餓狼3
緋勇は浮かない顔をしている。朝っぱらからニュースでまた変死体が出たと遠野が騒いでいるからだと京一は思っていたのだが、どうもそうでは無いらしい。
「どーした、龍麻」
ひーちゃんはひっこめて、あえて京一は名前で呼んだ。
「なんかあったのかよ?襲撃以外に」
そう、龍麻たちは昨日の夜の同じ時間帯に、同じ高校の生徒たちによって襲撃されたのだ。みんな返り討ちにしたものの、それを聞いた遠野がメディアがタブー視している暗殺者集団だとはしゃいでいるのだ。
「京一、醍醐もちょっと屋上に来てくれないか」
京一と醍醐は顔を見合わせた。基本授業はかならず出席する真面目な龍麻が、相談のためだけにこれからの授業をサボるなんて初めてだったのである。これはいよいよなにかあるのだと思った2人は、二つ返事で返した。
チャイムがなるのも構わず教室から抜け出し、屋上にでるといよいよ冬本場なのか、寒くなってきていた。凍てついた風の吹くのもかまわず、龍麻はフェンスに身をあずけた。
「昨日、みんな襲われたんだよな?」
「ああ、そうだ」
「九角の話だと拳武館が怪しいらしいな?きなくせぇ話だけどよ」
「......いつか、俺がここに来た理由を話したよな。じいちゃんの弟子で俺の師範でもある先生には反対されたって」
「ああ、それがどうかしたのか?」
「実は......。先生は、鳴瀧冬吾 (なるたきとうご)先生は、父さんの親友だった人なんだ。東京の学校の代表をしてると聞いたことがあるんだ」
「なっ!?」
「おいおいおい、まじかよ。まさかそれって」
「昨日、じいちゃんに聞いたから間違いない。その拳武館だ」
「はああッ!?まさか、ひーちゃんの先生が暗殺依頼を出したってのか!?」
「信じたくない、でも知らなかったんだ。そんな学校があるなんて。瑞麗さんみたいな人かいるんだ、俺たちの知らない世界で先生が生きているのだとして、どうこういえる話じゃないのはわかってる。でもやっぱりさあ、喧嘩別れしてそれきりだからショックなんだよ」
「おおおちつけ、ひーちゃんッ!まだ先生だって決まったわけじゃねーだろ?な?」
「そう、そうだ。九角がいってたんだろう?拳武館は今館長派と副館長派でわれて内部紛争が起きていると。その流れで行くなら、館長に反発した人間があの赤い髪の男の依頼を受けた可能性も......」
「じゃあなんで連絡しても出てくれないんだ。じいちゃん通じて連絡してもダメ、電話もメールもダメなんだ。いや、わかってるよ。多忙な人だってことくらい。身勝手だってことくらい。勝手に東京にでてきたことがバレてから電話がひっきりなしにかかるから怖くなって着拒してたのに、なにを今更って」
「だからって殺しはしねーって、親友の忘れ形見なんだろ?ひーちゃんは」
「そうだ、先生はそんな人じゃないんだろう?だから龍麻は動揺しているんだ。違うか?龍麻の知る先生はそんな人か?」
「違う......違うけどさあ......」
よほどショックだったのか、すっかり意気消沈してしまっている龍麻を励ましながら、醍醐たちは肩を竦めたのだった。
そして放課後、なんとか落ち着いた龍麻をつれてラーメン屋でもいこうと玄関に向かった彼らの事態は急展開をみせる。下駄箱に入っていた封筒を開けた龍麻は目を丸くした。京一たちが暗殺者たちからの殺人予告が書いてあったのである。小難しい言葉が並んでいるが、ようするに始発前の× × × 駅に来なければ人質の命はない、とあるのだ。
「人質......?」
「誰だ?」
「......眼鏡、女子生徒......まさかアン子!?」
「いや、でも朝っぱらから暗殺者集団がどーたらって騒いでたじゃねえか」
「一応調べてみよう」
下駄箱は既に空っぽだ。嫌な予感がして新聞部に逆戻りした龍麻たちは、ひとりしかいない槙乃をみて汗がつたう。
「あれ、みなさんお揃いでどうかしましたか?」
「まーちゃん、アン子どこかしらねーかッ!?」
「アン子ちゃんですか?さやかちゃんの特別号の依頼がまた来たとかで増刷にいってますよ。電脳部」
「その依頼、どこから?」
「他校だとしか聞いてないですけど......?」
「......京一、電脳部いってきてくれ。醍醐は職員室にいって、誰が依頼をしてきたか犬神先生に聞いてきてくれ」
「おう!」
「ああ、わかった」
京一と醍醐があわただしく新聞部をさっていく。
「あの、どうかしたんですか?」
「これみてくれ、まーちゃん。アン子が誘拐されたかもしれない」
「なっ!?」
槙乃はあわてて脅迫状に目を通した。
「嘘でしょうッ?!なんでアン子ちゃんが?!巻き込まれないように、私たちと一緒にいるようにしてたのに!!」
「やられた......さやかちゃんの特別号貰いに他校から結構きてたんだな......。おびき出されたのか......」
「そんな......」
槙乃は気が動転していた。
この脅迫状を書いたのは、八剣右近という拳武館高校の生徒だ。真剣を使い、殺人が趣味という危険人物。 金で相手構わず暗殺を請け負う副館長の手下で、柳生宗崇の依頼により緋勇龍麻達の命を狙う。
得意の鬼勁(発勁の一種。魔人学園世界オリジナルの技術で氣の力に殺意の波動を加え、相手の死角から放つ)によって一旦は蓬莱寺京一に圧勝するが、復活し鬼勁を会得した彼に敗北。自分の敗北を認めず、その後、逃走先のある場所で八剣を見限った柳生に始末される運命にある。
本来なら、藤咲の愛犬が拉致され、それを探し回っていたさなか藤咲と京一が捕まってしまい、京一は敗北。その後脅迫状が届く流れなのだ。仲間が襲撃された時点でなにか仕掛けてくるとは思っていたが、まさか真神学園敷地内に入り込んでから遠野を拉致するとは誰も思わなかったのである。
「アン子ちゃん......」
脅迫状に遠野の写真が同封されている時点で、槙乃は真っ青になった。
「......で、あたしを囮にしてどうする気?そいつみたいにするの?」
「こいつかあ?自分より、実力の劣るヤツが、ちょっと愛想良いってだけで、チヤホヤされやがる。そいつがムカついた。だから、殺した。それだけよ」
「はあ?!」
「クククッ、ムカついたから殺ス。ムカつく奴を殺せる《力》、それだけが真実だ。こいつだけじゃねえ、いるんだよ。近くにさ…ムカつく奴が。てめーはそいつをおびき出すための囮だ」
「ふざけんじゃないわよ、なんであたしが!」
「俺がした事が理解できねぇだと? そいつは…クックックッ楽しい答えだぜ。お前は理解できねぇんだろうなあ、女。ムカつく奴…力も無ぇくせに調子イイ奴。お前よりも弱いくせに…仲間うちで大きな顔してる奴。殺っちまうんだよ。すっきりするぜ」
「仲間......?まさか、龍麻君たちのこといってるの!?ばかね、こんなことしたって、囮なんて卑怯な真似してる時点でアンタは龍麻君たちには勝てっこないわよ!」
「な、なんだと!?わかってねぇのはお前の方だ。力のねェ奴等がなんで評価される?俺の方が強いのになんで《奴》を?ち、ちくしょう! なんでみんな、俺を認めねぇ? 《奴》のどこが俺より優れてる? クソッ! クソッ! クソォ!」
いきなり癇癪を起こし始めた八剣に遠野は驚いて言葉を失った。
「クククッ…やっぱり、お前もそうか。弱い奴は群れたがる。だってなァ、そうしねぇと、強い奴に殺られちまうもんなァ!クククッ。お前も奴らの仲間だってことだ。弱っちい、どうでもいいクズのな。ダメだなお前、不合格だ。好きな事を好きなだけ…そのための《力》だぜ? それがわかんねぇなら、死んじまった方がいいぜ。その方がスッキリするぜ」
「ひっ」
「お前もムカつくな。死ぬか? 」
真剣を突きつけられ、遠野は口を噤んだ。ときどき刀にちらりと目をやった。八剣に促され、もう何を言っても無益だと悟ったらしく、黙ってされるがままになった。
手足が縛られ、ガムテープで身体が椅子に縛りつけられる。その安っぽさがよけいに残酷に見えた。任務に失敗した間諜が、机に縛りつけられて、拷問を待つ姿を想像させた。どんなに暴れようとも椅子から逃れられないその姿は、悲壮感の塊に見えた。
「さあて......てめーはただの撒き餌なんだ。黙ってろよ」
こくこくうなずいた遠野は、八剣が仲間たちに指示しているのを聞きながら、考える。
どうもこの男は誰かに実力を認めてもらえなくて《力》そのものに固執するほどコンプレックスになっているようだ。同じ刀使いなのか、暗殺者としてなのかはわからないが、この男の脳裏には誰かが横切っているようである。
遠野はため息をつきたい気分になった。
(だからってあたし巻き込まないでよ、もう〜ッ!そりゃあ天野さんとか龍麻君たちの忠告無視して独断で動いたのは悪かったけど〜ッ!特別号くださいって白昼堂々乗り込まれたらどのみち一緒じゃない〜ッ!!)
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