魔人学園4

「東京の西の玄関口である新宿駅はね、明治18年に内藤新宿駅としてスタートしたの。今や1日の乗降客数は150万人を超えるわ」

マリア先生はそういって旧校舎から新宿駅付近の灯りを眩しそうに眺める。

「今でこそ周囲を飲み込んだビックタウンの1部でしかないけれど、当時はね、東口方面だけを中心に文化的に栄えていたのよ。この地域全体を俯瞰すると、皇居からの《龍脈》に垂直に駅がたっていたからだという話もあるわ。《龍脈》に平行ならそこから流れる《氣》もスムーズに流れるのだけれど、まるで分断するようにあるものだから、東口方面にだけ《氣》が溜まってしまうのよ。昔は《氣》の堤防も兼ねていたからだと思うわ」

「堤防、ですか」

「ええ。対極にある西口の開発が遅れたこともあって、今でも分断された《氣》は東口方面に《陽氣》、対極にの西口方面には《陰氣》が流れているわ。東京都庁を挟んで真神学園と対極にある天龍院高等学校に《陰氣》が流れ込むのは当然のことよね。だからね、龍麻君。《龍命の塔》は、真神学園側には《陽氣の塔》、天龍院高等学校には《陰氣の塔》がたつのよ。無理やり分断されているふたつの《氣》がようやく混じり合い、混沌を産む。そこには膨大なエネルギーが発生する。あと1日たてば東京の命運はあなたたちに託されることになるのよ。どうか頑張って」

「ありがとうございます。絶対に生きて帰ってきます。俺に大事な話をしてくれた、マリア先生にむくいる為にも」

「ウフフ」

しばしの沈黙が降りた。

「あけましておめでとう、龍麻君。そして、お誕生日おめでとう」

「えっ」

「つい長話をしてしまったわ、悔いが残らないように私の知りうるかぎりの情報を渡そうと思っていたらもうこんな時間ね」

マリア先生が腕時計を見せてくれた。0時を回っていた。

「18歳のお誕生日おめでとう」

「あ、ありがとうございます。覚えていてくれたんですね。俺もそれどころじゃないからすっかり忘れてたのに」

「ウフフ、転校初日に自己紹介してくれたのがついこの間のように感じてしまうわね。24時間後の今頃は戦場に立っているであろう龍麻君にこれを預けるわ」

「これは?」

「これは我が一族に伝わる家宝なの。私が生き残ったときに託されて以来、肌身離さずもっていたものよ。あらゆる厄災を退けてくれる指輪。あなたの大切な人に渡してちょうだい」

「な!?」

「ただし、貸すだけよ。大切なものなのだから。かならず返しに来てちょうだい。いつかあなたがこれを超える指輪をその人に渡してあげてね」

緋勇が受け取ったのは、夜の一族の叡智が詰まった指輪だった。あらゆる属性、状態異常の攻撃も反射する《加護》が宿っている。緋勇はそれを握りしめた。

「ありがとうございます」

「頑張ってね、龍麻君。私は信じているわ、あなたたちが勝利をつかむその瞬間が訪れることを」

「はい」

力強く緋勇がうなずいた。その時だった。

旧校舎全体がひときわ強く揺れた。

「───────ッ!?」

そして、旧校舎の地下深くから《氣》が流れ込んでくる。

「おかしいわ、《龍命の塔》の起動まであと1日あるのに!龍麻君、伏せなさい」

「!」

地震はやまない。さらに激しくなっていく。緋勇たちは都庁の真上に渦巻く雲を見た。そこから何かが這い出してくる。それが無数の黒い翼の生えた蛇だと気づくのだ。

「仕掛けてきたわね......それだけ《黄龍》の降臨の儀式を邪魔されたくないのかしら」

「ネフレン=カですか」

「ええ、そしてあれは《駆り立てる恐怖》。ネフレン=カが召喚したに違いないわ。くるわよ、龍麻君」

「はい」

緋勇は古武道の構えをとった。空から無数の《駆り立てる恐怖》が飛びかかる。



その時だ。



冷酷にして輝かしく、声量豊かで荘厳なまでに邪悪な《氣》がそこにはあった。いつの間にか、旧校舎の屋上にひとりの男が立っている。古代エジプトの衣装に身を包んだ浅黒い肌の男だ。

「あなたは......」

ぴりっとする殺意がたちこめた。

「久しぶりですね、夜の一族の生き残りよ」

「こいつが......!」

「はじめまして、《陽の黄龍の器》の《宿星》をもつ者よ」

「一体なにが目的で柳生に味方するんだ、お前は!」

「目的ですか。私の目的はただひとつ、この国に邪神の崇拝を復活させること。かつてこの国においても大いなる使者、星の世界を闊歩するもの、砂漠の王等様々な名を持つ我が暗黒の神は崇拝されていた。身の毛もよだつ供物が捧げられていた。最古の年代記でも黄泉の国の支配者や妖術と黒魔術の守護神としても語られているとおり、絶大な力を誇っていた。しかし、その崇拝は明治時代に入ってから急速に衰退して、私も力を失っていき、遂には弾圧を受けるまでに至った。あらゆる記録から我が神の名は抹消され、宗教体系においても我が神が持っていた属性や資質を別の神々に付与させるといった屈辱が行われた。表舞台から抹消されても私のような信者や崇拝はその後も密かに残り続けていた。今こそ、復活のとき!」

男は歪に笑う。まわりに、不快な、ある一種独特の雰囲気があった。

「───────ッ!?」

男の周りに突如膨大な象形文字、いわゆるヒエログリフの羅列を伴った魔法陣が出現した。その半透明な空間は、小規模な体育館並みの広さにまで展開する。そのほぼ全面に、当時の文字が書かれていたのだ。文字が刻まれている。その文字は彫刻の素人が刻んだようないびつな文字が、壁一面に並んでいたのだ。それはどこか呪詛を思わせた。

そして何より、床面に描かれた奇妙な印。基本的には歪んだ楕円形に十数個の平面図形を組み合わせたものなのだが、まともな人間が、というより人類が考え付くとは到底思えない代物だった。

それを見た瞬間に緋勇たちは本能的な恐怖を覚えた。人類が地上を這い回るサルに過ぎなかった時代に、暗闇から忍び寄る巨獣の牙に対して感じたであろう恐怖を。理解不能な存在の圧倒的な力によって、全身を引き裂かれる間際の戦慄を。

あの平面図形の中には何かが映っている。人類が決して見るべきではないものが。

それは、今住んでいる世界とは全く違うものだった。多くの大陸は半分以上が水没し、氷河に覆われ、代わりに新しい大陸が濁った海面に黒々とした姿を現している。太陽の姿が消えた空からは雨が絶え間なく降り続き、何とも形容しがたい轟音が鳴り響いてる。

やがて、視点が沈みかかっている大陸の表面に映った。迫りくる海が地上のおそらくかつては巨大都市だったらしい廃墟を洗っている。廃墟に蠢くのは人型をしてはいるが、どこか本質的なところで異なるカエルじみた奇形の生き物。これが別種の生物なのか、人類のなれの果てなのかは考えたくもなかった。

そして、カエルじみた生物とともに世界を支配するのは、悍ましい怪物の群れだった。直立歩行する巨大な蛸のような生き物に、カエル共が跪いている。空には人間の戯画じみた輪郭を持つ巨大な何かが舞い、その周りを奇怪な蝙蝠のような生き物が取り巻いている。海からは得体のしれない触手が伸びていて、その下には姿を想像するだけで吐き気を催すような怪物の影があった。

そして地上の海に浸食されていない部分では、おそらく人間の最後の生き残りらしき人々が、怪物を神として崇めていた。この石室にあったスフィンクスに酷似した怪物、黒い翼と三つの赤い目を持つ影、顔のない円錐形の頭部に伸縮する手足を持つ存在が、ボロボロの服を着た人間たちに崇拝されていたのだ。

よく見ると、ボロをまとった人々の中に、何故か一人だけ場違いな礼装に身を包んだ男がいた。浅黒い肌と端正な顔をしたその男は緋勇のほうを見て微笑みかけた。

その微笑は限りなく魅力的でありながら、同時に不快な嘲笑のようにも感じられた。緋勇はこの男が人間たちに崇拝される怪物共と同じ実体であることに気づいた。男はこちらに手を振っている。  

それを見た瞬間、緋勇の意識は現実に引き戻された。

「龍くんッ!!」

槙乃の声が沈黙を打ち破ったからだ。

「大丈夫か、龍麻ッ!!」

ようやく緋勇は自分が幻覚にかかっていたことを思い知るのだ。おぞましい光景だった。あの世界の再臨がネフレン=カの目的だと強烈に意識する。

「龍麻君になにをしたの!!」

「なぜ怒るのです?マリア=アルカード。あなたが聞いたのですよ、緋勇龍麻。私が柳生に組みする理由を。だから私は教えてさしあげた。質問にはきちんと答えるのが礼儀だ。違いますか?」

「だからって相手の精神力をごっそり奪って幻覚みせていい理由にはならないですよね」

「おやおや、手厳しい」

槙乃は殺気じみている。不倶戴天の敵が目の前にいるのだから無理もない。

「予告はしましたよ。あなたは幾度もヒュプノスから夢を通じて今広がるこの光景を目の当たりにしてきたではありませんか。《駆り立てる恐怖》が飛翔する空、そして壊滅する東京。まあ、それにはまだ時間がかかりますがね」

「まさか《龍命の塔》は新宿だけじゃおさまらないといいたいのか?」

「おや、なんのために《結界》をズタズタにしてきたのだと思っているのです?あれは終わりの始まりの合図にすぎないのですよ」

ネフレン=カは高笑いする。

「さあ、少しでも《龍脈》を活性化させなければなりませんのでね。あなた方にも協力していただきましょうか。ねえ?」

口が裂けるくらい口元を釣り上げた男は挑発するのだ。

「さあ、少しは楽しませてくださいよ。今回の《宿星》たちはまともに相手になるかどうか試してさしあげますよ。このネフレン=カ、直々にね!」

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