胎動1

11月のこの時期はどのお寺も七五三にの家族づれで賑わっていた。あの時とは違い、大自然の霊地としてあるべき姿に戻っていた。等々力の最も大きな魅力は、等々力渓谷をはじめとする大自然と共に在ることだ。四季の変化、多種多様な生き物の姿や鳴き声、都内にいるとは思えない安らぎと静かな時間を私たちに与えてくれる。等々力駅の改札を出て徒歩1-2分、等々力渓谷への入り口が姿をみせる。地上より気温が低く、木々の匂いと川のせせらぎでとてもリラックスができる地域の憩いの場となっている。綺麗な空気の中で深呼吸をしてみれば、きっと忙しい日常を見つめ直すことができるだろう。


現在の山門は、昔の満願寺山門を移築したもので、そこにはかつての満願寺の空気が流れている。等々力渓谷を擁しせせらぎのある境内には、四季折々に花が咲き、鳥が訪れ、春の桜や秋の紅葉の美しさは格別だ。自然の変化を楽しみながら、日本の伝統や文化に触れることができる。

玉川地域の縁の要として人々と共に、支え・支えられて1,200年もの年月を歩んできたこの場所は、時代の変化とともに改装や改築を重ね今の姿となったが、開創当初と想いは変わらないのだろう。それは、役小角の教えを広く大衆に広めることで、より豊かな人生を切り拓いてもらいたいという想いだ。

一日また一日と歴史を刻み、人々と共に歩んでいく寺院として、100年後、1,000年後も皆様の心の拠り所になることは間違いない。


満願寺の山号は「致航山」、院号は「感應院」、寺号は「満願寺」。本尊は金剛界大日如来、宗派は真言宗智山派で、開創は平安時代末。中興は室町時代で、吉良氏の居城であった兎々呂(ととろ)城の一角(現在地)に祈願寺として移築された。常法談林三衣(じょほうだんりんさんね)の格式の寺で、学問所・教育機関・本山としての機能を有していたという。

これが九角家の表向きの顔であり、九角天戒が《鬼道衆》を組織しながら徳川幕府を欺くために潜伏し、末裔たちにとっては本業となりつつあった姿なのだという。

《鬼道》で人心掌握をして不法占拠でもしているのではないかと密かに思っていた私は驚いたが、その反応を見た天童は呆れたような顔をしている。

「江戸時代と違って明治時代からは、俺たちみたいな居ないものとされていた民はこうでもしねェと生き残れなかったんだよ。戸籍とか徹底的に把握されてるからな。姿を隠すにしても制度は有効に活用しねぇとならねェ。めんどくせぇ世の中だ」

「そのわりにワダツミ興産とか行政にがっつり関わってましたよね。あなたたちは本当に強敵でしたよ」

「あたりまえだろ、緋勇とも父親とも祖父とも3世代に渡って戦い抜いたじいさんが築き上げたもんだからな。お前んとこのルポライターのせいで倒産しちまったからえらいことになってるようだな。まあ、負けた身だからどうこうはいわねえが、こっちで色々斡旋してるから心配するな」

「すっかり九角家当主の顔ですね、九角君」

「お世辞にもならねェよ。実際は分家の連中や昔世話になってた人らに頭下げて、なんとか寺の運営とか九角家の立て直しに奔走してるとこだからな。こないだまで顔すら知らなかったガキを若旦那やら大将やら御館様やらいいやがる。どうも九角家当主は、本来分家筋から《陽の鬼道》も習わなきゃならなかったらしいが、じいさんの代から途絶えてたってんであちらのジジイ共の期待が重圧ハンパねぇ」

ほんとに大変なようでため息は深い。私より先に出されたお茶を一気に飲んでしまった。

「そんなに忙しいのに大丈夫なんですか?もっと落ち着いてからでもよかったのに」

私は九角天童に呼ばれて、等々力不動近くの柳生流の道場改めて龍泉寺の道場となっている九角本家の客間に招かれていた。

「かまやしねぇよ。お前には引き取って欲しいもんがあるんだ」

「引き取って?」

「こないだからウチの渓谷に天狗がはいりこんでやがる」

私は思わず咳き込んだ。

「おかげでこっちはいい迷惑してんだ。東京に呼ぶならそっちで面倒みやがれ」

「も、們天丸さん、仮宿探すっていってたけどまさか等々力渓谷に......?」

「そのまさかだ。150年前の縁だなんだうるせえが知るかよそんなの。だいたい天戒が村を解散してから鞍馬にいったきり連絡もよこさなかったやつ養えるほど九角は今余裕ねえんだが?なのに分家共は役小角様の繋がりだなんだ喜んでるしよ......。そこまで世話かける訳にはいかねえってのに」

天童曰く、役行者は、日本の修験道の始祖にして、等々力渓谷に霊地を築いた九角家にとって大切な人間らしい。役行者の行跡については早く『日本書紀』に記載され、続いて『日本霊異記』『今昔物語』と彼の山嶽修行の厳しさと、無双の神通者であることが記載されている。

呪験を得てからの行者はほとんど山を住処として、木の実を食し、木の葉を行衣とし諸山を巡り、葛城山では山神一言主命を使役し、河内生駒山では二鬼を折伏し、大峯山中では前鬼・後鬼を従え、雲に乗る。水をくぐるは元より、その通力は止まるところを知らなかったという。

行者の神異と数々の呪験は国史の上でも認めるところで「神変大菩薩」の諡号が贈られており、また吉野熊野を結ぶ山伏の峯入道を開いた業績が、多くの末流を生み、彼の奇跡と伝説をより荘厳なものとしている。

そのような華々しい業績を残している行者だが、彼は大天狗の一狗としても数えられている。「石鎚山法起坊」がその狗名である。役行者の大天狗とあってはいかなる妖怪・魔怪の類も服せざるを得ないだろうとして、天狗の中でも別格とされている。

このように、大天狗となる者の中には、その前世に優れた業績や霊力や呪力を持つとされていた人物が少なくない。

そしてそうした事実が、人々の心にあった天狗の格を上げていき、ものによっては神仙、仏菩薩と同等の扱いをうけ、害を成す天狗にいたっては大魔王として扱われるようになった。

天狗がしばしば山伏の姿に見立てられるのは、修験者の驚異的な能力を畏敬したことからくるようだ。

ゆえに、九角鬼修が《鬼道》を復興させたのが修験修行によるものであるために、天狗との繋がりは切っても切り離せないのだという。

「なんだか大事になっちゃいましたね......なんかごめんなさい」

「全くだ」

「私、們天丸さんには見守っててください、としかいってないんですけど......」

「崇徳院にも参拝しといてか?」

「あはは......」

「少しは自分の立場考えろよ」

「今更すぎるんですがそれは」

九角は肩を竦めたのだった。


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