鞍馬天狗4

怪談話には、「草木も眠る丑三つ時」という言葉からはじまるものがある。今でいう真夜中の2時〜2時半のことを意味する言葉だが、「丑三つ時」に幽霊が出るといわれているのは、陰陽五行説が由来といわれている。

陰陽五行説は、自然界のあらゆるものを「陰」と「陽」に分けたもので、さらに「自然界は木、火、土、金、水の5つの要素から成っている」という五行思想の考え方が結びついたものだ。

陰陽五行説では、鬼が出入りする方角は北東とされ「鬼門(きもん)」と呼ばれている。北東は「丑(陰)」と「寅(陽)」の境目にあたり、時間でいうと3時ちょうど。そのため、3時頃は鬼門が開いて死後の世界と通じたり、鬼や死者などが現れる時間とされ、不吉なことや良くないことが起きたりすると考えられている。

3時をまたぐ丑の刻と寅の刻全体(1時〜5時)が良くないといわれており、陰陽五行説で「陰」である丑の刻は特に良くない時間帯といわれている、

さらに江戸時代には「丑三つ時」を語呂合わせで「丑満つ時」という字に当て、言葉遊びをしていたそうだ。

「丑満つ時」は「丑の方角(鬼門)の力が満ちてくる」という意味になり、鬼門の力が満ちて鬼や死者などが活発に動き回ると考えたのではないかといわれている。

それと合わせて、「丑三つ時」は深夜で、草や木なども寝静まるほど静かだったため、不吉で不気味なイメージが重なり、「幽霊が出る」と連想したのではないではないかといわれている。

そんな時間に人を呼び付けておいて、すでに夜中の3時になるのはどういうことなのだろうか。眠い目をこすりこすり待っていた私はぼんやり考えた。

「お〜い」

いきなり聞いた事のない男の声がして、私は辺りを見渡した。中庭の木々がざわめいている。風がでてきたようだ。

「こっちや、こっち。あんさんの頭の上や」

声のした方向を見上げると、そこには眼帯をした男が太い木の枝に腰掛けていた。

「もしかして、們天丸さんですか?」

「せやせや、正解。大正解」

們天丸は木から音もなく降りてくる。高い下駄を履いているため、ただでさえある身長差がさらに明確になる。京都の舞子の帯のようにだらりと結んだ、赤い反幅帯がよく似合うイケメンである。ちゃらちゃらした、浮ついた軽薄さだけが目立つ遊び人のような風体はあいかわらずのようだ。

「いやあ、丑三つ時やいうたのにごめんなあ。やっとあえたで、よかったよかった。わいが們天丸やで、よろしゅうな」

「はじめまして、們天丸さん。私は時須佐槙乃といいます」

「んん?時須佐?」

「はい、時須佐百合は私の御先祖にあたります」

「あ〜、いわれてみればそんな気も......気も?うう〜ん、たしかにあの人も《如来眼》やったけど、うーん......なんか違わん?なんか《氣》が違う気がするで」

「すごい、そんなことまでわかるんですね。私、本名は天野愛というんです。18年前に《如来眼》の《宿星》を継承するはずの女の子が柳生側に殺されたせいで、跡継ぎがいなかったので、時須佐家に請われてこの世界に召喚された《アマツミカボシ》の《和魂》の転生体なんですよ。こちらの世界では、柳生側が作ったホムンクルスに憑依しているので、時須佐槙乃は便宜上の名前なんです」

「あ〜、なるほどなるほど。平行世界の人間ってことやな、ようするに。そーいうことかいな。若いのに大変やなあ。ホムンクルスってことはわいや犬神先生と一緒で歳とらんやん。人間やのに大丈夫かいな」

「大丈夫じゃないんですけど、この世界は体に魂や精神が最適化されるので慣れました。柳生との戦いさえ終われば帰る予定なのでもうひと頑張りです」

「おー、すごいやる気やな。なるほど、だから150年前の繋がりを復活させようと頑張っとるわけやな、えらいえらい」

們天丸に頭を撫でられた。

「ところで時須佐家の跡継ぎおらん問題はどうする気なん?それ解決せんと帰れんのとちゃうん?」

「それは言わないお約束ですよ、們天丸さん」

「え〜、それは大事やろ」

「私、《菩薩眼》の源流である《アマツミカボシ》の転生体なので、この世界にいるかぎり、子供が産まれたら《加護》が失われるんですよ。まだやる事あるのに死ねないです。《天御子》に命狙われてるのに」

「うっげえ、マジかいな。あの《天御子》の?なにしたんよ」

「《アマツミカボシ》は元《天御子》だったんですが、政争に破れて宗派の違いで抹殺されたパターンなんです。《荒御魂》が茨木の日立市に封じられていて、残りの《和魂》が私の世界に転移したんですよ」

「おーおーおー、まあたケッタイな家系やな、天野はん。お疲れさん」

頭をぐちゃぐちゃにされる。私を子供かなにかと間違えているんだろうか。

「え?だってわいからしたら、天野はんは赤子と一緒やで?」

「ナチュラルに心読まないでください」

「あっはっは、いい子はもう寝る時間やで。まあ、わいが悪い子になるよう唆したんやけどな。そーいや、龍麻はん達はみんな今頃部屋戻っとる思うで。まあ、犬神はんあたりにはバレバレやろけどな」

「えっ、それってまさか龍君たちをわざわざ部屋まで!?ありがとうございます」

「えーねん、えーねん。あのばあちゃんはいっつもわいらにお供えしてくれとるから、そろそろ動かなあかんて若い衆に発破かけとるとこやったんや。わいらがせなあかんことをやってもろて、天狗の仕業てしてくれたら申し訳たたんやろ?それくらいさせてや」

「そうですか......ならよかったです」

「せやせや。天野はんが教えてくれたおかげで龍麻はんたちに会いにこれたしな、感謝しとんやで。あんさんらにはえーもん見せてもろたしな、えらい懐かしいもんみせてもろたわ。《方陣》とか《力》とか《技》とかな。やっぱ人間はすごいな150年もあればあそこまで洗練したもんに出来るんや」

「あはは、えーもんはそれだけじゃないですよね?」

「当たり前やろ、なにいっとんねん。山があるから登るように、男は女湯があったら覗くもんやで。京一はんも龍麻はんもええ趣味しとるわ。酒飲める歳になったら語り明かしたいとこやで」

「そんなんだから犬神先生に警戒されるのでは?」

「ほんまになァ〜、懐かしい《氣》につられて来てみれば、あの犬神はんが先生しとるやん。びっくりしすぎて木から落ちかけたわ。なにがあったん?あんだけ人間嫌いやったのに」

「私もよくは知らないんですけど、戦時中に時須佐家の《如来眼》の《宿星》の女性と恋仲になったとかならないとか。学園を守るよう言われて、今は守り人をしてるらしいですよ」

「あ〜......あの地下のな。噂には聞いとるで。なんか柳生が軍の連中操って《龍脈》やら《黄龍の器》やら好き勝手実験しとったらしいやん。なるほどなあ、あの犬神はんがねえ。150年もあったら変わるもんかあ、やっぱ恋は偉大やな」

「ですね」

「ああ、なるほど。だからウチの学園の生徒に手を出すなってあんだけ殺気立つ訳やな。大切な人が遺した学園の生徒やからか〜、なんやねん。ならそれくらい教えてくれてもいいやんか。なあ?」

「あはは......触られたくない領域ってやつじゃないでしょうか。私もさすがに直接は聞けないですよ。今の犬神先生はそれとなく私達をフォローしてくれてますし、見守っていてくれていますから、それで十分です」

「大人やなあ、天野はんは。《アマツミカボシ》やからかよーしっとんやね。しかし、あれやな。うっかり犬神はんに惚れたら悲劇なわけやな......」

「ああ、はい、何人かすでに......」

「やっぱりかーいッ!そんな気はしとったんや。女をなかしとる顔しとったもん!あーいう男はやけにモテるんが世の常や。不条理やなあ、世の中はハッピーエンドが1番やいうに。まあ、事情はわかったで。でもなあ、だからって鯖の味噌煮はないやろ、鯖の味噌煮はッ!おかげでこんな時間になってもたやないか!」

「あはは......ほんとに鯖嫌いなんですね」

「あかんねん、ほんま鯖だけはあかんねん。今は冷凍技術が発達しておいしいもん食べられるけど、昔はほんま鯖腐るの早かったしな。嫌な思い出は払拭できんねん」

「そんなにですか」

「そーなんや。もし、天狗にちょっかいかけられたら、鯖くったいうたら1発やで」

「あはは」

「あはは。あの、そろそろ本題に入りませんか們天丸さん。雑談も楽しいですが埒が明かないし。お話ってなんでしょうか」

「あー、わいとしたことがうっかり忘れとった。ごめんごめん。実はな〜、崇徳院が直々に話聞いてこいいうねん。天野はんらの戦い」

「崇徳院が?」

「せや。こうやってわざわざ報告にきてくれたん、天野はんが初めてでな?150年前にわいが首突っ込んで以来やから興味わいたみたいやで」

「そうなんですか」

天狗の通力を持つ隻眼の遊び人はそういって笑った。天狗たちの頭だが脳天気な性格で女好きなところはあいかわらずらしい。

「というわけでや、詳しい話聞かせてくれんかな。4月から10月はなかなか長話になるやろし、同じ時間にどうやろか」

「私は構いませんけど、この宿には2泊3日しかいませんよ?」

「かまへんかまへん、何日かかっても。わいもついてくから」

「えっ」

「さすがに京都から東京は遠いさけな、仮宿どっかに探すから、時須佐家の中庭でまた会おな」

「いいんですか?們天丸さん、この山の大将なんですよね?持ち場離れても大丈夫なんですか?」

「大丈夫じゃないんやな〜、これが。ほんまは若い衆が心配なんやけどさあ〜......、ぶっちゃけ崇徳院直々のご依頼なわけやんか。辞退する度胸あるもんはこの国にはおらんと思わん?鞍馬の大将もおういってこいの即答やったで。ま、わいみたいにそこそこ偉なった天狗なんかこんなもんやわ」

どこか悲哀にみちているのはきのせいではないはずだ。

「お疲れ様です......」

「いや、ええねん。どのみち鞍馬寺だけでも報告はかならず崇徳院にあがるさけな......早いか遅いかの違いやもん。天野はんに会うのは必須事項やさけな、気にセンといて」

ウインクした們天丸は笑った。

「とりあえず今夜はこの辺で失礼するわ。そうそう、天野はん手だし?」

「はい?」

「これあげるわ。お守りにどーぞ。龍麻はんが心配しとったで、けったいなお守りは相性悪うて使えんて。これは大丈夫なはずや」

「あ、ありがとうございます」

們天丸は笑って私に握らせた。気づいたら誰もいなかった。




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