそーいうことかッ!」
蓬莱寺は笑っていた。抗いがたい引力が自分を捉えていることを自覚する。
つまり、あれだ。時諏佐はああいう化け物と戦ってきたからあれだけ動けるのだ。蓬莱寺たちのように仲がいい友達が巻き込まれるたびにああやって倒してきたのだとしたら、殺意が濃厚になるのも当然だ。行方不明者を多発させたあの吸血する影に対する緋勇のように。時諏佐にとっては不倶戴天の敵なのである。
「なるほど......だからあんだけどっからでも殺そうとしやがるのか、自然体で。面白くなってきたじゃね〜か」
蓬莱寺は足音を忍ばせながら、竹刀入れをぬく。そして《氣》をこめて走った。
「───────ッ!?!」
持ち手をはじき飛ばして切りかかろうとした時諏佐は蓬莱寺をみて目を丸くする。
「きょ、京一くんッ!?いきなりなにするんですかッ!びっくりしたじゃないですかァッ!!」
強烈な黄色が蓬莱寺を見上げている。めずらしく取り乱す時諏佐が面白いなんていじめっ子みたいな感情を抱きながら、蓬莱寺はいけしゃあしゃあというのだ。
「なんだ、よかった。いつもと《氣》が違うから、妖刀に取り憑かれちまったのかと思って焦ったぜ」
「えっ、あ、あー......はい、すいません、大丈夫です、はい」
「そーかそーか、安心したぜ」
「あの、京一くん......おろしてもらえません?」
「なんで」
「なんでって、」
「目、変な色してるじゃねーか。ほんとに時諏佐か?」
「いやだから、その、なんで今更!?私いつも変わってるじゃないですかァッ!もう2週間ほどたってますよねェッ!?」
「あれ、そうだっけか?」
「そうです、そうですッ!京一くんが今まで気づいてなかっただけで、私の《力》は瞳によるものだから、変わるんですッ!皆さんに聞いてみましょうよ、ねッ!ねッ!落ち着いてください!」
らしくない時諏佐に蓬莱寺は耐えきれず笑ってしまう。
「わりい、わりい、どうやらほんとに時諏佐みてーだなッ。どうしたんだよ?」
「よ、よかったあ......。それについては歩きながら話しますのでいきませんか?そろそろ集合時間に遅れますよ?」
「うわ、もうそんな時間かよッ!はえーな」
「あれ、蓬莱寺くん、飲みものもってきたんですか?」
「へ?......はっ、し、しまった〜ッ!カモフラージュ用の食いもん買うの忘れたッ!」
「え、じゃあ中身は?」
「頼む、時諏佐ッ!その焼きそば、俺と割り勘で買ったことにしてくれこのとーりっ!せっかく用意したビール没収は嫌なんだよッ!」
「ビールですか......」
「頼む!時諏佐さまー!」
「あはは、わかりましたよ、京一くん」
「まじで!?」
「そのかわり、飲むのは打ち上げ後にしてください。たぶん花見中に飲んじゃうと妖刀もった人に襲われたとき、
うごけなくなっちゃいます。そしたら、野良犬に擬態してる蟲に食い殺されますよ」
笑顔でとんでもないことをいいながら、おまけのように時諏佐はいうのだ。
「あとでそのビール、わけてくれません?」
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