憑依學園剣風帖9

私は生物の準備室に入った。犬神先生がビーカーでコーヒーを飲んでいる。

「失礼します」

「やっと来たか、時諏佐」

「遅れてしまってごめんなさい」

「なんだ、校長先生に稽古でもつけてもらったのか?」

「えっ、あっ......あ、あははははは......まあ、そんなところです」

竹刀袋を隠すように後ろに持ちながら私は笑った。

「とうとうばれたか」

「バレました」

「だから言っただろう、剣道部に入ったらどうだとな」

「いつ部活に出られなくなるかわかりませんから......そんな無責任なことできないですよ」

「ほんとうにお前は責任感がある生徒でなによりだ。もう少し肩の荷を他人に預けてもいいとは思うが」

「新聞部楽しいですよ」

「そうか......」

「はい」

「まあ、本人が好きでやっているのならどうこういうのは無駄だな。ところでだ、時諏佐。俺は蓬莱寺に言わせれば名前通り犬並みの地獄耳らしい」

「い、いきなりなんですか、犬神先生?」

「犬とはよく言ったもんだろう?蓬莱寺にしては上出来な嫌味だ。まっ、俺は名前通り鼻もきく。だからお前が何か企んででもすぐにわかるってわけだ」

「企んでって......私は黒幕じゃないですよ。誤解を呼ぶ言い方はやめてください」

「どうだかな......うまいこと緋勇たちを焚き付けてるじゃないか。こないだ熱心にみていた妖刀の盗難事件の記事と夜な夜な旧校舎に入ってるのは無関係だとでもいいはる気か?お前も知ってるとは思うが旧校舎は立ち入り禁止だ。余計な怪我をしたくなければ二度と近づくな」

「怪我ですまなくなるから潜ってるんですが......」

「それでもだ」

「私だけ安全地帯にいることは許されないでしょう、普通」

「そうだな、普通は。だがお前は普通じゃない」

「そうですけど......犬神先生、それは誰からの言葉ですか?」

犬神先生は笑った。

「わかってるなら話は聞くものだ」

私は肩をすくめた。

「前から思ってたんですが、やっぱりおばあちゃん、私に過保護すぎますよね。教職についているから、精神科なんていく暇もないはわかりますけど、狂気は治療しないと常態化したら戻れなくなりますよ」

「やけに詳しいじゃないか」

「覚えがあるんですよ、この手の狂気には」

「なるほど......だがそのトリガーたる君がどうにかしないとならない場合もある」

「え」

「北辰一刀流の鍛錬でだいぶ薄れてはきているが、君はいかに弱点を最小限のリソースで削りきるか、傍から見たらいかなる方向から即死を狙うみたいな流れになっている。自覚はあるか?」

「ええっ」

「常人の感性からしたらおかしいだろう。今まで何を相手にしてきたのかと不憫がらせもする。それだけ人間の弱点を狙うのは側から見てると狂気感じる」

「......おばあちゃんはまともなんですね」

「ああ、このうえなくまともだ」

「でも、私が心配なら北辰一刀流ではなくてもっと別のなにかを習わせそうだけど」

「ほう?」

「そもそも私の《力》による遠距離攻撃を潜り抜けて接近戦に持ち込まれた時点で、相手は私より実力が上のはずです。接近されたら攻撃範囲を私を中心に何度も打ち込めばいいのに、北辰一刀流一辺倒はおかしい。やっぱり狂気入ってますね」

私の言葉に犬神は薄く笑った。

「そもそも、お前がまっとうな対人稽古を経験しないから、校長先生はことさら不安になるんだ」

「......言われてみれば」

私は頬をかいた。現地調達が基本のサバイバル仕様の実戦剣術と化人相手の殺し合い経験を積み過ぎているといいたいらしい。犬神先生の指摘ももっともだ。

「北辰一刀流の師範代である校長先生だから相手ができる技量だが、それだけに心配がつきんのだろう。身体が追い付いていないのに技量と気迫と殺意が襲ってくるんだからな」

「娘が死んだのは稽古つけなかったからだと思い込んでるから、なおさら......?」

「わかっているじゃないか」

「困りましたね......その場合は、戦いが終わらないと療養ができないパターンじゃないですか......。私と同じパターン......」

「お前はその上飛水流の体術なんかを体得しているから、優秀なのは間違いない。だから教えれば必ずものにするだろうという期待もあってスパルタになるんだろう」

「あはは......まじですか......」

私は頭を抱えた。

私が基礎としてきた体術は基本「もっとも合理的に相手を無力化する」技が主体になるので、関節技・投げ技にむえても密着しざまに動けなくなる秘孔を押したり平気でする。剣のつばぜり合い中でも平気でやるので、槙絵が本気で頭を抱えた光景がありありと見えた。

「受け継がせたいことと受け継ぐことが乖離ありすぎるんだ。先祖と子孫でなんでそこまで乖離するんだ。やはり1700年は長すぎたか?」

「でしょうね......あとは認識の差、でしょうか。おばあちゃん言ってくれたらよかったのに。私は《アマツミカボシ》の《力》そのものが強力だから必要性を感じてなかったけど、おばあちゃんはやらないといけないことが多すぎると思ってたなんて。私、戦いが終わったら帰るっていったのに」

「なぜ今回の戦いで終止符が打てると断言できるのかがわからんな。もっとも力のあった幕末の先祖が倒しきれなかった存在を完全に倒しきるなんて想像できるのはお前だけだ。家を残さなければと躍起になるのは人として当然の流れだろう」

「ああ......おばあちゃんは初めからそのつもりだったんですね、私を後継者に......」

「どこまで鈍いんだ、時諏佐。そうでなけりゃ懸念示した宮内庁側の人間に圧力かけてまで養女にするわけがないだろう」

「鈍かったわけじゃないです。私を呼んだ時点で仲間が誰一人反対しなかったから、そうとう追い詰められているんだろうと判断したんですよ」

「たしかに誰もが追い詰められていたし、お前のおかげで精神的な余裕ができたのは感謝している。だが、そのために《宿星》が途絶え、知らない誰かに継承された場合、探し出すまでに誰かの手に堕ちたらと想像が容易にできるようになってしまった。ままならんな」

「おばあちゃん......」

「狂気に侵されていようが、今の状況では至極真っ当な親心だ。それだけは汲んでやれ」

ふ、と犬神先生が笑う。つられて振り返ると廊下に人影がある。

「中央公園の花見と歓迎会を兼ねた親睦会だったか?遠野とはしゃいでいたが」

「はい、京一君の提案で」

「なるほどな。桜か。お前は桜は好きか?」

「そうですね、春がきたなって思いますよ」

「そうか......俺は桜ってのが昔からどうも好きになれん。桜ってのは人に似ている。美しく咲く桜も一瞬のせいを生きる人も。だがどんなにうつくしかろうがいつかは散ってしまうのだ。俺には......俺には散りゆくために無駄に生き急いでいるように思えてならない。散り際を美しいというが、それは死というものを知らない人間の詭弁だ」

「なるほど。人間なのに犬神先生のような価値観を持ってしまうと悲劇しか産まないわけですが」

「さすが当事者がいうと違うな。たしかにそうだ、不老不死という妄想にとりつかれた奴らがもたらす狂気もまた悲劇しか産まない」

「犬神先生ってかなり知名度低い神格でも知っているんですね」

「隼人はしっているか?かつていた大和朝廷に対する反乱分子のひとつだ。つまりはそういうことだ」

「そうなんですか」

「とはいえ、俺も伝説上の存在として伝え聞いた程度だったがな。まァ、お前がいなかったら、この学園は存在しないわけだから、因縁ってのはどう繋がっているのかわかったもんじゃない」

「そうですね」

「だから、疎かにするなよ、時諏佐。人の縁ってのはいいこともあるが、わるいこともある」

「わかりました」

「いたいたいた〜!こんなとこにいたんだ、槙乃っ!」

遠野の呼びかけに私は振り返った。

「旧校舎に入っただろう、遠野」

「あ、あははは......」

「時諏佐はその事情聴取で呼びつけていたわけだが......次はお前だな」

「明日!明日にしてください、犬神先生っ!」

「しかたないな......時諏佐。今回はこれくらいで勘弁してやろう」

「ありがとうございます。失礼しました」


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