魔人学園7

満月の空の下、無数の羽の生えた蛇が飛び交う東京の夜景をみながら、犬神は眼鏡を遠野に預けた。

「せんせ......?」

「どうやら来るのが遅かったらしいな。屋上では派手に闘っているようだ。今からいっても足でまといにしかならん。新校舎にもどるぞ」

「えっ、でも外は......」

「ここは震源地のひとつだ。奴らの目的はここだ、新校舎にさえ入れば安全だ。俺がなんとかしてやるから来なさい」

「は、はい......」

ただならぬ気配を感じたのか、遠野はうなずいた。

「俺はな、遠野」

「はい?」

「俺はこの学園の守り人として、この闘いの行方だけは見過ごすわけにはいかんのでな。《黄龍》や《龍脈》がどうなろうと関係ないが、大切な生徒や学び舎を荒らす輩はゆるさん。帰るのは遅くなるだろうが、かならず帰してやるから安心しなさい」

「......わかりました」

遠野はわきあがる疑問にすべて蓋をして、犬神に全てを任せることにした。犬神たちは旧校舎敷地内から外に出る。翼の生えた蛇がこちらに近づいてくる。

「今宵は満月、俺の魔力がもっとも高くなる夜だ。運がなかったな」

狼の遠吠えが真神学園に響き渡る。

「───────......犬神せんせ、人狼だったんだ......」

隠れているよう言われた遠野は、いくらかこまれようとも意に介さず、次々と一撃で屠っていく犬神をみて呼吸を失った、

「遠野、今だ。走れ!」

「は、はい!!」

遠野はあわてて新校舎に向かって走った。

新校舎にはなぜか蛇は近づいてこない。

「ここには《結界》がはってあるんでな、下手な建物よりよほど安全だ。目と鼻の先にあんな危険な建物があるんだから当然だろう?」

そういって犬神はタバコを1本すい始めた。

「あいつらがどうにかしてくれるまで暇つぶしに話でもしてやろう」

それは犬神の素性をあかすものだった。

日本では古来、ヤマイヌ(豺、山犬)、オオカミ(狼)と呼ばれるイヌ科の野生動物がいるとされていて、説話や絵画などに登場している。これらは、同じものとされることもあったが、江戸時代頃から別であると明記された文献も現れた。ヤマイヌは小さくオオカミは大きい、オオカミは信仰の対象となったがヤマイヌはならなかった。

ヤマイヌが絶滅してしまうと、本来の意味が忘れ去られ、主に野犬を指す呼称として使用されるようになった。

絶滅前はニホンオオカミと山にいる野犬を混同して両方「山犬」と呼んでいただろうとし、黄褐色の毛を持ち、常に尾を垂れているものがニホンオオカミであるが、両方とも人を噛むという点でどちらも人々から恐れられていたのだろう。

元からニホンオオカミは目撃例が少なく、また上記の通りヤマイヌとの差異も明確でない上、学術的な調査が行われる前に絶滅したため、生態については不明な部分が多い。

薄明薄暮性で、エゾオオカミと違って大規模な群れを作らず、2〜3から10頭程度の群れで行動した。主にニホンジカを獲物としていたが、人里に出現し、犬や馬を襲うこともあった。特に馬の生産が盛んであった盛岡では、被害が多かった。遠吠えをする習性があり、近距離でなら障子などが震えるほどだったといわれる。山峰に広がるススキの原などにある岩穴を巣とし、そこで3頭ほどの子を産んだ。

自らのテリトリーに入った人間の後ろを監視する様に付いて来る習性があったとされ、送り犬は、この習性を人間が都合の良いように解釈したために生まれた言葉だ。

日本列島では縄文時代早期から家畜としてのイヌが存在し、縄文犬と呼ばれている。縄文犬は縄文早期には体高45センチメートル程度、縄文後期・晩期には体高40センチメートルで、猟犬として用いられていた。弥生時代には大陸から縄文犬と形質の異なる弥生犬が導入されるが、縄文犬・弥生犬ともに東アジア地域でオオカミから家畜化されたイヌであると考えられており、日本列島内においてニホンオオカミが家畜化された可能性は形態学的・遺伝学的にも否定されている。なお、縄文時代にはニホンオオカミの遺体を加工した装身具が存在し、千葉県の庚塚遺跡からは縄文前期の上顎犬歯製の牙製垂飾が出土している。


日本では魔除けや憑き物落とし、獣害除けなどの霊験をもつ狼信仰が存在する。各地の神社に祭られている犬神や大口の真神(おおくちのまかみ、または、おおぐちのまがみ)についてもニホンオオカミであるとされる。これは、山間部を中心とする農村では日常的な獣害が存在し、食害を引き起こす野生動物を食べるオオカミが神聖視されたことに由来する。

ニホンオオカミ絶滅の原因については確定していないが、おおむね狂犬病やジステンパーなど家畜伝染病と人為的な駆除、開発による餌資源の減少や生息地の分断などの要因が複合したものであると考えられている。

江戸時代の1732年ごろにはニホンオオカミの間で狂犬病が流行しており、オオカミによる襲撃の増加が駆除に拍車をかけていたと考えられている。また、日本では山間部を中心に狼信仰が存在し、魔除けや憑き物落としの加持祈祷にオオカミ頭骨などの遺骸が用いられている。江戸後期から明治初期には狼信仰が流行した時期にあたり、狼遺骸の需要も捕殺に拍車をかけた要因のひとつであると考えられている。

なお、1892年の6月まで上野動物園でニホンオオカミを飼育していたという記録があるが写真は残されていない。当時は、その後10年ほどで絶滅するとは考えられていなかった。

「人になれるか、なれないか。人間というやつがこの地に現れたとき、前者を選んだのが俺たちで、後者が絶滅したニホンオオカミだ。未だになにが正しかったのかはわからん。ただ、江戸時代の狂犬病から免れる方法はニホンオオカミの姿しかとれないやつらにはなかったのはたしかだ」

「......絶滅させたのは人間なのに、なぜ真神学園の守り人をしてるんですか?」

「むかし、この学園を守ってた女がいたんだ。そいつに恩も義理も返せないまま逝っちまったんでな、俺にはそれしか遺されてはいないのさ」

遠野はその人が好きだったんですね、とはいえなかった。犬神が旧校舎屋上に閃く光をみて眩しそうに目を細めていたからである。

そこには、たしかに種族という壁に阻まれて大切な人と死に別れた男の、どことなく諦めた静けさがあって、そんな関係を告げたあとでも別に前と変わらない確固たる覚悟にもにた冷淡さもしくは親切さがあったからだ。

初恋の青年がタイムスリップしたご先祖さまかもしれないという秘密をかかえた遠野は、自分にも覚えがあったから茶化すことなど出来なかったのである。

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