餓狼2

初冬が冴え冴えと葉を落とした植え込みの上に懸かっている。ほんの少しだけ欠けた白い月が目の前に浮かんでいた。

右手には新宿の街の光が、左手には池袋の街の光が見えた。車のヘッドライトが鮮やかな川の流れとなって、街から街へと流れていた。様々な音がまじりあったやわらかなうなりが、まるで雲みたいぼおっと街の上に浮かんでいる。

店が入店している年季の入った雑居ビルが新宿の奥まった路地にひっそりと佇んでいる。大通りに出るとあれほど人間でごった返しているのにここだけは人を寄せつけない磁場のようだ。人通りがほとんどない。

新宿副都心の摩天楼は幾重にも重なる黒い影となってそびえている。

「もうすっかり冬だな」

白い息を吐き出しながら翡翠がいうので、私もうなずいた。

「すっかり遅くなっちゃいましたね。送ってもらってありがとうございます」

「いや、いいさ。今の時期は暗くなる時間も早いし、事件から日が浅い。愛になにかあったら僕が龍麻たちに怒られるよ」

「あはは。やっぱり、火怒呂の事件が尾を引いていますね......。おばあちゃん、最近忙しいみたいでほとんど家にいないんですよ」

「雛川神社もそうらしいな、宮司のおじいさんも龍山先生も不在がちだと雛乃さんたちが心配していたよ」

「陰陽寮や《エムツー機関》を初めとしたみなさんには本当に頭がさがります。劉君には申し訳ないですが、瑞麗さんのお手伝い頑張ってほしいですね」

「こないだみたいに、復讐に身をこがすのはいいが周りが見えなくなると心配だからな。親代わりの姉がいた方が冷静になれるかもしれないね」

「あの時はほんとにヒヤヒヤしました。們天丸さんがいてくれてよかった」

「......そうだな」

歩道の信号が赤になった。私たちは自然と無言になった。

「......」

「......」

信号が青になる。私たちは歩き出す。

「そうだ、翡翠。お腹すきませんか?」

「もう夜遅いしな......どこかで食べようか」

「おばあちゃんいないので、どのみち1人ですし。どうします?ラーメン?」

「いつもの?」

「あはは。たまには違うものにします?」

「そうだな、この辺りなら......。ついてきてくれ」

「わかりました」

私たちは和気あいあいと話しながら、それとなく目配せしあうのだ。

(気づいてるか?)

(あと、つけられてますね)

(一人......いや、二人か?)

(人間ですね、《如来眼》を発動するまでもない)

(忍びではないね、裏稼業の人間の気配はするが)

私が連れてこられたのは、創業が江戸時代の老舗の小料理屋さんだった。のれんをくぐり引戸をあけると、どうやら翡翠の祖父の贔屓にしていた店だったようで久しぶりに顔を出した翡翠に喜んでくれた。私を恋人かなにかと勘違いしたのか奥の座敷間に通してくれた。ついてきた女将さんに翡翠が説明する。

さっと表情を変えた女将さんが生真面目な態度になり、一礼して去っていく。ふすまを閉めて翡翠がいった。

「しばらく様子をみようか、動きがないならまた考えよう」

「すごいですね、時代劇みたい」

「忍びの僕にそれをいうのかい?」

「間近でお目にかかるのはなかなかないじゃないですか。やっぱり、ネットワークが今でも息づいているんですね」

「そうだね、それが強みでもある。守らなければならない共通の目的があればこそでもある」

「なるほど......」

私は翡翠に促されてほんとに夕食をとることになったのだった。

江戸時代創業ながら清潔感がある店だ。細かい部分を見ると歴史を感じさせられる部分も多々あり、レジを見ると今では見ないタイプ式のような機械で感動ものだ。

大将や女将さんはとても温厚なひときわ楽しい会話も弾んだ。どんな人たちがどんな会話をしながらここで料理を食べたんだろうと考えると感慨深いものがある。翡翠も祖父と何回もここに来たからか、思い出話に花が咲いた。

1時間ほどして、女将さんがそれとなく私たちの後をつけてきた人間について教えてくれた。数人の男子高校生くらいの若い青年たちだという。濃紺色の学生服が特徴であり、並々ならぬ気配をもっていることから、おそらくただものではない。

「濃紺色の学生服......」

「葛飾区の拳武館(けんぶかん)高校でしょうか?」

「いや、たしかあの高校の代表は......」

「鳴瀧冬吾さん、龍君のお父さんの親友ですね。でも、以前から副館長が不穏な動きをしているとおばあちゃんから聞いたことがあります」

「そうなのか?」

「はい」

「そうか......あの人は龍麻を柳生との戦いに巻き込むことを最後まで反対していたらしいからな......親友の遺言だと。だから今も忙殺されて学校まで手が回らないというのに、なんてことだ」

「学校運営に向かないから、と副館長を迎えたようですし、見て見ぬふりをすることもあったようですが......」

「よりによって柳生の依頼を受けたのか、副館長は。金に目が眩んだな......」

「待っているのは破滅しかないのに......」

私も翡翠もため息をついた。

さいわいなのは、女将さんに教えてもらった外見的特徴からのちに味方となる壬生紅葉ではなさそうということだ。

彼は沈着冷静で寡黙な青年で、法で裁けぬ悪を裁く暗殺者だ。集病気で入院している母親の治療費を稼ぐため、彼は自ら暗殺業の道を選んだ。母親には「特待生で学費はかからず、アルバイトをしている」と言って孝養を尽くしている。緋勇龍麻とは、時は違えど同じ師・鳴瀧冬吾の下で学んだ兄弟弟子。緋勇龍麻の身につけた徒手空拳の陽の技と対になる陰の技を身につけており、特に脚技に秀でる。

ちなみにあまりに人気が出たために、スピンオフ作品『妖都鎮魂歌』の主人公に抜擢されている。

翡翠は戸を少しあけた。

「......ダメだな、いつまでも張り付いている気だ」

「途中であきらめる気はないようですね」

「これは逃げ回るだけ無駄か......。仕方ない、裏から逃がしてもらおう。この先に公園があるからな、そこなら」

「そうと決まれば急ぎましょうか。あ、お勘定は......」

「ああ、ここは出しておくよ。今手持ちないだろう?あとで請求書渡すよ」

「ありがとうございます......。念の為お聞きしますけど、おいくらですか......?」

「まあ、1万円札があれば足りるよ」

「ひい」

翡翠は軽く笑って、私についてくるよう促した。女将さんにいわれるまま台所を抜けて生活スペースを通り過ぎ、隣のお店の敷敷地を横切り、全然違う通りに出たのだった。

「さあ、いこうか」

「はい」

私たちは足早に交差点を渡り、歩道橋をぬけ、公園に辿り着いた。

「どうやら、相手にもお見通しなようだな」

「囲まれましたね」

私たちは背中合わせになり、次々姿を現した暗殺者たちと向かいあう。

そのときだ。

「剣掌・鬼氣練勁 」

「!!」

「これは......」
     
誰か助太刀にきてくれたようだ。独特の呼吸で高めた勁力に、殺意の波動を加え、特異な練氣法により威力を増加させてくれたのだ。

「君は......」

「九角くん!」

「よォ、まさかこんなところで会うとは思わなかったぜ。緋勇の野郎に忠告しようと来てみれば、もう動き出しやがったのか」

そこにいたのは九角天童だった。

「ありがとうございます」

「お前には借りがあるからな、返させてもらったぜ」

「こうしてみると、葵ちゃんの《力》と似たものを感じますね」

「は、150年しか離れてねェんだから当たり前だろ」

天童はそういって笑った。

「わかってたんですか」

「九角は敵が多いんでな、忍びた血には情報収集を徹底してんだよ。前から怪しいとは思ってたが、やっぱりか。不審な動きをしてたから張らせて正解だったぜ。この九角天童の首も狙ってやがるんだからな」

「えっ、九角くんも!?」

「あァ。お前たちも、きっとそうだ。誰かが───────お前たちの暗殺を依頼したんだろうぜ。拳武館にな」

「!」

「知ってるって顔だな。まァ、お前をこの世界に呼んだ連中がかかわってるなら当然か?葛飾区にある拳武館高校。文武両道の進学校として名高いが、実際は裏社会に通じる人材を育てる暗殺者の育成機関だ。決して私利私欲のために動かず、仁義と忠義の名の下に社会のあくを裁く。聞こえはいいが要するに殺し屋だ。しかも裏社会と繋がってるから下手に近づいたメディアは痛い目みてからは触れねえ。まあ、懸命だな。国家公認の暗殺集団育成機関、ゆえに就職先も暗部ばっかりときた。そりゃ表立って公表できねえよなあ?そのおかげで平和をおうかしてる事が民衆にバレちまうわけだからよ。ゆえに警察も防衛省も御用伺いしなきゃなんねえ立場だ」

天童は暗殺者たちを見渡しながらいうのだ。挑発も兼ねているらしい。

「最近、内部で怪しい動きがあるらしい。内部分裂というべきか、少ない報酬と厳しい戒律によって支えられていた禁欲的な体制に反発が出始めたらしい。まあ、無理もねえ、今は平成だ。江戸時代じゃねぇんだからよ」

「なるほど。見てきたみたいにいうんだな」

「副館長、ナンバー2が不穏分子の中心人物で、館長の理念に反する仕事ってのを勝手に請け負ってるらしいなあ?ちと調子に乗りすぎてるようだが......」

「まさか、柳生が」

「そのまさかだ。法外な額の報酬を支払って依頼しやがったらしい。笑えるよな、緋勇の父親の親友が運営する高校が親友の忘れ形見を殺そうとしてんだからよ。お前がどう思おうが、やつらは譲らねえだろう。たとえどこに逃れようともかならず見つけ出して殺すんだ。なら、その前にぶちのめせばいい。そうだろ?」

不敵に笑う天童につられて翡翠も笑う。私も木刀を構えたのだった。




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