封土3

私達が現状を把握するため、近くの喫茶店で話していたときのことだ。如月の携帯に着信があった。公衆電話からだったが、今のこの状況を打開したくて、あえて翡翠は出た。

「龍麻か!ああ、僕もなんだ。近くに愛もいる。登校前に連絡入れたからこちらに合流したんだ。そうか、龍麻も......」

「龍君も来てるんですか!」

「ああ、六道世羅という女子高生に次元の彼方に幽閉してやるといわれて、《力》を使われたらここにいたらしい。あの赤い瘴気をみたらしいから、おそらくは......」

「《天御子》に遭遇はしていないんですね。でも赤い瘴気は目撃した」

「ああ」

「龍君なんて?」

「始業式が終わったらすぐに帰るつもりみたいだ。みんな、龍麻みたいな反応をしないからこの世界の住人みたいだと。僕達にはなしたいことがあるらしい」

翡翠から携帯を受け取った私は緋勇に聞こうとしたのだが、悲痛な言葉に遮られてしまった。

「葵がいないんだッ!」

「えっ、葵ちゃんが!?休みじゃなくてですか?」

「ちがう、ちがうんだ、在校してないらしいんだ。そもそも真神学園に美里葵って女子生徒はいないらしい。生徒会長は知らない子だった。一体なにが」

「なっ!?」

「まさか......柳生の戦いがなかったせいで、美里家が生まれなかったのか?!」

「えっ」

「いえ、待ってください。葵ちゃんはいるはずです。翡翠がここにいるんですから」

「一体どこに......」

「九角家......?」

「あ」

「まさか」

「美里葵じゃなくて、九角葵の可能性があるのか!?」

「じゃあ、静姫と鬼修が出会わなかった可能性が......?」

「こちらの世界だと結界が強固なままだ、《鬼道》がどこまで通じるか」

「まってくれ、そもそもなんで結界がここまで強固なんだ?」

「......まさか、《天御子》に女性を捧げる因習がまだ続いて......?」

緋勇の息を飲む音がした。

「とにかく、一回九角家にいってみよう」

「そうだな、等々力不動尊にいけばなにかわかるかもしれない!」

「俺もあとから行くよ。先にいってくれ」

「わかりました」

「2人とも、気をつけてな」

「はい」

「龍麻もな」

私達は先に等々力不動尊を目指したのだった。







神聖なる儀式が今まさに執り行われようとしていた。

美里は髪は結い上げ額に天冠をつけ、上衣は太子間道のような赤地の縞織物の漢風の大袖での小袖にかさね倭文布の帯を結び。羅の菱文の裳をまとい、更には古式を残す麻地に丹土による文様のある貫頭の衣を着、その上に丹土鱗文の襷を掛け。玉と金銅の鈴のある首玉、金銅の耳環、革沓にもその上に金銅の覆いをつけていた。
 
歴史の資料集で見たことがあった。弥生時代の古代の貴族が着ていたと思われる装束だ。

六道世羅に襲われて赤い瘴気に飲まれた美里は、気づけばこの屋敷にいた。また静姫の過去夢を見ているのかと思っていたのだが、どうも違う。誰も彼もに葵と呼ばれるし、九角家がどうのという話を聞くし、老人たちに拝まれた。訳の分からないままたくさんの女性たちに世話をやかれ、ここに無理矢理連れてこられた美里は、儀式の中心にいる。

美里の意思など完全に置き去りにしたままで、巨大な木の前で儀式は執り行われていた。

《蒼天に輝く日輪は、いかなる陽をもってしても、大地に陰なる影を落とす》

美里のように仰々しい歴史がありそうな装束を着た男が詔を読み上げている。

《陰陽は相克にして相生なり。天地の理、大地の法、同じ運命として、万物の理なり》

この世界に来てから《力》が使えなくなっている美里は、抵抗しようとしてもたくさんの見張りに阻まれて外に出ることすら叶わなかったのだ。今日、美里はなにやら大変な儀式を行うらしく、その大役の重責に押し潰されそうになっているのだろうと解釈されてしまい、誰も美里の話をまともに聞いてはくれなかった。

そしてこの舞台上に上がらされてしまったのだ。この瞬間に、美里は体が自由に動かなくなった。どうやら逃げ出そうとしていることがバレたようで、周りでお役目を果たしている老人たちが《力》を使っているらしい。

どうしよう、どうしよう、こんなところで誰かに間違われたままここにいるわけにはいかないのに。美里の頭の中はそればかりだった。緋勇のことが心配でならない。それだけ六道世羅の《力》は強力だった。仲間に知らせてくれただろうか、緋勇は無事だろうか、自分は無事だと知らせなくては、そう思ってならなかった。

「───────......」

《人あるところに闇が生まれん。その闇を祓うために継承の儀を執り行う》

美里の体は意思に反して儀式に向かおうとしている。老人たちがいうには『古事記』で高天原の八百万の神々が天の安河に集まって、川上の堅石(かたしは)を金敷にして、金山の鉄を用いて作らせた」と記される《八咫鏡》によく似た5つの鏡が祀られている。

50cm前後の巨大な円鏡だ。

記紀神話によれば、天照大御神の岩戸隠れの際に天津麻羅と伊斯許理度売命が作ったとされ、『日本書紀』には天照大神を象って作られたことや、試しに日像鏡や日矛を鋳造したことが伝わる。天宇受売命が踊り狂い、神々が大笑いすることを不審に思った天照大御神が岩戸を細めに開けた時、この鏡で天照大御神自身を映して、興味を持たせ、天手力男神によって外に引き出した。そして再び高天原と葦原中国は明るくなった、という。

天孫降臨の際、天照大御神から邇邇芸命に授けられ、この鏡を天照大御神自身だと思って祀るようにとの神勅(宝鏡奉斎の神勅)が下された、という。

その八咫の鏡と同じ直径の大型の内行花文鏡が5枚祀られている。ほんとうに巨大な空間だった。美里はただ大量の玉類や装身具を身につけた弥生時代の巫女の姿で座っているしかない。

どこからともなく威厳に満ちた声が聞こえてくる。

《汝、酷なる鍛錬に耐え、太陽の化身となる術を其の身体に刻みし者》

《そして、九角の血をひき、我ら天御子に従事せし誉れある名を襲名せし者》

《まずは汝の天御子への忠義の程を示せ。それを以って其れを裁断す》

美里はゆっくりと立ち上がる。口が勝手に喋り出す。5つの鏡が中に浮かんだ。

(私は......美里葵......九角葵じゃないのに......!!)

《いま一度汝の一族の使命を説く。古来より汝は我が国の秩序を護らんと尽力してきた。其の使命は平成の世にまで受け継がれ、今は我が国の恒久なる繁栄を願う我らの傘下にて我が国の秩序を護らんと尽力している》

《汝に下される命は、龍脈を掌握し、我が国の民の心を乱す妖魔からこの国を守ることなり。人心の平穏なくして国家の繁栄を願うことなし、国家の恒久なる安泰がため人心を乱さんとするものを滅殺する。其れ即ち、汝の一族の使命なり》

《東京。我が国の最重要拠点の守護の大任のため、我が国の永久なる秩序の健在のため、礎となれ》

(誰か助けてッ!!)

美里が必死で願った時だった。大地が激しく揺れた。

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