青い春のおわりに

1週間がたった。

天龍院高等学校は3月1日の閉校式を待たずに封鎖となった。1月2日未明に起こった地震により校舎が見るも無惨な形で倒壊し、校舎地下にあった旧日本軍士官学校跡地に発見された不発弾が爆発して周囲に甚大な被害をもたらしたためである。安全が確認できるまで封鎖は続き、1週間後には避難区域の指定は解除したが瓦礫の撤去が難航し、黄色いテープが貼られたままである。この地震により、卒業文集の編纂にあたっていたと思われる校舎内に残っていた教職員と数人人の生徒が犠牲になった。遺体がまだ見つからない生徒もいる。天龍院高等学校は閉校式を控えていたために、避難区域に指定されていたが思い入れのある生徒が勝手に入り込んでいたらしい。

「なるほど、カバーストーリーはそんな感じなのか」

新聞を読みながら翡翠はひとりごちた。

「洗脳が解けたから、生徒も先生もなにも覚えていないんでしょうね」

「ああ、なるほど......頭にいた蟲はネフレン=カのが使役していたからな」

「柳生の洗脳もあったかもしれませんが、倒すことができましたから」

「《陰の黄龍の器》の核になっていた人は結局、生徒なのか先生なのかもわからなかったんだよな」

「はい、帝国時代の資料がなにも残っていないので、その末裔だということしかわからないです」

「そうか......去年の10月に天龍院高等学校にいたことが決定打だったんだな......」

私は頷いた。遺体すら残らなかった。緋勇は《黄龍》を受け入れたときになにもみなかったそうだから、あの時既に彼、もしくは彼女の自我は《黄龍》に塗りつぶされてしまい、なにも残らなかったのだろうと容易に想像がついてしまう。私達にできることは名前すら分からない誰かのために手をあわせることだけだ。

「おばあちゃんが寛永寺にお墓をたてるそうです。墓参りにいかないといけませんね」

「そうだな。いつになるかわからないが」

「はい......《黄龍》がここまですさまじい存在だとは思いませんでした。真神学園の旧校舎だけが倒壊して、今の校舎や他の建物が無事だったのが信じられないくらいです」

「それもこれも旧校舎に封じられていた《龍命の塔》を監視しながら、生徒たちの安全を守ってきた時諏佐家を初めとした前の世代の人達のおかげなんだろうね」

「そうですね......。今回、旧校舎が崩れてしまったので、取り壊しで人目に触れる機会はさけられたので、次の建物にはより厳重な封印が施されると思います。ずっと誰かが監視しなきゃいけないのはかわりません。柳生のような輩がまたあらわれないとは言いきれないわけですから」

「そうだな。僕が東京の守護を担う忍びであるように、変わるものもあれば、変わらないものもある。そういうことだ」

「ええ」

私達は空を見上げた。如月の家は蔵がある中庭に桜が植えてあるのだが、柳生との戦いの後に東京中の桜が《龍脈》の《氣》が一気に大地に流れた影響をうけたせいで満開になっている。

「この調子だと卒業式前に桜は全部散ってしまいそうだね」

「そうですねえ」

私はあいかわらず翡翠の家にお世話になっていた。柳生との戦いは終わったのだが、新宿区が壊滅的な被害を局所的にうけたため、おばあちゃんは連日駆り出されているのだ。しかも時諏佐家もその影響を受けて倒壊の恐れがあると診断されてしまったため、避難している状態である。立て替えるにしても業者を捕まえることができず、まだまだ先になりそうである。

「もうすぐ冬休みが終わるけれど、宿題は大丈夫かい?」

「大丈夫じゃないです......」

「まあ、僕も色々休みがちだから救済措置でたくさん課題が出てるわけだが......」

私達はそろってため息をついた。

柳生との長きに渡る戦いに終止符がうたれた今、私達は高校生であるという現実に打ちのめされていた。平行世界に飛ばされて1週間も経過し、そのままネフレン=カ、柳生との戦いに突入してしまったため、実質1月からが落ち着いている有様だった。打ち上げと行きたいところだったが、皆それどころではないのでとりあえず冬休みの宿題をやっつけようとこうして格闘しているわけである。なんとも世知辛い話だ。

今もこうして互いに宿題に追われていて、休憩という名前の現実逃避に中庭の桜を縁側で眺めているというわけだ。

「......」

「......」

「翡翠からどうぞ」

「いや、君からでいいよ。僕は今すぐ話さなきゃいけないことじゃないからね」

「そうですか......」

私達は1週間こんな感じだった。気まずいけれど、嫌な気まずさでは決してなかった。

「私ね、考えたんですよ」

「うん、見ていたよ。ずっと考えていたよね」

「言わなくていいです、恥ずかしくなりますから黙って最後まで聞いてください」

「わかったよ」

私はジト目で翡翠を見てから、無性に恥ずかしくなる。

ふとしたきっかけで優しさを感じたり、ふいに見せてくれた笑顔が素敵だったりする。意識し始めるとドキッとしてしまう瞬間があって、それが積み重なる1週間だったように思う。好きかもと意識しはじめた自分がいた。いつも目で追ってしまうと気が付いた。

翡翠はその変化を感じ取ってニコニコしていた。相手につつ抜けになるほど羞恥ぷれいもないが、一度意識してしまうとどうしようもなかった。

何回も想いを伝えてくれていた翡翠と同じ時間を長く共有している今、このまま独り占めしたいと思った。冬休みが終わるのがいや、一緒にいて居心地が良く、共通点がいろいろあることが分かっていた。

それは、私の中で翡翠と一緒に過ごす時間がかけがえのないものになった証にほかならない。

「もっと翡翠、あなたと一緒にいたいと思います。僕の隣で笑っていてほしいと言ってくれたあなたのそばに」

「それじゃあ」

「はい。私、この世界に残ろうと思います。あなたと共にこれからを歩むために」

「そうか......そうか。ありがとう、愛」

「こちらこそ、それだけ想ってくれて、ありがとうございます。待たせてしまって本当にごめんなさい。これからもよろしくお願いします」

しっかり目を見て返事をした私に、翡翠はこちらこそ、と笑ったのだった。

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