魔人学園8

「私はずっとお前たちのことをみてきた。ヒュプノスの報告もあった。だから力をかすに値すると判断したのだ。存分にその《力》を使うがいい」

ノーデンスの《加護》が緋勇たちに付与される。

「こいつがノーデンス......」

まさかノーデンスが直々に姿を表すとは思わなかった私は硬直するのだ。

ノーデンスは旧神と呼ばれる(比較的)善なる神々の中でも最高位に位置する存在だ。

貝殻の戦車をイルカや馬のような生き物に牽かせ、輝ける銀腕アガートラムで杖を振るう筋骨隆々の大魔導師。威厳に満ち溢れた豊かな髭、雷の如く響き渡る声。確かに善なる神々の大将にふさわしい存在であると言える。

深い魔術の知識や威風堂々たる老人の姿からはオーディンを、白銀しろがねの義手からはヌァザを、雷を振るうという逸話からはゼウスを思わせる神の中の神だ。

神が雷を振るって旧支配者と思しき存在を打ち砕く描写がネクロノミコンの中に有る。

そもそもアトランティス人は彼を魔術神コズザールと呼び、カルトという形ではなく一般的に信仰していた。

クトゥルフ世界のアトランティスの信仰は時間とともに節操無く変わっており、ニャルラトホテプの化身であるトート神(これも魔術神)によって建国されたかと思えば旧支配者によって滅ぼされ、邪神ガタノゾ……失礼、旧支配者のガタノソア信仰が強かった時代も有れば、旧神のバステトが強く信仰されていた時もあります。幾つもの王国が入れ代わり立ち代わり勃興したのが原因なのだ。

そんな中でカルトが無かったにもかかわらずよりにもよって魔術の神として広く信仰されていたノーデンスはやはり特別な力が有ったのた。ただ不思議なのはアトランティスに人の王国を生み出したのはニャルラトホテプの化身であり、同じくアトランティスでニャルラトホテプと対立するノーデンスが広く信仰されている点だ。

おそらくニャルラトホテプの化身であるトート神は彼なりの信念により人類に味方したニャルラトホテプであり、ノーデンスはその盟友だったのかもしれない。だとすればノーデンスがニャルラトホテプに対して敵意を抱いていたり、ノーデンスがニャルラトホテプと同じように夜鬼と呼ばれる奉仕種族(邪神に仕えるクリーチャー)を使役する理由にもなる。

彼は今は亡き友の力を受け継ぎ、友の悪しき半身達との永劫の戦いに身を投ずる戦士だ。

今回は本体に近いニャルラトホテプを信仰するネフレン=カが相手だから、敵対勢力である。だから、敵の敵は味方という《アマツミカボシ》と同じ立場だから協力してくれるらしい。

「すごい......」

「これが《旧神》の《力》......!」

それは緋勇たちに今まで以上にない程の高揚と力を与えているようだった。

《ハスターの信奉者たるお前にふさわしい加護はあたえてやれぬが、ナイトゴーントたちを貸してやろう。手となり、足となり、ふさわしい戦いを手助けするだろう》

ノーデンスに相当私達は気に入られたようだ。敵対勢力の信奉者の末裔であるにもかかわらず、私にまでナイトゴーントを貸し出してくれるとは加護の大盤振る舞いである。

本来、ノーデンスは比較的人間に友好的なだけで、たすけてはくれるがドリームランドに放置したり、自分の領土に連れて帰ったりするため、完全なる味方ではないのだ。

私達が柳生と戦いつづけてきたのを間近で見てきたからか。それとも世界樹と接続していた原始の《黄龍の器》の末裔がいるからか。旧神の神々は人間がこの世界の支配者となったときに愛想をつかしてドリームランドに姿をかくしてしまっているから、基本的にここまで全面的に庇護してくれるなんて思わなかった。

でも、力を貸してくれるなら、これ以上にありがたいことは無い。

私は退散の呪文を唱え始める。私の呪文に輪唱するナイトゴーントたち。だんだん呪文の《力》が強まっていく。

「私達でネフレン=カに憑依している邪神を引き剥がしますから、ひーちゃんたちはネフレン=カをお願いします!彼を倒さないと邪神の降臨が終わらない!!」

私の言葉にうなずいた緋勇たちが《駆り立てる恐怖》の肉盾を失ったネフレン=カに戦いを挑んだ。

ノーデンスがすべての攻撃に聖なる《旧神》の《加護》と《力》を与える。ネフレン=カの唱える呪詛はかき消され、あるいは反射し、緋勇たちの攻撃に《火》の属性を付与する。ネフレン=カに憑依している邪神が苦手とする属性に気がついた緋勇たちは、自分の火属性の技を優先するか、ほかの属性攻撃は避けて物理攻撃にきりかえ、その《加護》がいかんなく発揮されるようにと立ち回った。

あれだけ苦戦していたのが嘘みたいな流れだった。

さすがは《旧神》の最高峰に位置するノーデンスだけはある。相手がニャルラトホテプ本人ではなく、その狂信者が復活して化身と化している格差もあるのかもしれないが、今の今まで苦戦していた私達にはなによりも心強い《加護》だった。

「おのれ───────ッ!!」

ネフレン=カの殺意が《旧神》の《加護》が及ばない私に向いた。

「そうはさせるか」

飛んできた凶弾は真っ二つに切捨てられ、やき尽くされた。

「大丈夫かい、愛」

「ありがとうございます、翡翠。たすかりました」

「さあ、詠唱を続けてくれ。ここは僕に任せて」

「はい」

私は詠唱を再開する。



「大鳳」

緋勇が飛んだ。飛翔と共に、敵の頭上から襲いかかる打撃技。炎と化した一撃は、大鳳の羽ばたきとなり、すべてを撃つ。


私はこれまでで最も大きな悲鳴を聞いた。断末魔だった。ネフレン=カが一瞬にして大火に包まれていく。

ずっと耳に鳴り響いていた楽器の音色が不意に途切れた。かわりに金属と骨がこすれる不愉快な音色が私の頭の中にまで伝わり、やがては呪文の詠唱が止まった。

代わりに聞こえるのは、粘り気を持った液体と空気が混ざったときに出る、ゴボゴボという悍ましい音だった。呆然としてその音を聞きながら、私は震える体を無視して詠唱を続けた。

生暖かい液体が吹き出し、ネフレン=カは燃えながらびしょ濡れになっていく。そして一瞬後、ネフレン=カは音もなく倒れた。

一瞬にして体が崩壊し、ぐずぐずに腐っていく。水は蒸発し、骨だけになり、やがては骨すら残らず消えてしまった。

「......やった、のか?」

《人間の身でありながら、人間であることに縋り、それでいて不老不死を目指して一心不乱に周りに不幸を撒き散らし続けた男の末路だ。よく見ておくがいい。不老不死を願うのは人間の夢だが、叶えるには相当の対価が必要だ。他者によって払おうとする者の末路などしれている》

そこにはもう何もいなかったが、歪んだ楕円形に十数個の平面図形をあわせた模様、あの石室で見た奇妙な印があった。

「勝った......?」

《あの男は邪神により連れ去られた。戻ることはあるまい》

ノーデンスの言葉にようやく私達は勝利を確信して喜んだ。

《人の子よ......いよいよこの世を統べる者を選ぶ日が訪れる。お前がどのような決着を見せるのか、楽しみにしている。くれぐれも失望させてくれるなよ》

私達の視界は真っ白になった。

気づけば旧校舎ではなくグラウンド近くに倒れていた。大丈夫か、と犬神先生と遠野に起こされた私達は、旧校舎が倒壊するのを目撃することになるのである。

いよいよ始まったのだ。《龍命の塔》の起動が。

大事をとって今からでも遅くはないから休めと言われた私達は、犬神先生たちに家に送ってもらったのだった。

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