図書室、昼休みにて。
葉佩による白岐の救出劇が過剰な演出により上演されている。瑞麗先生からの激励、仲間たちからの期待、阿門からの最終警告と《阿門邸の鍵》、そして時計塔での双樹との対峙。さらになにかの香りがあたりに充満し、双樹を中心に広がるその香りはほかの場所で感じたものより濃厚かつ強力で、葉佩はたちまち意識が朦朧としてきた。双樹はいうのだ。
すべて忘れる。白岐幽花のことも、《遺跡》のことも、双樹咲重の《力》による忘却だということも。
そのときだ。
強烈なバラの香りが双樹の香りをかき消し、飛んできた一輪のバラが床に突き刺さった。
「どこのタキシード仮面様かな?」
「月影のナイト様かもしれないよ、翔クン」
「ちっちっち、それは違うぜ2人とも!それはすどりん!俺を救うためだけにやってきた愛の使者なのさ〜ッ!あの時ばかりはまじで運命感じちゃったよ、俺!双樹にも随分愛されちゃってるのねって言われちゃうしな、九ちゃん感激っ!」
「......よかったな、九ちゃん。キャラが崩壊してるぞ、戻ってこい」
「嬉しくてたまんないんだよ、俺はさっ!すどりんがなんで俺のことがお気に入りだと思う?俺からは自由の匂いがするんだってさ!!」
キラキラした目で葉佩がいう。よっぽど嬉しかったんだろう。そのままのノリで皆守とすどりんと《遺跡》に挑み、双樹を倒して仲間にしたというのだから。おかげで色々と大変だったようで、皆守はただいまぐったりとしている。
いつになく疲れた様子なのは、ずっと気を張っていたからだろう。皆守は《墓守》として《遺跡》の闇に深くかかわっているせいで、白岐のことを忘れることはもちろん《遺跡》から逃れることが出来ないのだ。1年生の時には《生徒会》しか居場所がなかった訳だから、その時の恩義は計り知れないものである。だが、それ故に出会った瞬間から葉佩を裏切りつづけているのだ。
今回、双樹が白岐を《レリックドーン》や《長髄彦》、《正体不明のスライム》から守るために忘却の香りを學園に放ったが、皆守は忘れなかった。葉佩はあきらかに目撃している。
もし、すどりんが来てくれなかったら、忘却の香りから葉佩を守るのは皆守しかいない。皆守の立場からすればする必要もないのだが、皆守は自分の意思で無理やり葉佩に目を覚まさせてしまう。それだけ葉佩の隣で親友をすることに新たな居場所を感じ始めている。葉佩と一緒に白岐を助けにきた皆守を見て双樹や阿門が驚いて意味深な言葉ばかり投げつけてくるから、気が気じゃなかったはずだ。ちなみに延髄を蹴るという治療(物理)だが皆守の蹴りは頭痛を起こすレベルの強力なものだから、脳天を揺さぶられたら葉佩も一瞬で目が覚めてしまうだろう。
双樹の忘却の香りは皆守には効かない。ラベンダーとカレーしかわからないから、なんて双樹は茶化す優しさをみせてくれるが、さすがに葉佩にとってはトドメだろう。
すどりんには感謝しかないくせに扱いがひどい皆守である。
「違うだろ、九ちゃん。大事なのはその先だろ、その先。本題は白岐助けた時だ」
埒が明かないとばかりに皆守は先を促す。観客と化していたやっちー、七瀬、私は葉佩をみた。
「そうそう、そうだった。俺たち、マジモンの《6番目の少女》たちにあったんだよ!」
そこで私たちは小夜子(さよこ)、真夕子(まゆこ)と名乗る正体不明の少女たちの話を聞くのだ。私は今まで一度もあったことがないが、彼女たちは白岐の中に眠る大和朝廷の巫女の力を解放するための勾玉が正体だから、あってくれないのはあたりまえだろうなと思う。それはともかく、折りに触れて葉佩の前に幻のように現れ、「遺跡」に関し囁きかける謎めいた二人の少女について、物凄い勢いで食いついたのは月魅だった。そのせいで大幅な脱線があったがそれはさておき。
「翔くん、白岐さんにあのブローチ、貸してあげた方がよくはないでしょうか」
「えっ、でも月魅が危なくないか?」
「そうだよ、月魅。今やっと夢遊病治ってるのに......」
「心配してくださってありがとうございます、ふたりとも。瑞麗先生に相談したら塗香を処方してくださるそうなんです。私より白岐さんの方が必要としているのではないでしょうか。《6番目の少女》たちが警告する、《生徒会》に隠せと告げるなら、白岐さんの方がもつに相応しいはずです」
「......いいのかしら」
不安げに白岐は私を見上げる。
「オレはいいけどさ、このブローチはファントムたちから隠してはくれるけどスライムと同調しやすくなる。だからそれが心配かな。強力な魅了にかかるよ。それに彼女たちにはブローチ自体が脅威にならない?ただでさえ、《夜会》からずっと変な夢ね中で謎の呼び声がしてるんだろ?かえって危なくないか?」
「......それは聞いてみなければわからないけれど......」
ブローチに恐る恐る触れた白岐は息を吐いた。
「嫌な感じはしないわ」
「ほんとに?意外だな」
「おそらく、ブローチそのものが原因ではないわ。ブローチに誰かの途方もない思いが詰まっているのよ」
「......誰の思いなんだろうね」
「みたところ、このブローチ、男性がつけるものではないわ」
「..................」
「翔くん......」
「白岐さんが大丈夫だっていうなら持ってていいよ。ただ、ブローチだけってのは怖い。塗香を瑞麗先生から処方してもらうか、双樹さんにアロマもらうかしなよ。そっちの方が安心出来るからね」
「そうだねッ!それにそれに、あたしたちが白岐さんと一緒にいればいいと思うッ!」
やっちーは意気揚々と宣言した。
「だって双樹さん言ってたんでしょう、九ちゃん。白岐さんを守ってあげてって。それってそういう意味じゃないの?」
「え?」
当の本人たる白岐は完全に置いてきぼりをくらってしまったようで目を丸くする。
「おい、八千穂」
「八千穂さん、それはさすがにいきなりすぎでは?」
「白岐が困ってるじゃねえか。だいたい《墓地》を怖がってるやつを無理やり連れていくってどんな嫌がらせだよ。いじめか」
皆守と月魅は窘めるようにいうが、葉佩はあっけらかんとしたものだ。
「そうだよ?俺はそう受け取ったけどな。なんか違う?」
「だよねッ!だよねッ!それしかないよねッ!さっすが九ちゃん!あたし、今度の探索白岐さんとがいい!」
「おい九ちゃん」
「だってさ、白岐さんは《墓地》に近づいたことは無いんだろ?」
「え、ええ」
「なら《墓地》の地下に《遺跡》があって、なんのためにあるのか知らないわけだ」
「《遺跡》......あの子たちがいっていた《王の墓》のことなのかしら......」
「さあ?でもさ、何もわからないままだから怖いってのもあると思うんだよ、俺。何を怖がればいいのかわからないと、闇雲に怖がるしかない。だからずっと不安だったわけだろ?なら遠ざかるより近づいた方が見えることもあると思うね」
「九龍さん......」
「白岐はよく呪われてるっていうけどさ、何に何が呪われているのかわからないんだろ?わかった方がいいに決まってるよ。そうじゃなきゃ説得力がないんだ。自分に対するね」
「説得力......」
「怖がるしかない自分も嫌なんだろ?なら、何を恐れているのか自分に説明できればだいぶ違ってくると思うんだよ。苦痛に限度はあるけど、恐怖や不安に限度はないからな」
「白岐さんは1人じゃないよ、みんないるんだから!ね、白岐さん」
ニコニコしながら笑うやっちーに戸惑いながら白岐は笑った。
「白岐、八千穂に押し切られることないんだぞ。嫌なら嫌という勇気を持つべきだ」
「いえ......そういう訳では無いから大丈夫。ありがとう」
白岐はわらう。
「......そうかよ」
「やったー!」
「白岐さん、そういうことならば私も協力させてください。よろしくお願いします」
「......ええ、足でまといになるかもしれないけれど。よろしく」
皆守は肩を竦めた。たぶん白岐が皆守と同じクラスなのは白岐がどんな人間かはわからないものの《生徒会》から気にかけるように言われていたからなのだろう。3年間なにも変わらなかった、変わるはずがないと思っていたものが目に見える範囲で変わり始めていることをまざまざと見せつけられ、複雑な心境に違いない。
「うんうん、いいね〜、いい感じじゃん。やっぱ女の子は笑ってる顔が1番だよ。な、翔ちゃん」
「そうだね」
うなずく私と葉佩をみて、白岐が目を細めてわらう。
「あれ、どったの白岐」
「いえ......江見さんにも似たようなことを言われたことを思い出しただけ」
「なんですとッ!?なんだよ、翔チャンッ!俺渾身の決めゼリフだったのにまさかの二番煎じだとッ!?裏切り者ッ〜!!」
「待ってくれ、白岐さん。誤解産むような発言よしてくれ。九ちゃん落ち着け」
「どうして?あなたと九龍は不思議とよく似ているわ。そう思っただけなのだけれど」
「まさか翔チャン、俺の脳内から台詞ぱくったんじゃないだろうなッ!?」
「さっきからいってることめちゃくちゃなんだけどッ!?落ち着けっていってるだろ、九ちゃん!九ちゃんてば!」
「問答無用〜ッ!俺たちが双樹と戦ってる間にスライム爆弾になった警備員と戦ったり、江見睡院先生と会ったとか世間話みたいに話しやがって〜ッ!!」
「ちょっ、九ちゃん!その話今するなよ!」
私は慌てるがなにやら葉佩の地雷を踏み抜いてしまったようで、葉佩の暴露はとまらない。みんなの視線が痛い。特に皆守あたりの視線が殺意じみている。私は冷や汗がとまらない。
「なんでよりによって大和頼るんですかねえッ!?メールしろよ、メール!時間帯的にまだ余裕あったんですけど、俺ら!翔チャンはただでさえ、へんなスイッチ入る時あるからこっちはハラハラしてんのにさ〜、人の気もしらねーでコノヤロウふざけんじゃねえっての!こっちがどんだけ生きた心地しなかったと思ってんだよ、こいつは〜ッ!!翔チャンはいつもそうだ!肝心なときばっか俺頼らないで全部片付けようとしやがって!俺に希望見出してたわりに頼りにしなさすぎるんだよ、ばっかやろ〜ッ!!!」
感情が昂りすぎて泣きそうになっている葉佩に私はどうしていいかわからなくなる。
「ごめん、そこまで頭が回ってなかったよ」
「またそれかよ〜。もっといい言い訳考えてくれよな!」
「そこまで言うなら言わせてもらうけどな、九ちゃん。もとはといえばH.A.N.T.のセキュリティがガバガバな九ちゃんのせいだからな今回の件はッ!」
「へ?」
「人が気を使って黙っててあげたら調子に乗ってまあ好き勝手いってくれたな、おい。そもそも九ちゃんのH.A.N.T.のセキュリティ突破されて乗っ取りにあったのが原因じゃないかッ!九ちゃんとみんなのメールからなにから喪部銛矢に全部バレてんだぞ、わかってんのかこのバカッ!バディを危機に晒してんのは他ならぬお前だ、九ちゃん!おかげで私の特殊な状況まで筒抜けだから危うく呪殺されそうになったんだぞこっちはァッ!」
「ま、まじですか」
「大マジだッ!ごめんですんだら《生徒会》はいらないッ!連絡入れられるわけないだろ、今の九ちゃんのH.A.N.T.が遠隔操作されてない保証がどこにあるッ!なりすましでメールされたらどうなるかわかってんのか?!だから最悪の事態になる前に喪部銛矢の手足を潰そうとしたら先にゾンビにお株を奪われたって話なんだよ、わかった?」
「わ、わかりました......えーっと、もしかして担当者の紅海さんのアカウントが停止しちゃって連絡取れないのもそのせい?」
「もしかしなくてもそうだと思うよ、バカ九ちゃん」
「ごめん!まじでごめんッ!ロックフォードアドベンチャーではそこまで教わらなかったんだよ〜ッ!」
「嘘つけ、オレがH.A.N.T.借りたとき説明書アプリに全部乗ってたわッ!newがついたままだったけどな!新米の癖に説明書も読まないで何年もH.A.N.T.使ってんじゃねーよ、バカ死ねッ!」
お前が一番うるさいんだが、と皆守に羽交い締めにされるまで私は葉佩の首根っこを掴んで詰問し続けたのだった。