魔人学園3

「おい、遠野。いつまでやってるんだ」

「あ、犬神先生」

「もう22時だぞ」

「えっ!あ、ほんとだッ!もうこんな時間!やっば、すっかり忘れてましたーっ!槙乃がいない分頑張らなきゃって気合い入れすぎた~~~ッ!」

「お前な、新年早々体調不良になるなよ」

「だって卒業文集に載せる写真選びですよ!1枚たりとも妥協なんてできないわ!ここには3年間の記録が全部あるんですから!」

力説する遠野に犬神はため息をついた。

「俺はお前の送迎係じゃないんだが......ここのところ毎日じゃないか」

「えへへ、ごめんなさい」

「そんなに大切なネガなら、今のうちに全部持ち出した方がいいぞ」

「あ、朝から続いてる地震のことですか?たしかにやばいですよね、あれ」

「さっき職員室に緋勇がきてな、今すぐここから避難しろといってたぞ」

「えっ、龍麻君がですかッ!?」

「あァ、なにやら深刻そうな顔をしていたな。よくわからんが危ないらしいぞ」

その言葉に緋勇たちから度々柳生との戦いについて進捗状況を聞きながら、情報面で支援を続けてきた遠野は青ざめるのだ。

秋月兄妹の個展でみた、荒廃する東京の未来。この地震はその前触れであると遠野の第六感がどこかで告げていたのだ。羽の生えた蛇がたくさん空を飛ぶバットエンド一直線としかいいようがない光景。秋月兄妹が星見という未来予知の《力》を持っていると知ってから、遠野は不安を押し殺すためにわざわざ冬休みにもかかわらず新聞部に通いつめていた訳である。

龍麻がわざわざ危ないから逃げろと忠告したのだ。柳生の標的が真神学園なのかもしれないし、これからなにか起こるのかもしれない。未来を予知する仲間まで現れたのだ。遠野はあわててネガをケースに入れ始めた。

やれやれ、といった様子でそれをみていた犬神はそのうちいくつかをかかえた。

「これで全部か?」

「あ、パソコンも!」

「いつの間にノートパソコンなんか......電脳部じゃあるまいし」

「色々調査依頼されるからお礼として美里ちゃんに予算ねじ込んでもらったんでーす!正当な報酬ですよ!」

「おいおい......ちゃっかりしてるというか、なんというか。うちのパソコンより性能いいじゃないか......美里のやつめ。生徒会の顧問はなにをしてるんだ」

呆れた様子で犬神は肩を竦めた。こうしている間にも教室は大なり小なり揺れを感じる。

「家まで車で送ってやるから来なさい」

「はーい!」

「調子のいいやつめ」

「あいたっ」

犬神が職員室にカバンを取りにやってくる。

「......む」

「どうしました、せんせ」

「おい、遠野。お前また旧校舎の鍵持ち出したんじゃないだろうな?」

「えっ、やだなあ、なにいってるんですか先生!あたし、ずーっと新聞部にいたじゃないですか」

「......たしかにそうだな」

「えっ、まさか旧校舎の鍵が?」

「あァ」

「誰かきたとか?」

「いや、今日の当番は俺のはずなんだが......」

犬神は暗がりの外を見た。職員室に鍵をかけ、校舎内の戸締りをしてから外に出る。

「......」

「犬神先生、旧校舎の屋上にあかりが......」

「あァ、やっぱり誰かいるようだ。困ったもんだ、あそこはよくない。いけない。何度もそういったんだがな」

ガシガシ頭をかいた犬神は悪態をつく。

「すまんが......」

「あたしも行きますよ~~~!」

「おいこら」

「だって一人はあぶないって槙乃が!」

「......」

深い深い溜息の後、犬神はしぶしぶついてくるよう言ったのだった。




旧校舎は老朽化の影響か、地震のたびに校舎よりも揺れていた。懐中電灯片手に歩く犬神の後ろをついていく遠野は、外から見たあかりが近づいてくることに気づくのだ。

「!!」

窓の向こうになにかが通り過ぎた。

「どうした」

「先生、さっき窓の向こうになにか───────」

「ついてくるといったのはお前だ。今から引き返す訳にはいかん」

「は、はいっ」




《話したいことがあるから、今日の22時に旧校舎屋上に来て欲しい》

花園神社の初詣の帰り側にそんなことをいわれた緋勇は、柳生との決戦を控えた今、あまりのタイミングに嫌な予感しかしなかった。

だが、相手はマリア先生である。歓迎会で緋勇たちの《力》を目撃しながらも見なかったことにしてくれたり、それとなく学校を抜けだす手助けをしてくれたりした担任の先生だ。それだけではない。天野記者と友人だったために、彼女だけでなく緋勇たちが危ないことに首をつっこんでいることを知って心配してくれたり、怒ったりしてくれた。この一年間お世話になったことを考えると、どうしても無下にはできなかったのである。

旧校舎が《龍命の塔》が起動したら最期、倒壊するか破壊されるのは龍山先生の話や如月の電話から聞いていた緋勇は、職員室によって犬神にそれとなく忠告したのだ。詳しく話すわけにはいかなかったが、槙乃がなにかと頼りにしている先生でもある。詳しく聞かないかわりに意味深に笑って職員室から追い出されたのは気になるが、マリア先生のあとをついていくのが先だった。

旧校舎は地震で揺れている。屋上からは胎動している東京が一望できた。

「ねえ、龍麻君」

もうすぐ1998年が終わりを告げる。あと2時間で世紀末がやってくる。いつもと違う夜の下、マリア先生が緋勇に笑いかけた。

「先生は、あなた達にとっていい先生だったかしら?」

「はい。俺にとって、マリア先生はとてもいい先生でした。授業抜け出したり、危ない目にあったりして心配ばかりかけたけど、見守っていてくれてありがとうございました」

「ウフフ......卒業式はまだ早いんじゃないかしら?でも、そうね。そういってもらえて嬉しいわ。私にとって......最後の教え子になるであろうあなた達はほんとうにいい子達だった」

「先生?」

「龍麻君たちには申し訳ないのだけれど、私は冬休みあけにはこの学園を去らなければならないの」

「えっ」

「卒業式まで待てなくてごめんなさいね、私はまだ死ぬわけにはいかないから」

「マリア先生、どういうことですか?どこか体が悪いとか?」

「ウフフ......貴方はほんとうに優しい子ね、龍麻君。気づかないフリをしてくれるなんて。出会ったころから私の《氣》が異形であると気づいていながら、ずっと自慢の教え子でいてくれたもの。吸血する生命体が事件を起こしても、一度も疑惑をもった目で見なかったのはこの学校の子たちが初めてだったわ」

「マリア先生......」

「何も言わないままいなくなることも出来るのだけれど......。あなた達が5日程行方不明になっていると犬神先生から聞かされたとき、ほんとうに恐ろしかったわ。二度と会えなくなるのがこんなに寂しくて、おそろしいものだと思い知ったのはほんとうに久しぶり。それだけあなた達が大切な存在になっていたのね。だから、お別れだけはしようと思ったの。私の話、聞いてくれるかしら?」

「先生......。わかりました」

マリアの瞳に迷いはない。緋勇はいきなり告られた別れに戸惑いながらもうなずいたのである。

それは太古の昔から人類と共に進化してきた、夜の住人の話だった。かつて人類は昼に行動し、彼らは夜に行動する、いわば暗がりに潜む夜行性の人類と言える存在だったという。

しかし、人類がまだ狩猟採集民族であったころ、彼らは先に文明を手にした。夜に生きる彼らの数は激増し、今の人類と同じようにこの惑星を覆い尽くした。未だ人類には理解できないテクノロジーを手にして、頂点に君臨した。人類のことを類人猿と同じように扱い、超自然的な事象は人類の仕業と考え、彼らが日中寝ている間に聞き分けのない子供を人類が食べてしまうと言い伝えていた。

そして、ある日、唐突に彼らの文明は滅んだ。邪神の争いに巻き込まれたのだ。彼らが眠っている間に地球上の知的生命体は根こそぎ殺戮された。あるいは捕まり、彼らよりはるかに進んだ科学技術により彼らを狂わせた。隠れていた者たちさえも、根こそぎだ。彼ら自身の精神を破壊し、高次機能を阻害し、肉体を変質させる呪詛をかけた。彼らの文明は跡も形も残らなかった。こうして、この惑星に栄えた中で最も偉大な文明に関する知識を抹消された。マリアの一族のような僅かな存在だけがその影響から免れ、禁断の知識を保持した。

そして時は流れ、この惑星の支配者は入れ替わり、立ちかわり、今や人類がこの惑星の支配者として君臨するにいたっている。マリアが生まれた頃には、夜の一族はヴァンパイアと呼ばれ、怪異として恐怖されることもあったが、夜を奪われ続けたために今や人類の文明に溶け込むしか生き残る道はなかったという。それでも、宗教上、あるいは様々な思惑からその存在すら許さない人間、組織、機関はいる。逆に許容してくれる人間も、組織もある。自分が理由で人間同士が争うのは、夜の一族のプライドが許さない。逃亡生活のさなかに愛する人や家族や我が子を失ってきたマリアだから、なおさら緋勇たちに迷惑をかけたくないという。

「もしかして、俺たちのせいで?」

「ウフフ......今回ばかりは出来の悪い子でいてちょうだい、龍麻君。そうじゃないと、夜の一族の復興を条件に勧誘してきたあの男を断った私の立場がないでしょう?」

「なッ!?」

「私がここにあなたを呼び出したのは、忠告するためよ。柳生はたしかに危険だけれど、あの男に組みする男はさらに危険だわ。かつてこの国を支配した連中の一人だけはある。その昔、邪教に狂い、エジプトの歴史から抹殺された王と神官がこの国まで流れ着いたというわ。やがてその力でもって大和朝廷を支配し、かつてはこの国を牛耳っていた存在。なにが目的でまた姿を表したのかはわからないけれど、あなたがこれから対峙するのはそんな男なの」

「マリア先生、そいつのこと、知ってるんですか」

「名前だけしか知らないわ。深く知ることは理解すること。理解したら深淵に引きずり込まれることに他ならないもの。いいわね、龍麻君。あの男の言葉に耳を貸してはいけないわ。倒すことだけに集中しなさい。いいわね。あの男の名はネフレン=カ。かつて異形の神々によりもたらされた恐怖と狂気による信仰と政治を行い、エジプトの歴史から存在すら抹消された邪神崇拝の王よ」

prev next


×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -