封土5

どうしようもない終末感が暗い夕闇のように胸にしずみこむ。

《卑弥呼》の魂魄の頭上に4色の巨大な球体が出現した。

「あれは?」

「《卑弥呼》が使役する《黄龍》の《力》が完全に目覚める前に倒すべきだ。あの球体には《朱雀》《白虎》《玄武》《青龍》の《力》が眠っている。使役する存在を抹殺すれば《黄龍》の《力》をとどめるものはなくなる。戦いが長引けばあの球体から4神が目覚めて、私達に牙をむくことになるだろう」

「あれが......」

「つまり、この世界における東京の《霊的な守護》を司る4神そのもの、ということだね」

翡翠は球体を指さした。

「朧気ながら中にいる四神が浮かんでいるよ。どうやら《アマツミカボシ》のいうことは本当らしい」

《卑弥呼》の魂魄はこの世界に留まる《器》を失ったことで《龍脈》を統べる《黄龍》の操作に失敗している。天変地異が始まった。

巨大な力でずたずたに引き裂かれ、ほとんどが瓦礫に飲み込まれていく等々力不動。先程まで儀式を行っていた祭壇を中心とした広範囲が瞬時に壊滅した。《アマツミカボシ》が緋勇たちを連れてワープしなければ今頃死んでいたはずである。

家屋や森林の破壊に留まらず、衝撃により地表ごと大きくえぐられ、直径ほぼ一kmにも及ぶクレーターが形成された。さらにはマグニチュードの揺れが伝わり、十五秒後には爆風が吹き抜け、山の広範囲が甚大な被害に見舞われた。

それは、戦争で大空襲を受けたあとの町そのものだった。

《卑弥呼》の魂魄がもたらす《黄龍》の《力》は更に激しさを増していた。今では雷鳴の中、雨も降り始めていた。雨は怒りに狂ったみたいに横殴りに私達を叩き続けている。空気はべっとりとして、世界が暗い終末に向けてひたひたと近づいているような気配が感じられた。ノアの洪水が起こったときも、あるいはこういう感じだったのかもしれない。

離れたところにいたはずなのに、閃光を見て数秒後に、爆音がきこえた。目の前の木々がさらさらと葉を震わせた。すべすべに磨きをかけてある御影石の墓は、閃光に当たった面だけざらざらに焼け爛れ、光の当たらなかった方は元のまま滑らかになっている。

雨のように火が尾を曳(ひ)いて降りそそぐ。《黄龍》が執拗に《アマツミカボシ》に襲いかかり、山を破壊する。

「いあ! いあ! はすたあ!
はすたあ くふあやく ぶるぐとむ
ぶぐとらぐるん ぶるぐとむ
あい! あい! はすたあ!」

《アマツミカボシ》の招来に応じて、バイアクへーが数体召喚された。

「このままではろくに近づけまい。足くらいにはなろうよ」

「の、乗せてくれるんですか?」

バイアクへーが鳴いた。

「大丈夫なのか?」

「時速70キロしか出せぬゆえな、振り落とされぬよう気をつけることだ」

そういって《アマツミカボシ 》が笑った。

「しっかりやれよ。壁くらいにはなってやる」

「《アマツミカボシ》、壁になるのはいいが愛にもしもの事があったら僕はお前のことを許せそうにない。だから、頼んだ」

「ふふふ......なにをぬかす。私を誰だと思っているのだ。だが、まあ、構わぬ。子孫の安寧を願わない先祖などいやしないのだ」

バイアクへーに乗った緋勇たちがそれぞれ球体に向かって飛んでいく。《アマツミカボシ》は一人空を見上げた。

「わたしは......」

「美里葵」

「は、はいッ!」

「お前の《力》はすでにお前のものだ。私の《力》はすでにお前の信仰する力により変質し、お前にしか扱うことができない領域にまで達している。だから、お前の望むようにしなさい。私はそれを最大限支援してやろう」

「私が望むように......」

美里はうなずいた。

「私は、わたしは戦います。信じるもののために。待ってくれている仲間のために。龍麻のために。そして、私達の世界の平穏を取り戻すために───────」

にやっと《アマツミカボシ》は笑った。

「よくいった。それでこそ我が末裔」

美里は身体の内側から今までになく《八咫》の《力》、またの名を《菩薩眼》の《力》が湧き上がるのを感じた。そこに恐れや不安はなかった。あるのはこれで龍麻たちと肩を並べて戦うことができるという確信めいた予感だけである。

「光よ───────」

掲げた手に光が収束していく。足元には魔方陣。1つ、2つ、3つ、4つ、5つ、回転しながら展開していく聖なる魔方陣。この世の終末のような凄まじい美しさを滲ませた空の色が広がる中、鮮やかなひかりが5つ柱となって大地と天空を貫いた。

「ジハード」

聖戦を意味する言葉だった。美里の《力》が天まで届き、世界の四方を守護する5体の大天使が召喚され、聖なる裁きが魔を滅する。その標的はもちろん四神が眠る巨大な球体、そして《卑弥呼》の魂魄そのものである。

ジハード、それは人が敵を打ち破り、悪を打ち滅ぼすことは神に定められた神聖な義務として意義付けられた律法だ。

この思想が終末思想と結びついて神と悪魔との最終戦争(ハルマゲドン)の観念と、『新約聖書』の「ヨハネの黙示録」を生み出した。

また、旧約聖書の預言者たちが伝えた異教徒を殲滅する戦いを鼓舞する神の言葉は、キリスト教の中に十字軍の思想を生み出し、キリスト教が世界中に広まる原動力となった。

その後、ヨーロッパのキリスト教国際社会は正戦思想や国際法思想を生み出して、戦争観を次第に世俗化させていくが、十字軍思想の痕跡を現在のアメリカ合衆国の「正義の戦い」「対テロ戦争」の思想に見出す論者もいる。その一例として、北の十字軍の専門家・山内進などを挙げることが出来る。

旧約聖書における戦闘は概ね、神託を得て・出撃し・戦闘に入り・都市を攻略し・虐殺し・聖絶した後、聖絶物である戦利品の分配、と言う手順を踏んで行われる。

今まさに緋勇達の前で神話の再現が行われたのだ。

血の混じった雹と火が地上に降り注ぎ、すべての青草が焼けてしまう。

バイアクへーがその好機を逃すまいと空に舞いあがる。そして、4つの球体を前に緋勇たちの戦いの幕はあがったのだった。

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