咆哮5 完

私達が目覚めた《力》は《龍脈》の活性化による影響だ。そのため、私達も常に《龍脈》の何らかの影響を受けているわけだが、ましてや今はまさに《黄龍》復活によりその《氣》が私達に与える影響も大きくなっている。

通常では考えられない早さで体力も《力》も戻ってきているのだ。私達の《氣》の絶対量も上昇している証である。

《龍脈》の《氣》が私達に流れ込み、それだけではなく緋勇の《力》が仲間の《宿星》を強化しているのだ。《龍脈》はもう一人の覇者の資格を持つ《器》に目をつけている。《加護》を得た緋勇の《氣》の向上が加速し、その影響下にある《宿星》にも同調して波紋のように広まりはじめている。

これならいける。

「《龍脈》は古来よりこの世界に存在するエネルギーの概念です。《アマツミカボシ》の信仰する邪神のように宇宙のはるか彼方から飛来した存在じゃない。だから私の悪魔祓い、あるいはこの世界から追放する呪文は使い物になりません。私の《力》はあくまでその邪神からの借り物です。だから私の魔術は使えない。専門家にお任せします」

「貴女からというのが気に食わないですが......確かに事実ですね。やってみましょう。龍麻さんにその覚悟がおありなようですからね。だから───────......お手伝い願いませんか、《鬼道衆》のみなさん。們天丸さん」

あの御門がわざわざお願いをした。陰陽寮の若き棟梁にして仲間になってもプライドが高いためになかなか打ち解けられていなかったあの御門が。しかも150年前には本気で敵対していた勢力の生き残りである九角や那智たちに。私達はそれだけやばい状況なのだと再確認するのだ。

「等々力不動の管理運営を担う九角家は行者の修行をしているようですし、那智真璃子さんの実力は私も買っています。們天丸さんはいうまでもなく、この手のプロですから」

平然と答える御門はいつもの仏頂面のままだ。九角は肩を揺らして笑った。

「陰陽寮の若き棟梁が鬼にお願いとはな。高くつくぜ」

「那智家の人が聞いたら卒倒しそうな話しね。まあ、いいけれど。断る理由などありはしないもの」

「《黄龍》が暴れて壊滅する東京か。じいさんが望んでいた光景ではあるが、ここで阻止に協力した方が九角家のためになりそうなんでな。いいだろう、やってやるよ」

「ワイも断ったら最後、崇徳上皇に顔向けできんようになるから喜んで協力させてもらうで!」

暴走をはじめた《黄龍》が陰の器から溢れようとしている。原型を留めておくことが出来なくなり始めているのだ。空気までも吸い寄せられる。時間が無い。

御門が《黄龍》を前に印を結び始める。さらに《氣》が高まり、新たな《力》に開眼しようとしている《黄龍》を前に動じる様子は微塵もない。ここで食い止めなくては東京が壊滅するのだから、東京の霊的な守護の最終防衛ラインたる寛永寺をなんとしても守り抜きたいのだろう。

御門の周りに十二神将が出現し、御門に続いて真言を唱え始める。一人だけでは足りないらしい。

高速で渦巻く《氣》の壁が広がってきている。この途方もない《氣》こそが《黄龍》の正体なのだろう。

們天丸たちも呪文を唱える。結界が展開し、その中央に緋勇が立った。そして意を決したように叫ぶのだ。

「《黄龍》ッ!俺はここだ。緋勇龍麻はここにいるッ!」

龍がそちらにむいた。

「お前が混沌の象徴かどうかはしらない。でも、お前が俺に応えてくれるっていうなら、この世を喰らい尽くすなんてことはしないで、ずっとこの街を守り続けてほしい。俺の、俺たちの大切な人がたくさんいるこの街を」

牙をむく。

私達は地震計の針みたいに上下に揺れた。足もとに置いてある瓦礫が不吉な音を立て始めた。まるで頭蓋骨の中で脳味噌が飛び散っているような音だ。それは私達が揺れているのではなく、世界が揺れているのだと気づくのはすぐだった。

《龍命の塔》に絡みついていたとぐろを巻く《氣》の龍も雷鳴の化身も一瞬にして眩い閃光にかわったのだ。すべてがひとつに収束していく。《龍命の塔》もまた瓦解し、細かな粒子が気体となり、《氣》に変化していく。そして緋勇目掛けて一直線に濁流が降りそそいだ。蓬莱寺たちがとっさに向かおうとして、御門たちの結界に阻まれてしまう。

世界が真っ白に塗りつぶされた。


「龍麻ッ!」

美里がかけよる。

「ひーちゃん、大丈夫か!」

蓬莱寺がよぶ。

「ああ、うん......」

緋勇はめまいがするのかうずくまった。

「はは......今更腰が抜けた」

醍醐たちが笑った。

緋勇の視線が宙をふらつき、何を追っているのかと思えば、風で散った桜の花弁が舞い、落下する経路を眺めているのだと分かる。遊泳し、舞い落ちるそれは最終的にみんなの中間あたりの地面に落ち、それぞれの視線がそこに集まった。

「父さんが」

「弦麻さん?」

「父さんと母さんの声が聞こえたんだ。ずっと見守っててくれたみたいなんだ。俺だけだったら、きっとダメだった。父さんたちは今も《龍脈》と共にあるみたいで、すぐに声は聞こえなくなったけど、初めて聞いた」

緋勇は泣き出した。

「桜が......」

「《氣》を大地と大空に流したからだっていってた。きっと東京中が季節外れの満開の桜だろうって」

緋勇のいうとおり、天変地異のあとの満開の桜は大ニュースになるだろう。

満開の八重桜が、雲ひとつなく晴れ上がった空を背景に、時折、花びらを散らせてくる。桜の花びらが春風に乱れるように美しく舞う。桜の花びらが足元に散り敷いて、雪のようだ。桜吹雪が、夥しい数の蝶の乱舞に思えてくる。

夜が明ける。空を背景に桜は輝いていた。朝焼けを受け、花は淡い金色に縁取られ、風が吹くたびに花びらではなく光が零れ散っていた。

「なるほど、卑弥呼がまだこの国にいたころはこうやって《結界》を更新していたのかもしれませんね」

御門が意味深に笑う。

寛永寺を創建された天海大僧正は、「見立て」という思想によって上野の山を設計していった。これは、寛永寺というお寺を新しく創るにあたり、さまざまなお堂を京都周辺にある神社仏閣に見立てたことを意味する。

例えば「寛永寺」というお寺の名称は、「寛永」年間に創建されたことからついた。これは「延暦」年間に創建された天台宗総本山の「延暦寺」というお寺を見立てたものだ。

そのため、寛永寺のご本尊が薬師如来である理由は、延暦寺のご本尊が薬師如来であることを見立てたもの。また「清水観音堂」は京都の「清水寺」に、「不忍池辯天堂」は琵琶湖・竹生島の「宝厳寺」に見立てられるなど、上野の山には思想的な仕掛けが随所にされている。

こうしたなか、寛永寺は?川家の祈祷寺として創建された。天海大僧正は?川家のみのお寺ではなく、庶民が広くお参りできる寺を目指した。

そこでお考えになったのは、参拝だけでなく観光の要素。なんと天海大僧正は上野の山を桜で有名な奈良の吉野山にも見立て、桜の植樹を行ったのだ。

この行動は協力者を得て、植樹を始めてから数十年ほどで上野の山は江戸随一のお花見スポットとして知られるようになった。つまり上野に桜を植え、花見ができるようにしたのは天海大僧正と言って過言ではない。

「不思議なことに、今の時期、かならず桜の近くは立ち入りが禁止されていたのですよ。まあ、正月に花見なんて物好きはいなかったようですが。今、まさに《結界》が正常化されました」

「ひーちゃん、大丈夫ですか?《如来眼》で異常はみられませんが」

「ちょっとふらつくけど違和感はない、かな」

「とりあえず桜ヶ丘中央病院にいこうぜ。ひーちゃん。《黄龍》降ろしたんだからよ。ピンピンしてる時点で大したもんだぜ」

「うん、そうだな」

「そんで、特に異常がなきゃラーメンだ!」

「京一、さすがに今の時間はやってないんじゃない?」

みんな釣られて笑ってしまう。

ここまできて、ようやく柳生との長きに渡る戦いに終止符がうたれた実感がわいてきたのか、みんな穏やかな雰囲気が流れた。

とにかく桜ヶ丘中央病院に行くのが先だ。私は携帯を取り出す。25人もいるのだ、寛永寺から桜ヶ丘中央病院はなかなかに距離がある。《龍命の塔》の余波で公共交通機関は壊滅しているだろうから、移動手段となる車がたくさんいるだろう。きっと喜んでくれるだろうと思いながら、私は電話をかけたのだった。

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