餓狼4

いつの間にかうとうとしてしまい、完全に寝入っていた遠野は、月の光で目が覚めた。ようやく辺りが暗くなっており、完全に夜だと気づく。あまりの寒さに体を震わせながら、遠野は前を見た。

「......誰?」

誰かが廃ビルの窓を開けたようで、月明かりが差し込んでくる。そこにいたのは、八剣や見上げるほどの巨漢の男、暗殺者崩れの不良でもない、新顔だった。

「......君は......?緋勇龍麻の仲間じゃなさそうだな」

八剣と同じ制服を着ているが、遠野の姿を見るなり驚いて近づいてくる。学ランをかけてくれるあたり、気遣いができるやつらしい。ガムテープやらなんやらを取り外し始めた。

「あたし?あたしは真神の遠野よ。アンタと同じ高校の八剣右近ってやつらに捕まったの。暗殺者のくせに人質取らなきゃ始末できないあたり、大したことないのね。龍麻君たちに返り討ちにあっちゃって」

「......それは、ほんとうなのか?」

「暗殺者にあるまじき饒舌さだったわよ」

「......あの馬鹿......」

「あ、もしかして八剣右近がいってた《ヤツ》ってアンタのこと?自分の方が実力があるのになんで認められないんだって癇癪を起こしだからよく覚えてるわ」

「......八剣のやつ、そんなことを......」

青年はためいきをついて、遠野の拘束をときはじめた。

「うちの馬鹿がすまない。やつは思い込みが激しい上に勘違いから逆恨みするんだ」

「暗殺者に向いてないじゃないの、それ。その上殺人が趣味とか依頼人も安心できないわよね。傷にでもなったら新聞にでも書いてやるとこだったわよ」

「新聞?......まさか、真神新聞部の部員か?」

「あら、知ってるのね。部長なのよ、あたし。龍麻君が転校してから最初に協力するっていったの、あたしたちなんだから」

「そうか......緋勇君は君のような《力》はなくともバックアップしてくれる仲間に恵まれているんだな」

「まあね。なんか話せるみたいだから聞きたいんだけど今何時?」

「今は......2時だな」

「やっば!もうすぐだわ、あいつら終電後の地下鉄にあたしの引渡し兼ねて龍麻君たちをおびき出す気なのよ」

「なんだって?だが君はここに......」

「そんなの約束なんか果たす気ないに決まってるじゃない」

青年は舌打ちをした。

新宿駅の終電は1時、始発は4時である。

まず客の追い出し、売上計算、駅構内の封鎖で後は寝る。例えば終電が1時で始発が4時30分だと売上計算後の2時に就寝、3時30分起床、4時に扉開放となる。

封鎖された構内では下着姿でうろつく職員も居るし、ランニングしている者も居る。実の処、客の目が無いので構内禁煙にもかかわらず煙草を吸っている者もいる。

終電後に助役以上の役職のみに与えられる寮への送迎列車も走っている。費用は運賃から捻出されていて、遅番の一般職員は無給で駅構内の職員詰め所で仮眠。ちなみに先の深夜清掃員だと業務命令で作業員詰め所で待機していても無給で、嘔吐物や排泄物の処理も休憩時間だろうと呼び出される。勿論無給。

例えば3時に作業終了だとしても5時にならないとシャッターが開かないので2時間無給で拘束される。


遅番の駅員は終電車が終わった後は清掃を行い、駅のシャッターを閉めたり、照明や改札機などの電気を落としたりして寝る。翌日は初電車が走りだしてしばらくした時間に起きる。早番の駅員は終電車が走る前に寝て翌日は初電車が走る前に起き、遅番とは反対にシャッターを開けて機械の電源を入れて、自動改札機に釣銭を詰めたり、営業前に駅設備に異常がないか点検したりする。

この2時間の間に決着をつけねばならない。

「あたしがいないこと知らせないと、みんなきっと全力出せないわ。あんた、龍麻君を助けたいんでしょ?そうじゃなきゃあたしを解放したり、緋勇君だなんて親しげに言わないしね。連れてってくれない?」

「本気か?僕もまた人を殺したことがある暗殺者なんだぞ?」

「だからなによ。蟲に頭寄生されるよりマシだわ」

「君の尊敬する天野記者は100人の罪なき人々を救うために1人の悪党を殺すことは、悪しきことなのだと断じているのに?」

「そりゃ一般的にいえば悪いことなんでしょーけど、あんたしか、あたしは頼める人がいないの。龍麻君たちの危機を打開してくれそうな人がたまたま暗殺者だっただけじゃない。そんなの今は関係ないわ」

「ふッ、そうか。くだらない理想論だね。それが君の正義感だとしたら、僕たちの道はきっと永久に交わることはないね」

「なっ!?あんたに何がわかるのよ!」

「そうだな。僕にも本当は、正義とはなにかなんて、わかっていないのかもしれない。でも、悪い気はしないよ。君はいい人なんだろう、きっと。僕には眩しいくらいだ。だから、君の無謀な依頼を請け負おうじゃないか。名前は?」

「あたし?あたしは遠野、遠野杏子」

「遠野さんか。僕は壬生だ、壬生紅葉。拳武館の館長派にあたる人間だ。君たちが副館長派との内部紛争に巻き込まれてしまったのは、少なからず僕にも責任があるからな。協力させてもらうよ」

「わかったわ、なら今すぐ× × × 駅に向かいましょッ!八剣右近たちはそこを取引場所に指定してるのよッ!」


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