魔獣行8
們天丸が火怒呂の憑依術をすべて引き受けてくれたおかげで緋勇たちは格段に動きがよくなり、動物憑きたちに有利に戦うことができるようになった。やはり近接戦闘を得意とする前衛が機能することで後衛の支援も援護射撃もまともに機能するのである。
私もようやく本来の役回りを果たすことができるようになった。谷中霊園全体を解析にかけ、敵の数や敵の攻撃範囲を把握し、緋勇に伝える。それを踏まえて緋勇が仲魔に指示をだす。的確さがもどってきた。これで戦況は安定する。
動物憑きたちを牽制しつつ、蓬莱寺たちは進路を確保しにかかる。この戦いを初めてからもう8ヶ月である。実戦を積み重ね、緋勇の指示にも慣れてきた。取り憑かれた人々との闘いも二度目なので、誰もが力の加減を学んだ。自分が何をどうすればいいのかわかっている人間は迷いがないから動きが的確だ。
じわじわとではあるが、動物憑きたちの群れが抑えこまれていく。
「一気に片付けるぞ、京一!《方陣》を頼む。霧島と、月(ゆえ)と!」
「えッ、わいもかァ!?」
「応よッ!!」
いきなり呼ばれた劉は目を丸くするが、蓬莱寺はその意図を察したのか劉を掴んでつれていく。霧島は把握こそしていないが蓬莱寺のいうことな素直に聞くあたり、あこがれのスイッチが入ったようだ。
「行きます、京一先輩、劉さん!!」
「しゃあないなァ。よっしゃ、まかしとき!!」
「いくぜッ!!」
緋勇の読み通り、《方陣》が炸裂する。
「「「真・阿修羅活殺陣!!!!」」」
真っ直ぐに飛来した《氣》の刃が動物憑きたちの垣根を崩す。
「よっしゃ、次はわいらの番やな」
「へッ!?」
「劉一族のモンやったらや、真言くらい言えるやろ?」
「真言?いえるけど......」
「よっしゃ、なら話は早い。やるでェ」
「えええッ!?」
「ナウマク・サマンダバザラダン・カン!!」
「あーもうやけやッ!どーにでもなれッ!ナウマク・サマンダバダナン・バク!!」
「ナウマク・サマンダボダナンインダラヤ・ソワカ!! 」
「オン・バサラダト・バン!!」
「「符戟・秘占封陣」」
本来、4人でやるべき《方陣》を2人でやってしまうのは們天丸のサポートゆえなのか、劉の才覚によるものかはわからない。ただ、この真言の源流たる仏教の教えがこの憑依師の復讐を阻止した実績があるためか、効果は絶大だった。一瞬にして動物憑きたちは解呪されて気絶していく。発動範囲から外れた敵は、さやかが歌に乗せた《力》によって解放されていく。
私達も敵を確実に手加減しながらも倒していった。
開いた道を蓬莱寺に促されて真っ先に駆け抜けたのは霧島だった。ずっとさやかを守り抜いてきた彼にとって火怒呂は絶対に許すことが出来ない相手なのである。それは私達もわかっていた。
「いろんな人を傷つけて、酷い目にあわせて、絶対に許さない!」
「おのれ、スサノオの転生体めッ!我が國を滅ぼした時のように、また滅する気かッ!」
「なにいってるんだよ、僕がスサノオだって?また訳の分からないことを!」
剣に《氣》を込め、火怒呂の脇から斬りつけると、すぐ後ろに回り込んでもう一太刀浴びせる。堪らず火怒呂は膝をついた。
「くッ!こ、混沌の、扉はもう少しで開くのだァッ!誰にも、誰にも邪魔はさせぬうッ!」
三太刀目を辛うじて受け止め、目を血走らせて反撃する火怒呂を霧島は剣で受け止めきる。さすがは一人でさやかを守り抜いてきただけはある。その実力は本物だ。振り下ろされる閃光がきらめいた。
「火怒呂、さやかちゃんや他のみんなを苦しめた報い、うたせてもらうッ───!!」
「うるせェッ!!」
火怒呂の《力》は完全に覚醒したスサノオの転生体たる霧島には通じない。その剣は振り下ろされた。避けようとして避けきれず、憑依師は谷中霊園の土地に沈んだのだった。
「諸羽」
「峰打ちです。京一センパイの見よう見まねですけど」
「へへッ、ばあか。木刀と西洋剣の模造品じゃ勝手が違うだろッ!明らかにダメージ入ってんじゃねえか!気絶してるけどよ。ま、よくやったぜ」
「ほんとですか?!ありがとうございますッ!僕、京一センパイみたいになりたいです!この調子で僕を弟子にしてください!」
「で、弟子だァッ?!」
「はいッ!」
キラキラした目で見つめられ固まる蓬莱寺を仲間たちが茶化し始める。そんなみんなを見つめながら、劉は緋勇にいった。
「あんがとな、アニキ」
「俺は月の兄貴分だからな。間違ったことしたら止めるのは俺の役目だろ?」
「へへッ」
今の劉に、もう怒気や憎悪は微塵も感じられない。こうしているとさっきの態度は気のせいな気さえしてくるが、勘違いではないと緋勇は知っている。あれは復讐の目だった。九角の祖父の目だ。們天丸が牽制しなければ、間違いなく憑依師の力でおかしなことになっていたに違いない。
「月、この国には俺たちがいるんだ。寂しくなったらいえよ?」
「うううッ、アニキほんまにええやっちゃな。あんさんならきっと、大丈夫や。わいこそ、ごめんな先走って」
「その前に、劉。ききたいことがあるんだ。お前さっき、妙なコトいってたよな?なんかすごくコワイ顔してたよな?で、なにが大丈夫だって?」
畳み掛ける緋勇に劉は我に返ったようで冷や汗だらだらである。えーっとお......といいながらあらぬ方向を見始める。
「わいの顔が恐いやてッ!?そらヒドイわァ〜。こんなお茶目なわいを、恐いやなんてェ〜」
「誤魔化すの遅いぞ、月」
「つっこみが辛辣ぅッ!!」
「ほら、月。素直に吐けよ、な?」
「気のせいや気のせいッ。頼むから気のせいにされてッ!これ以上ポカしたら、わい姉ちゃんに殺されてまうんや、かんにんしてえッ!!ただでさえバックレたことで説教コースやのにい!!」
「あ、そっか、瑞麗さんがいたな」
「やめて!姉ちゃんにはいわんといて!なんでもするから!」
「あ、今なんでもするって」
「やめて!!」
半泣きの劉に緋勇はニヤニヤしている。とうとう逃げ出そうとする劉を襲う影がある。
「この───、待ちやがれ、劉ッ!!」
「どあっ!?」
「こンの野郎〜ッ、何隠してやがる!全部吐けーッ!!」
「堪忍してェなー京一はんッ!!わい、まだ死にたないッ!!」
蓬莱寺は軽く締め上げる。劉は割と本気で泣きそうになっていた。さすがに可哀想になってきたのか、いつもの劉が戻ってきたから安心したのか、醍醐たちがとめにはいる。そのうち、火怒呂は們天丸が預かるということになり、谷中霊園で別れることになったのだった。
みんな、ラーメン屋にいこう、といういつもの流れのまま、日暮里駅を目指して歩き出す。ただ緋勇だけは来た道を振り向き考え込んでいた。
「どうかしましたか、龍君」
「なあ、まーちゃん。今回の事件、《将門公の結界》はなんとか守れたけど、《結界》は《龍脈》を利用してるんだよな、たしか?《龍脈》......大丈夫か?汚染されてない?」
「......さすがですね、気づいてしまいましたか。《如来眼》でみた限り、めでたしめでたし、とまではいかないようですね。白に黒が混じったんです、そのままというわけにはいきません、きっと」
「そっか......やっぱりそうだよな」
緋勇は心配そうに谷中霊園を見渡す。
「なんで、五重塔になんか触れたんだろうな、火怒呂のやつ」
「なにかあるのかもしれませんね、調べてみましょうか」
「そーだな、俺もじいちゃんに連絡とってみようか。九角のじいちゃんとなんかあったっぽいしさ、なにか教えてくれるかもしれない。───────喪部がどんなに異様な存在だったか、改めて実感するよ。普通は火怒呂みたいに、本来の人格を塗り潰されて死ぬんだもんな。もしかしたら、九角みたいに復讐なんて望んでなかったかもしれない」
「そればかりはわかりませんね......私達は先祖しか知らない。火怒呂さんがどんな人でどんな生活を送っていたのか、今となっては知る術はありません」
「そうだよな......」
物憂げなままため息をついた緋勇は、気を取り直して笑顔になると私と蓬莱寺たちを追いかけはじめた。
悩んでも仕方ないのだ。私達はまだ情報が少なすぎる。
憑依師に膨大な力を与えた赤い髪の男の影をひしひしと感じながら、私達は谷中霊園を後にした。火怒呂もまた、何者かに踊らされたに過ぎなかった事実だけが真実だ。隠されたままの謎も、これからまだ続くであろう怪事件も、とりあえずは解決したことを喜んでから前に進みつつ悩むほかに道はないのである。
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