咆哮4
四神の宝玉を破壊した私達を待っていたのは、柳生と激戦を繰り広げる緋勇たちの姿だった。
「この時代の粋を集め、繁栄を極める巨大都市、東京───────。だが......貴様らが胡座をかくその足場こそ、数多くの屍で成り立つ虚飾の平和にすぎぬ。そして、日々の平和を貪りながらそれでいて、なにかにもがき、なにかを渇望する人間。なんと罪深いことか」
柳生は高笑いした。
「飾り立てられ、与えられた偽りの平穏ではその心の渇きは満たされぬだろう。よろこべ、秩序も平和もすべて混沌に帰し、強者のみが生き残ることを許される世を再びもたらしてやろう。《黄龍》の《力》が我が手中におさまった今、それすらも思うがままよ。名実共にこの柳生が覇者となったのだからな!」
そして、近づいてくる蓬莱寺たちに刀を振るう。《氣》が衝撃波となってはるか後方に吹き飛ばしてしまった。
「俺に向けられた憎悪に満ちた《氣》を否が応にも感じ取ることができるぞ。《宿星》とはいえ、所詮は愚かな人間にすぎないというわけだな。この憎悪こそが《陰の氣》となり、《陰の黄龍の器》の《力》を増幅し、より相応しい《器》たらしめているというのになあ?《黄龍》復活の最大の功労者となったお前たちには礼として死をくれてやろう」
柳生のいうとおり、《陰の氣》を含んだ大気が震えている。
「それは憎悪ではなく覚悟です。一緒にしないでください。殺意に似た感情であろうが制御できれば《力》は自分のものとして昇華されます。平行世界で《混沌》とはなんなのか、《陰気》
と《陽気》はなんなのか、《黄龍》とはなんなのか。それを卑弥呼にみせてもらったひーちゃんの方が《黄龍の器》に相応しいとなぜわからないのです?」
「なんだと?」
「人は《陽気》と《陰気》が合わさり初めて人たりえる。ひーちゃんはこの戦いで《陰気》を知り、《陽気》ばかりだった身がようやく中庸となっている。あなたは《陰気》のみで構築された体に魂、精神ではありませんか。もはや人ではない。人の姿をした鬼、魔にすぎない。人に討伐される運命です。諦めてください」
私の挑発に柳生が殺意を向けてくる。
突然溢れ出した凄まじい《氣》があたりに瘴気となりたちこめはじめた。
「時は熟した───────我が望みの運命が回り出す。さあ、《黄龍》よ。やつらを皆殺しにするのだッ!!」
寛永寺に妖魔が一気に出現する。柳生もまた刀を抜いた。はるか上空には完全体になろうと《陽気》を求めて緋勇を取り込もうと蠢く黄金色の龍がいる。私達は戦闘を開始した。
「教えてやろう、《氣》とはこう使うのだ」
柳生の扱う《氣》は質も量も私達とは桁違いだった。《黄龍の器》を掌握することで恐ろしい程に膨大な《氣》が柳生の手の上に凝縮していく。緋勇たちのわざがあっけなくかき消されてしまった。
「さあ、喰らうがいい」
《黄龍》が咆哮した。
私達は吹き飛ばされてしまう。防御すらままならない。すさまじい光線があたりを薙ぎ払っていく。一瞬にしてあたりは焦土とかした。
負傷者の血と全員の汗の臭いが混じり、奇妙な臭気を醸し出している。だが誰一人としてそれが気にならない。それを気にしている余裕はないからだ。仲間たちの焼け焦げる、新鮮な血のにおいがする。死人の異様な臭気が鼻をつく。
「天使の光よ!」
後方にいたことで《黄龍》の強烈な一撃を免れた美里が《力》を発動する。真摯な祈りを受けて現れた大天使が注ぐ神の光が、仲間たちの生命の危機を救う。一瞬にしてあたりは清廉な森のように《氣》が澄んでいき、濃厚な死の気配は遠ざかった。
「エン・ハロドの奇跡」
美里はさらに、かつて無慈悲な侵攻から祖国を護るべく闘う者たちに主が与えた加護と同じ、抑圧者に屈しない力を代行者として緋勇たちに与えた。
「祈りよ!」
さらに真摯な想いが天へと届き、悲観や困難を打ち破る加護が付与された。行動力が大幅に回復する。そして。
「審判の浄火」
神が放つ聖なる炎が全ての魔を焼き尽くす。寛永寺周辺をはるか上空から光の雨が叩き、魑魅魍魎たちを脳天からなにからあらゆる場所を容赦なく貫いた。不思議なことに光は私達を通り過ぎていく。どうやら美里の《力》により《加護》を得たために、どんな《力》をもつ仲間でも敵には認定されないようだ。敗走する敵とそれを追う仲間たちの声、そして攻撃の音が真っ暗闇の至るところから不気味に湧き起こっていた。
「さすがだぜ、美里。これで雑魚は一掃できたな!今度は俺たちの番だ!」
閃光に当たった面だけざらざらに焼け爛れ、光の当たらなかった方は元のまま滑らかになっている。その中を私達は走った。あいかわらず最後の審判の光は雨のように火の尾を曳いて降りそそいでいる。私達は大ダメージを食らっている柳生の眷属たちを確実に屠っていった。そして緋勇たちのために道を開けるのだ。
「ありがとう、みんな。あとは任せてくれ!」
「こちらが片付いたらすぐに助太刀します!頑張ってください!」
緋勇たちが寛永寺の本堂に突入する。異形たちの怒涛のような響きとなって聞こえてくるが、門は閉じられてしまった。
私達があらかた異形を片付けて、寛永寺に近づく。門をみんなで無理やりこじ開けると、柳生が緋勇の秘技《黄龍》によりトドメをさされた直後だった。
「ぐううううッ!」
緋勇たちが《黄龍》に弾き飛ばされてしまう。柳生を庇ったのかと思いきや、《黄龍》の巨大な口が柳生をもろとも飲み込んでしまった。血しぶきがとぶ。えぐい音がする。皮や骨がぐちゃぐちゃになって咀嚼され、飲み込まれる音がした。
「た、たべちゃった......」
「いったいなにが......?」
「術者が死んだら、《黄龍》は姿を消すはずでは......?」
「《黄龍》がおかしいの!いきなり柳生を攻撃したかと思ったら、御堂を破壊し始めて!」
「やっぱり《陰の黄龍の器》に無理やり押し込めたから降臨に失敗したのか!?」
「それは帝国時代にやらかしてるはずだ。柳生ならなにか......」
答えは私の《力》が教えてくれた。
「柳生は《黄龍》の《力》、《龍脈》の《力》を活性化させすぎたんです。それも陰陽を無理やり分けて高めすぎた。《龍脈》は安定を求めています。龍麻君の攻撃により《陽氣》が著しく高まったせいで、《陰気》を欲っしたんでしょう」
私が解説している間も執拗な襲いかかりで柳生は見るも無惨な姿に破壊されていく。《龍脈》により復活していた柳生は、《龍脈》自身により破壊されてしまったのだ。《黄龍》が狂気を氾濫させていた。
《黄龍》というものは、人間の生命をまったくごみのように無視して成立するらしい。火の海のようになった寛永寺にて、妖魔は《陰気》をもとめて《黄龍》によって蠅のように容易に、蠅のようにきりなく殺されていった。
激しい戦闘が繰り広げられており、腕や脚や目を失った妖魔が、見捨てられた亡霊のように通りをさすらっていたが、全て食い尽くされてしまった。
寛永寺敷地内の風景は、なんだか乱杭歯の口を思わせる、見たことのないものに変貌していた。 建物があったはずの場所が、ぶっきらぼうな更地になっているのだった。焼けただれた風景は絶望にみちている。
「まずいです、このままだと東京が!」
私の言葉に緋勇たちは青ざめる。
瓦礫の山壁に囲まれた世界に鎮座する《黄龍》が咆哮する。
「へ、面白くなってきたじゃねえか」
「つまり、だ。《陰の黄龍の器》になってる天龍院の先生か生徒がまだ核にあるから《黄龍》は消えないんだろ?なら、分離できれば......」
「でもただでさえ暴走してるのに、器から離しちゃって大丈夫なの?」
「やってみるしかない。俺がその受け皿になってやる」
緋勇の言葉に一瞬の静寂が訪れた。
「自我が塗りつぶされたらそれまでだ。でも俺は死ぬ気は無いよ」
力強い言葉だった。
そして、私達は最後の戦いに挑むことになったのである。
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