真神学園2

天龍院高等学校は新宿区西口近くにある都立校だ。真神学園と同じく陸軍が設立した士官学校の校舎をそのまま活用して開校された由緒ある学校であり、質実剛健たる人材の育成を目指していたが、生徒数の減少により数年前から廃校が決定していた。生徒数は163名、3年生のみが在籍しており、教員数は28名。

「おそらくこの学校の地下にも陸軍の負の遺産が眠っていたのでしょう。龍山先生たちのおかげで起動しそこねた《龍命の塔》の遺跡が。そこに柳生は目をつけた。かつて頓挫した計画を失敗しないように用意周到に準備をして、ひーちゃんを中心とした《宿星》
の過剰ともいえる覚醒を促し、《龍脈》を活性化させながら、東京の《結界》をずたずたにするために今まで暗躍してきた」

「そして、今、最終段階というわけか......」

翡翠は目の前の地図を眺めながら苦い顔をしている。

「《龍命の塔》......。征樹の絵によれば真神学園と天龍院高等学校の敷地から都庁が3つも4つも入りかねない高さらしいな。どれだけ被害がでるのか......」

「地震の間隔が短く、大きくなってきています。もはや止めることはできないですね。私達に出来るのは、柳生が《黄龍の器》を手に入れるのを阻止することだけです」

「ますます場所の特定が必須だな。《龍命の塔》がこの二校から建つとしてだ、中央と言われても交差するところに目立った建物はやはり都庁か。だが浄水場が昔あったところだろう?《龍穴》があるかと言われたら......降臨の場にはいまいちピンと来ないな」

「《龍穴》......もっとシンプルに考えたらどうでしょうか。あれだけ大きな塔が立つんですから、東京の霊的な守護は壊滅状態になります。今虎視眈々と狙っているであろう、魑魅魍魎も一気に流れ込んでくるはずです。その起点は、やはり《鬼門》では?」

「東京の《鬼門》封じといえば、やはり寛永寺だな」

「そうなりますね、火怒呂と戦った谷中霊園とは目と鼻の先になりますし、五重塔に意味深に触れたことを考えると柳生からなにか話を聞いていたのかもしれません」

「五重塔を《龍命の塔》になぞらえていたというわけか、なるほど」

「《龍命の塔》からみて《鬼門》にあたりますしね」


寛永寺は、寛永二年、慈眼大師天海大僧正(じげんだいしてんかいだいそうじょう)によって創建された。徳川家康、秀忠、家光公の三代にわたる将軍の帰依を受けた天海大僧正は、徳川幕府の安泰と万民の平安を祈願するため、江戸城の鬼門(東北)にあたる上野の台地に寛永寺を建立した。

これは平安の昔(九世紀)、桓武天皇の帰依を受けた天台宗の宗祖伝教大師最澄上人(でんぎょうだいしさいちょうしょうにん)が開いた比叡山延暦寺が、京都御所の鬼門に位置し、朝廷の安穏を祈る鎮護国家の道場であったことにならったものだ。そこで山号は東の比叡山という意味で東叡山とされた。

さらに寺号も延暦寺同様、創建時の元号を使用することを勅許され、寛永寺と命名された。やがて第三代の寛永寺の山主には、後水尾天皇の第三皇子守澄(しゅちょう)法親王を戴き、以来歴代山主を皇室から迎えることになった。

そして朝廷より山主に対して輪王寺宮(りんのうじのみや)の称号が下賜(かし)され、輪王寺宮は東叡山寛永寺のみならず、比叡山延暦寺、日光山万願寺(現 輪王寺)の山主を兼任、三山管領宮(さんざんかんりょうのみや)といわれ東叡山に在住し、文字通り仏教界に君臨して江戸市民の誇りともなった。


寛永寺の境内地は、最盛期には現在の上野公園を中心に約三十万五千坪に及び、さらにその他に大名並みの約一万二千石の寺領を有した。

そして現在の上野公園の中央部分、噴水広場にあたる竹の台には、 間口45m、 奥行42m、高さ32mという壮大な根本中堂が建立され、本寺(現東京国立博物館)には、小堀遠州による名園が作庭された。さらに清水観音堂、不忍池辯天堂、 五重塔、開山堂、大仏殿などの伽藍が競い立ち、子院も各大名の寄進により三十六坊を数えた。やがて徳川将軍家の菩提寺も兼ねて歴代将軍の霊廟も造営され、格式、規模において日本最大級の寺院としてその偉容を誇った。

ところが幕末の戊辰戦争では、境内地に彰義隊がたてこもって戦場と化し、官軍の放った火によって、全山の伽藍の大部分が灰燼に帰してしまった。さらに明治政府によって境内地は没収されるなど、寛永寺は壊滅的な打撃を受けた。

しかし明治十二年、ようやく寛永寺の復興が認められ、現在地(旧子院大慈院跡)に川越喜多院より本地堂を移築、山内本地堂の用材も加えて、根本中堂として再建された。

また明治十八年には、輪王寺門跡の門室号が下賜され、天台宗の高僧を輪王寺門跡門主として寛永寺に迎え、再出発した。幸い伝教大師作の本尊薬師如来や東山天皇御宸筆「瑠璃殿(るりでん)」の勅額は、戦争の中運び出され現在の根本中堂に安置されている。

「柳生の暗躍が透けて見えるな」

「それを考えると帝国時代はよく防げましたよね」

「ほんとうにな。こうして考えると、東京の《結界》が破られたとき、かつての江戸城本丸から見て上野の山は《鬼門》の方角に当たるのは大きい」

「今は皇居がありますからね」

「寛永寺は、今の東京に入り込もうとする邪気や怨霊を封じてくれている。《結界》がやぶられたら鬼門を封印する立地の最終防衛ラインになるからな」

「天海は寛永寺に幾重にも風水の守りを施し、《鬼門》を封じるために《黄龍》が降臨できるレベルの《霊地》としたのでしょう。今、まさにそれを逆手にとられているわけですもんね」

「この日本という国を守る《結界》をつくる大いなる氣の流れ、その龍脈の行く末に開く《霊地》だ。大地のエネルギーがすべて吹き上げる場所になっていてもおかしくはないということか」

「天海は徳川幕府のために、その途方もない力を利用し脅威を退けるために天海が厳重に封印していたわけです。それを利用されたら......《黄龍》を降臨させるにはこれ以上ないほどの環境ですね」

翡翠はため息をついた。

「とりあえず、龍麻に電話してみるよ」

「あ、じゃあ私もいいですか?《龍命の塔》が真神学園から出現するのなら、みんなに避難してもらわないと大変なことになります。電話しなきゃ」

「うん?でも時須佐先生は......」

「おばあちゃんが一番いいんですけど、今は《結界》の中にいて圏外だと思うので学校に電話します。たぶん犬神先生がいらっしゃるので」

「犬神先生......ああ、担任の?」

「旧校舎の守人もしてくださってるので、話は早いですよ、きっと」

「なるほど。じゃあ、手分けして電話しようか。事態は一刻を争うからな」

「はい」

私達はそれぞれ片っ端から仲間に電話をかけはじめたのだった。

「......おかしいな、京一君たちはすぐ出たのに龍麻が出ない。担任の先生に呼び出しがあったらしいがもう22時だぞ。さすがにおかしくないか」

「犬神先生も出ないです。職員室誰もいないのかなあ?」

「......」

「......」

私達は顔を見合わせた。

「一応、行きましょうか」

「ああ、龍山先生がいうように《龍命の塔》の出現が1月1日の24時なら、もう14時間をきってる。さすがにこんな時間に生徒を呼び出すのはおかしいだろう」

私達は真神学園に向かうことにしたのだった。

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