封土4


儀式は失敗した。当然である。この世界の九角葵がどんな生活をしてきたのかは知らないが、中にいるのは平行世界の美里葵の魂だ。敬虔なキリスト教徒として150年間生きてきた美里家の一人娘である。敬虔なキリスト教徒に《鬼道》の開祖たる卑弥呼を降ろそうとしても、魂と親和性があるわけがないのだ。《卑弥呼の器》としては最上級かもしれないが、美里葵の魂を取り除かなければ不純物でしかない。

器を失った《天御子》の《魂魄》が暴発したのだ。一時的に東京全体の結界が揺らいだ。私達は《力》を使えるようになったと悟る。それは暴走しはじめた《天御子》の《魂魄》にも同じことがいえた。

「葵ッ!」

「龍麻ッ!」

卑弥呼の衣装のまま美里が走り出す。緋勇の腕の中に飛び込んだ美里は衣服の乱れなど気に止めることも無く、余程怖かったのだろう。そのまま泣き出してしまった。

「よかった、無事で」

「ありがとう、ありがとう龍麻。槙乃ちゃん、如月くん、私もうダメかと思った......。なにがなんだか......」

「この世界は柳生との戦いが行われなかった世界みたいなんです。だからこちらの世界の葵ちゃんは美里じゃなく九角として暮らしていたんでしょう」

「よかった......間に合ってよかった......葵は《卑弥呼の器》になるところだったんだ。手遅れになるところだった」

「私が......!?」

「静姫と同じですね、無事でよかった」

「そうもいってられないみたいだがな」

神聖なる儀式が失敗したために関係者たちの殺気が私達に向けられる。

《東に青龍、西に白虎、南に朱雀、北に玄武。そして中央に黄龍》

轟く女の声に動揺が広がった。

《日本に存在する龍脈は5本あり、いずれも富士山を起点としている。そのうち2つが東京に流れ込んでおり、相模原、町田、自由が丘、渋谷、赤坂を経て江戸城、今の皇居に流れ込み、もうひとつが都留、高尾、府中、吉祥寺を経て新宿。この龍脈の終着点が真神学園というわけだ。もっとも龍脈を活用した《天御子》の地は集中しているため全てがここに流れ込んでくる訳では無い。私が降臨できなければ、この地は魑魅魍魎が跋扈する魔都とかす。それは断じて許されぬ》

天香学園のことだろうな、と私は思った。あそこは《天御子》の遺伝子操作の実験場がある。下手をしたらこの世界では今なお機能している可能性がある。

《氣の流れを見よ。行き場をなくしたエネルギーが器を探しておるわ。さすれば自ずと道はさだまろう。精神を研ぎ澄ませ、氣を見定めるのだ。己の進むべき道は目の前にある。陰は陽を離れず、陽は陰を離れず、陰陽相成して初めて真の勁を悟る。己の使命を忘れるでないわ》

それは誰の言葉だったのか。私達は後ずさる。《力》がつかえない今、出来ることはなにもないのだ。

私達の目の前には、四神の柱を従え、金色に輝く体を持つなにかが実体化するのが見えた。それが美里に降ろされるはずだった《卑弥呼》だと気づく。それは、五龍の一体で、神の精とされる《黄龍》そのものだ。五行は土、住処は平原、方位は中央、四季は土用、つまり季節の節目を司る神そのものだった。

古代中国では黄色は貴人(特に皇室)を意味する尊い色とされ、その事から黄色みを帯びる黄龍も同様に尊く格が高い存在とされていた。

のちにこの地位に麒麟が当てがわれるようにもなった。 ちなみに年老いた応龍の事を黄龍と呼ぶ場合もある。

天上で風雨を操る龍が、なぜ『土』の属性を持って大地に宿っているか、少し疑問な部分もあるだろう。 これには諸説あり、特に皇帝の治世を手助けするうちに地上の穢れを吸いすぎて、天上に帰れなくなったという説が有名である。

また風水学において、大地の下に走る巨大な気の流れを龍脈(りゅうみゃく)と呼び、黄龍はもしかするとこの龍脈を擬獣化した存在なのかもしれない。

五行思想から土行であること、 または天地玄黄という「天は黒色であって、地は黄色である」という意味の四文字熟語からでもあるのだ。

《天地玄黄 宇宙洪荒(てんちげんこう うちゅうこうこう)》

ゆらゆらと黄金色の《氣》が陽炎のように揺れながら近づいてくる。

《それは人間にかかわりあう世界すべてを表現する言葉である。玄黄(げんこう)は、玄(くらやみ)から黄(まばゆく明るい色)まですべてを言っているので、明暗すべての色をいっている。なぜなら黄河があって中国の大地は黄色いからだ。古くから黒色は天の色で、黄色は地の色だった。だからいうのだ。天の色は黒く、地の色は黄色であり、空間や時間は広大で、茫漠としていると。我こそは《龍脈》を統べる者、《黄龍》を統べる者。この国を護るために必要な器、返してもらう》

「なんて《氣》なの......!?《力》が使えなくなって、気配すら感じ取れなくなった私でもわかるなんて!」

「それだけは出来ないッ!この世界の九角葵と入れ替わって儀式が失敗したのは同情するが、葵はあんたの《器》にはなれない。儀式に失敗したんだからわかるだろ!でなおしてくれ」

《それだけは出来ぬ......神聖なる儀式は完遂させねばならぬ。それがこの国のため》

「暴走してるくせになにいってるんだ!」

《その器の自我を排除すればどうとでもなる!》

「九角葵はその覚悟が出来てたかもしれないが、葵は葵だ。美里葵だ。あんたと親和性が絶望的にないっていってるだろうが!それに葵に死ねっていってるのか!ふざけるなッ!!!」

「アナタが九角家のために《天御子》に仕えてきたのは知っています。でも葵ちゃんは私達の世界の人間で、これから生きていかなくちゃいけない人で、私の友達です。アナタがそのつもりなら、看過できません」

「そちらにはそちらの事情があるのだろうが、九角葵の行方を心配しないで儀式を優先するあたり、彼女の待遇が伺い知れるというものだ。一人の女性にこの国を護れとはずいぶんとこの国が歩んできた歴史は綱渡りだったんだな。こんな簡単に瓦解する《東京の霊的な守護》などたかが知れている」

《なにも知らぬ不届き者め───────!!》

そのときだ。私の意識は黄金色の《氣》に塗りつぶされた。

「愛......?」

いきなり動かなくなり、《卑弥呼》と相対するように振り返った愛に如月は驚く。手をひこうとするが、そこに不敵な笑みが浮かび、発動できないはずの《力》が宿っていることに気づいて息を飲んだ。

重々しく威厳に満ちた声が響いてくる。

「愛......?いや、アマツミカボシ......?」

「さすがは《菩薩眼》の娘、私の末裔は優秀で助かる。儀式が失敗したことでようやく封印が弱まった。これで、お前たちも《力》が使えるはずだ。我が《加護》を得たのだから」

《アマツミカボシ》の言う通りだった。緋勇たちは今までになく《力》が、《宿星》が、高まっているのを感じる。

「緋勇龍麻はかつて世界樹と接続した先祖を持つ《黄龍の器》たりえる者ぞ、いささか陽に傾いておるがな......」

《そなたは我が国に反意を抱いた、伏ろわぬ神々の一柱ッ!太陽に劣らぬ輝きを放つ美星ッ!その実態は、硫酸の雨の降る死の星ッ!その背に死の星の輝きを司る悪魔ではないか!その加護を受けるだと......?!やはり貴様らはッ!!》

「勘違いするな、僕達は《天御子》ではなく人が国をつくった世界に生きているだけだ」

翡翠の言葉に《卑弥呼》は絶句する。

《国家に仇なす者どもめ!伏ろわぬ神々の牢獄に、もろとも封じてくれる!!》

「耄碌したか、太陽の名を持つ巫女よ。かつてはお前も《天御子》に抗い続けたというのに。このアマツミカボシ、死の星と呼ばれる惑星の輝きを背負う者。我が末裔に手を出したんだ、言ったはずだぞ。二度はないと。忠告はした。ふたたび私の輝きの逆光となりますか。いいでしょう、かつてのように太陽を食い破り法力が衰えたと暗殺されたあの時を再現してやりましょう」

《アマツミカボシ》は空に手を掲げた。

「《星の葬列》」

一瞬にして空は暗闇となる。太陽の加護を失った《卑弥呼》の霊体は純粋な《黄龍の力》しか使うことができなくなってしまう。

「───────星辰が揃った」

《アマツミカボシ》の《力》が強くなる。どうやら北極星を始めとした《アマツミカボシ》の信仰する神の《力》
と交信するための星の位置を無理矢理揃えたらしい。《菩薩眼》がさらなる強化をうけ、《アマツミカボシ》の影響下にある《玄武》の《力》が桁違いの《力》となるのを自覚する。そして。

「......これ、は......」

「よく覚えておくがいい、緋勇龍麻。これが《龍脈》。これが本来の《龍脈》を統べる《黄龍》の《力》。陽に傾きすぎたお前が本来あるべき《力》。この戦いで学ぶのだ、《力》の扱い方を───────」

《アマツミカボシ》がニヤリと笑う。緋勇はうなずいた。

そして、戦いの火蓋がきっておとされたのである。


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