胎動2

九角家と《天御子》の因縁を聞かされた私は、天童たっての希望で彼の両親が埋葬されている裏庭にやってきた。《如来眼》による解析をこころみる。そして、首を降った。

「《天御子》の《氣》はおろか、形跡すらありませんね。どちらかというと、九角君の《氣》に近い。《鬼道》に精通した者の犯行でしょうね」

「───────......そうか、やっぱりそうなのか。なんとなくそんな気はしてたんだ。アンタの10年分の手紙を分家で読ませてもらった時に、どれだけねじ曲がった世界にいたのか思い知らされたからな。結局のところ、じいさんは娘の幸せより自分の意地を優先したってわけだ。とんだクソ野郎だ」

天童は感情を押し殺した声で笑うのだ。私に背を向けているから表情はうかがえない。

「それだけじゃねェ。あの男のために敵になりうる家に手を回して皆殺しにしてただけじゃねぇか。とんだマッチポンプだぜ。ようするに、緋勇の母親の生家やアンタの家に甚大な被害をもたらしたのもじいさんなんじゃねェか」

「ほんとうに......ほんとうに、強敵でした。あなたのおじいさんは」

長い長い沈黙が降りた。

「九角は、とっくの昔に《天御子》から解放されてたんだな。鬼修と天戒の2代にわたる奮闘によって」

「そういうことになりますね」

「なるほど......じいさんは《天御子》の遺産である不老不死に取り憑かれちまったわけだな。皮肉なもんだぜ。さあて、そろそろ聞かせてもらおうじゃねェか、天野愛。アンタと九角家の関係を」

私はうなずいた。

「なるほど......《アマツミカボシ》の頃から《力》を持った女は子供に《力》を継承すると加護を失っちまうわけか。それで邪神の加護を求める一方で、どうにか末裔が因果から逃れる術をさがした。この世界にいるかぎり無理だと悟ったわけか」

「そうです。《菩薩眼》や《如来眼》といった魔眼に自身の《力》を分割して、ようやく自分より強い《宿星》の友や伴侶がえられれば生きながらえるようになりました」

「で、それ以上分割できなかった《力》をもった《アマツミカボシ》が平行世界に転移したわけか。末裔たるお前はこっちに来ちまったわけだが、大丈夫なのか」

「大丈夫じゃないです。全然大丈夫じゃないです。《アマツミカボシ》より強い《宿星》の持ち主って思いつかないんで、うっかり恋に落ちることも出来ないです。私まだ死にたくないので」

「《氣》の概念が存在しない世界でようやくまともな人生歩めるが、戻ると《天御子》に狙われて《力》がつかえないから捕まるわけか。めんどくせぇな」

「ほんとにそうですよ、あはは」

「笑い事じゃねェだろ......俺は、」

天童がいいかけた言葉を飲み込んだ。そしておもむろに当たりを警戒し始める。

「どうしました?九角く......」

「静かにしろ。誰かが《結界》をやぶろうとしてやがる」

「!」

「等々力渓谷は九角家の者にしかわからねェ結界がはってある。奇妙な音がその知らせだ」

「奇妙な音、ですか」

「あァ、アンタには聞こえないだろうがな。いい度胸だ」

天童が目配せすると、いつの間にか姿を表した忍びたちが天童に深くお辞儀をするとさっていく。天童は空を見上げた。

「今宵の月は......満月か。暗殺にはむかねェんだがな」

物騒なことをいいながら刀を抜いたので、私も《アマツミカボシ》の《氣》を解放して、《如来眼》を覚醒させる。これでようやく私は結界の存在に気がついた。

「こういう満月だと身に凍みる秋風すらも心地好く感じるもんだが、てめェはあれか?死に場所を探しに来たか?」

なにかが砕け散る音がした。結界がやぶられたようだ。天童が忍びたちに下がれと命じる。抗議の眼差を一笑して歩き出す。

「怨嗟の念に取り込まれちまったか、じいさん」

「えっ」

「は、わかるに決まってんだろ。10年も世話になったんだ、すぐにわかる。
常世の河を渡るには、未練があるか多すぎたみてぇだな」

天童の視線の先には悪霊と思しきモヤがある。

「因果の渦と《宿星》からは、誰も逃れることは叶わねェらしいな。《アマツミカボシ》みてェな神ですらそうなんだ、人間なんざ無理に決まってる。それを知ってなにをなすかが大事なんだろうぜ、じいさん」

《氣》の高まりを感じる。私も助太刀に入る。怨霊が次々と《鬼》を生み出し始めたからだ。

《刻は、近い───この東京が、混沌と戦乱の闇に包まれる日は近いぞ、天童。その刻は、間近に迫っておる......》

異形は高笑いする。

「死人は大人しく寝てろよ、じいさん。今度こそきっちり黄泉に送ってやるよ。誰にも邪魔されねェようにな」

「お手伝いします、九角君」

「あァ、勝手にしろ。ただし、じいさんは俺の獲物だ。てェ出すなよ」

「はい」

「なあ、じいさん。あいにくまだ《陽の鬼道》が半端なんでな、楽に殺せねェかもしれねえが悪く思うなよ」

そして私達は今度こそ九角家前当主に引導を渡すため、戦い始めたのだった。

不可解な要素がいくつかある。なぜいきなり天童の祖父が復活したのか。なぜ九角家の結界を破れたのか。なぜ今、このタイミングで現れたのか。そして話のラインが錯綜している。どのラインとどのラインが繋がっているのか、それらの間にどのような因果関係があるのか、見きわめることはまだできない。

事実というのは砂に埋もれた都市のようなものだ。時間が経てば経つほど砂がますます深くなっていく場合もあるし、時間の経過とともに砂が吹き払われ、その姿が明らかにされてくる場合もある。今回はさいわい後者だった。

頭の中に記憶された世界中の物事や事象が一瞬にしてばらばらにほどけてしまったような気がした。すべてが細やかな断片として砕け、飛び散っていった。私の中に漠然と形成されていたある種の予感があらわれた。

偶然が何の因果関係もなく、予期せぬ出来事が起こるさまをいうのならば、これは明らかに偶然ではない。最初の偶然は許されるが、それ以降の連続は偶然では断じてない。季節の変わり目のように厳粛な事実がそこにある。事実がくもの糸のように絡まりあっている。情報を裏付ける確実な証拠だ。

目の当たりに見た飾り気のない真実、それはつかの間の平穏を経て、また厄災が動き始めたことにほかならない。それを知らせるために天童の祖父は遣わされたのだ。

「───────......あの野郎、どこまで人を馬鹿にすりゃ気が済むんだっ」

そう吐き捨てる天童は憤りを隠しもしない。

「おい、天野」

「はい?」

「帰ったら緋勇に伝えろ。まだなにも終わっちゃいないとな」

「九角君......」

「戦いの最中にお喋りは禁物やで、若旦那」

背後から飛来したなにかが《鬼》を一刀両断する。

「們天丸さん!」

「やーやー、今夜はちょっとはやいけど逢いに来たで、天野はん。元気?」

「お前もしゃべってんじゃねぇか」

「わいはいーねん、後ろに目がついとるさけな」

們天丸が扇を一閃、二閃することにより、激しい風が巻き起こる。それは鋭い刃となって敵を斬りきざんだ。にひ、とわらう們天丸に天童はふざける暇があったら真面目に助太刀に入れよと至極真っ当なことをいう。なんだか蓬莱寺といる時の天童を思い出す。們天丸や蓬莱寺みたいなタイプが苦手なのかもしれない。《氣》はあうから《方陣》はできるだろうに。

「そーいうことはちゃあんと会って言わなあかんやろ、若旦那。女の子に伝言さすやつがあるかい。あんさんは龍麻はんに借りがあるって常々ゆーてるやんか、今こそ返す時やで!」

「うるせェ」

「うるさくないー!わいは男の仁義っつーもんをやな!」

「黙ってたたかいに集中しろ」

「わいは集中せんでも負けんもーん」

「あはは」

「笑ってないで引き取れ、天野。元はと言えばお前が連れてきたんだろうが」

「まあたイケズなこというー!」

「ああもう黙れ、鯖食わせるぞ!」

「いぎゃーッ!!鯖だけは堪忍して、旦那ッ!」

なんだか緊張感がそがれてしまったが、私達はなんとか《鬼》たちを倒し、天童の祖父を黄泉に送り返したのだった。

「そのまま帰ってくるな」

「いややなあ、天野はん送るだけやで!寂しがらんでもちゃんと帰ってくるさかい安心して!」

「なにいってんだ、お前」

天童が私をわざわざよんで引き取れというわけだ。們天丸は天童がよっぽど気になるのか構い倒しているのがうかがえる。天童は物凄く嫌がっているようだが們天丸はやめる気配はなさそうだった。ご愁傷さまである。でも、九角家はなんとなく大丈夫そうな気がするので、們天丸にはそのまま等々力にいついてほしいと私は思ったのだった。

「ついでに今夜の話も聞いてまおか」

「あ、はい、わかりました」

話をする度になにかしらアイテムをもらえるのはなんか意味があるんだろうか?


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