鞍馬天狗3

「えー...... 昼間にも話したと思うが、修学旅行中はお前たちが真神学園の看板だ。だから他人に迷惑をかけない。事故を起こさない。みっともない真似をしない。この3つは必ず守るように。毎年のことだが、不埒な真似をするやつが後を絶たないので、今年も先生たちが見回りをする。間違っても覗きなんて考えるなよ。以上だ」

犬神先生が殺気立っている。どうやら毎年真神学園の生徒たちは異性の入浴シーンを覗こうとするらしい。今年は蓬莱寺と緋勇が女湯を覗こうとしているところに遭遇するのだろう。ゲームだと再チャレンジすれば成功するはずだがどうだろうか。余計な手間をかけさせるなと言外に圧力をかけている犬神先生が、そのまま合掌の合図をする。

待ちに待った夕食の時間だ。夕食は田舎料理を今風にアレンジしたもので、なかなかおいしかった。特に小鉢ででてきた鯖の味噌煮はメニューになかったのかお膳からはみ出している。

「これって追加メニューですか?」

「ええ、そうやで。あちらの先生が是非と」

おばちゃんが促す先には犬神先生がいる。

「みなさん、可愛らしい方が多いもんで、天狗攫いを警戒しているんだと思いますわ。このあたりは、昔から天狗攫いが多かったんやで」

「天狗攫い......」

おばちゃんは教えてくれた。

天狗攫いは、神隠しの内、天狗が原因で子供が行方不明となる事象をいう。江戸時代において、子供が消息を絶つ原因は天狗とされていた。天狗が子供をさらい、数ヶ月から数年の後に元の家へ帰しておくのである。

天狗攫いから戻って来た子供は、天狗と一緒に空を飛んで日本各地の名所を見物させてもらった、などと話す。到底信じがたいことではあるが、当時としては実際にその場所へ行かなければわからないようなことをその子供が喋ったりするので、その子の言い分を信じるよりほかないということになる。また、天狗から様々な知識や術を教わったとする子供もいたという。

また長野県などでは、天狗にさらわれるという噂のある場所では「鯖食った、鯖食った」と唱えるとその難を逃れるといわれた。これは天狗が鯖を嫌いなためであるらしい。ほかの地方でも誰かが山で行方不明になった際、鯖食ったと呼ぶと戻ってきたという話がある。

「あ、だから鯖の味噌煮なんですか?」

「ここらへんにそういう風習はないんやけど、言われたらなるほどなあってなるわ。鞍馬山のモンモンさん参拝する生徒さんもいらっしゃるゆうし。東京の先生でここまで詳しい先生もなかなかおらんで。みなさん幸せやねえ」

「犬神先生、もしかして、自腹......?」

「ここだけの話、実はそやねんで」

お金のマークを描きながらおばちゃんが笑った。

「モンモンさんは昔から男の子の方が危ないからなあ」

「そうなんですか?」

「神隠しに遭って帰ってきた少年や男たちは「天狗の情朗」と呼ばれとったんよ。情朗は「陰間」、今でいう神隠しの犠牲者はそーいう可哀想な目にあと犠牲者なわけやね。天狗攫いは悪質な修験者さんや「山の民」がそーいうことのために美少年を拉致していたって話もあるから。食べとき、食べとき。今の時期は観光シーズンで色んな人が京都におるから、気をつけるにこしたことはあらへんよ」

「わかりました。ありがとうございます」

私は犬神先生の配慮をしっかり堪能することにしたのだった。

「おい、時須佐。少しいいか」

「はい?」

「お前らの班は、たしか鞍馬寺にいったそうだな。なにか変なことしてないだろうな?」

「え、なにかあるんですか?私、們天丸さんに今までのこと報告しただけなんですけど」

「......なるほどな」

「はい?」

「見守ってくれとかいったんだろう」

「!」

「あの馬鹿が考えそうなことだな」

「まさか、物理的に......?」

「まあ、こちらでなんとかするから気にするな。くれぐれも不用意にものを受け取るなよ。どんな曲解するかわかったものじゃないからな」

やれやれ、といった様子で犬神先生はさっていく。なんてこった、女湯を覗こうとするやつが増えただと......!?吉原に通いつめてた大天狗様がなんで女子高生の女湯覗くんだよ、150年のうちに趣味がかわったのか?それとも女ならなんでもいいのか?見境ないな、們天丸!?

たしかに們天丸は鞍馬天狗に攫われて天狗になったから、善悪の両面を持つ妖怪もしくは神のような存在だろう。本来なら優れた力を持った仏僧、修験者などが死後大天狗になるといわれる。そのため他の天狗に比べ強大な力を持つと。だが、們天丸は直々に鞍馬天狗に教えを乞うているのだ、義経くらいの実力があってもおかしくはない。

「金色の鳶に報告したから〜、普通は〜そんな真似しないと〜思うんだけどね〜」

「あ、ミサちゃん。なら、ほかに理由が?」

「あたしたち〜、鯖の味噌煮食べちゃったから〜近づけないんじゃない〜?天狗って〜鯖が大っ嫌いだっていうし〜。犬神先生に感謝だわ〜」

「あ、あはは......」

「中世以降〜天狗は〜天狗道に堕ちているから〜不老不死だし
〜仙人の如く様々な業を発揮するし〜仏教に障害を試み〜ものによっては国家を揺るがす〜大妖怪だもの〜。天狗の好きな物は〜火事〜辻風〜小諍い〜口げんかの後の組打〜祭りの縄張り争い〜当時のデモ〜宗論のすえの殴り合いの喧嘩〜。ろくなもんじゃないもの〜」

「ミサちゃん、もしかして鞍馬寺に行く前に白峯神宮に行こうっていったのは」

「うふふふふふふふふふふふ」

「あはは......ありがとうございます?」







「まーちゃん、ちょっといいか?」

「はい?どうされましたか、龍君」

「実は、ここにくる途中でこの宿の近くに住んでるおばあさんに会ったんだ。この山、地主さんの許可なく不正な業者が勝手に不法投棄したり、開発したりして困ってるらしい。どうもヤクザが絡んでるらしくてさ、ちょっと俺たちで脅かしてやろうと思うんだ。夜中に抜け出すから、見回りの先生たちに口裏合わせしないといけないからよろしく」

「なるほど......わかりました。どんなふうに?」

私は美里たちも考えたのであろうアリバイ工作の方法を聞いたのだった。まあ、ヴィンパイアの始祖と人狼相手にはバレバレだとは思うが先生達もちゃんと偽装工作すれば見て見ぬふりをしてくれるに違いない。

「それと、モンちゃんから伝言。丑三つ時になったら中庭に来てくれってさ」

「モンちゃ......えっ、們天丸さんにあったんですか!?」

「しっ、声が大きい」

「あ、ごめんなさい......。ええと、いつあったんですか?」

「それはいえないなあ、男の約束だから」

「ああ、なるほど......だいたいわかりました。女湯の見張りをしてる犬神先生から天狗の隠れ蓑で助けてもらったんですね。男の友情育むにはうってつけでしょう」

「......もしかして、まーちゃん、《如来眼》で見てた?」

「さあ、どうでしょう」

「叶わないなあ......」

「まあ、犬神先生から会うなと言われているのに、これから会うわけですから私も共犯ですしね。黙っておいてあげますよ」

「さっすがまーちゃん話がはやい。ありがとうな。お礼はちゃんとするから」

「あはは、期待してます。上手くやってくださいね」

「りょーかい」

どうやら們天丸は緋勇龍斗の末裔である緋勇たちと会いたかったのもあるようだ。かなり仲良くなったのがうかがえる。丑三つ時に中庭、これだけたてば鯖の味噌煮の匂いも消えるというやつだろうか、待たせているなら悪いことしちゃったなあ。売店でなにか買っておいた方がいいだろうか。


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